WE Love 女子サッカーマガジン

女子サッカーのスポーツマンシップとプロスポーツの在り方 なぜスポーツパーソンシップではないのかを日本スポーツマンシップ協会に聞く

「スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います」

何度も聞いてきた選手宣誓の一節です。あまりに当たり前すぎて、私たちは常に聞き流していたかもしれません。何に則り戦うのでしょうか?つまり、スポーツマンシップとは何なのか?それを自分の言葉で誰かに伝えられる人はどれほどいるでしょうか。実は、筆者も先月まで、その答えを持ち合わせていませんでした。今回のWE Love 女子サッカーマガジンはスポーツマンシップについて取材しました。

お話してくださったのは一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会(JSA)で代表理事 会長を務める中村聡宏さん(立教大学スポーツウエルネス学部 准教授)です。日本スポーツマンシップ協会は スポーツマンシップの理解・普及と、実践・推進を通して、よりよき人を育み、よりよき社会づくりに挑戦する団体です。スポーツマンシップの普及啓発活動の一環として、スポーツマンシップ・デーを開催したり、スポーツマンシップコーチアカデミー資格認定講習会を開催したりしています。資格認定講習会では、受講者と共にスポーツやビジネスシーンにおいてスポーツマンシップが果たす役割やスポーツマンシップを理解・実践・教育する意義をあらためて考え、より多くのスポーツマンを育むように導くことができるグッドコーチ(Good Coach)の育成と同志のネットワークづくりを目指しています。

スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦う(オルカ鴨川FC×静岡SSUボニータ)

スポーツマンシップとは何か?

多くの人はスポーツマンシップをスポーツをするときに必要な気持ちのようなイメージで捉えられています。ただ、世界共通・唯一無二の定義があるわけではないらしいです。スポーツとプレーヤーの関わりは、社会のあり方から大きな影響を受けるからです。そこで、まずは、日本スポーツマンシップ協会が定めた、日本流のスポーツマンシップの定義(スポーツマンシップとは何か?)から質問してみました。

中村私たちはスポーツマンシップを「Good Gameを実現するための心構え」としています。そして、Good Gameを実現する条件は3つあると考えています。 Respect=尊重(相手、仲間、ルール、審判などに対する尊重)、Challenge=勇気(リスクを恐れず、責任を持って決断する勇気)、Enjoy=覚悟(勝利をめざし、自ら全力を尽くして愉しみぬく覚悟)です。

尊重は「自分でコントロールできないもの」がないと実はスポーツを愉めないというスポーツの本質の部分です。勇気は「自分で自分の行動をつかさどるエンジン」です。私たちは、大体、思っても行動しない、思っても行動できない、思っても怯むことを繰り返して生活しています。恥ずかしい、失敗したらどうしよう……と自分でブレーキを踏んでいます。スポーツは、そこでアクセルを踏めるかどうかに勝負がかかっていて、実は仮に失敗したとしても、その勇気は必ず自分に返ってきます。

そして、もう一つが覚悟です。勝つためにはハードなトレーニングを積まなければいけない。怪我をしてしまうときもある。負けるかもしれない。これを全て受け入れるかどうか、そこが覚悟です。究極を言えば絶対に負けない方法はあります。それは「やらない」ことです。でも、負けるかもしれない覚悟をして向き合うのがスポーツなのです。自分ではコントロールできないものと、自分自身とをどうバランスしていくのか、その複雑な困難を両立させていくということだともいえるでしょう。

一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会(JSA)代表理事 会長 中村聡宏さん

これを定義づけされたのはいつぐらいですか?

中村 2018年に日本スポーツマンシップ協会を立ち上げるときに定めました。さらに付け足したい条件もあると思いますが、それは2つの条件を掛け合わせることで言えることが多いです。例えば、謝る力。悪いことをした、失敗したときに「ごめんと言おう」……それは「謝る勇気を発揮できる」と「申し訳なかったと他者を尊重できる」の掛け合わせです。

「尊重・勇気・覚悟」は、社会生活でも必要なことです。でも、そんな青臭い、普段は口に出せないようなことだからこそ「スポーツマンシップを通じて学びやすい」という側面があると思います。

敗れた試合で得られることも多い(ニッパツ横浜FCシーガルズ×大和シルフィード)

中村 勝ち負けについて欲望を剥き出しにする状況……つまり日常において「俺に金をくれ!金こそが全てだ!」みたいなことを言うと下品に見えます。でも、スポーツで「どうしても勝ちたいです!』と言うのはOKです。スポーツの方が欲望をむき出しにしても怒られないし下品に思われづらいものです。

とはいえ、勝利至上主義に陥ると問題が生じますね。

中村 本質的な欲望のアクセルとその欲望をコントロールするブレーキの部分をバランスよく調整する必要はあります。人生で大切なことをスポーツから学びやすいと考えることができるのは、それがスポーツマンシップを身につけることと近い意味だからです。

プロスポーツこそ勝ち負けを超えたところに価値を確立することが必要

中村 スポーツマンシップの話をするときに、よく「プロはそんなことを言っていられない」と言われることがあります。「プロは勝つことが全て」と。でも、その言葉は成立しないと考えたほうがいいでしょう。なぜかというと試合をする以上は、勝つ人がいるならば、同時に負ける人もいるからです。この構造を考えると、プロが勝利を目指すことは大前提ですが、プロだからこそ実は勝ち負けを超えたところにどのような価値を提供できるかが腕の見せ所なのです。そこに価値がなかったら、負けたチームのファンにはお金払う意味がなくなります。

勝って賞金を獲得することがプロアスリートのあり方だと主張される方もいますね。

中村 実際には、プロアスリートのフィーは、チケット代だけではなく、放映権料やスポンサーからの協賛金、グッズ等の収入から支払われることになります。自分が勝ったときに得られる賞金だけで生活できているプロアスリートはごくごく一部であると思います。

一般社団法人 日本スポーツマンシップ協会(JSA)代表理事 会長 中村聡宏さん

なぜ、女性でもスポーツマンなのだろう?宮間あやさんの場合

中村 スポーツパーソンシップと言わずにスポーツマンシップと言い続けている理由があります。日本語の国語辞典の多くには「運動選手、スポーツの得意な人」みたいなことが書かれていました。一方で、かつてのポケットオックスフォードの英英辞典で調べると一言で 「Good Fellow(いい奴、良き仲間)」と書かれていたのです。ですから、ヒューマンをヒュー・パーソンと言わないのと同じように、このスポーツマンという1つの単語を大切にしていきたいと思っています。スポーツマン、スポーツウーマン、と男女で区別せず、信頼される人への称号としてのスポーツマンを大切にしたいと考えています。実際、欧州のオーケストラで、良いアンサンブルを奏でることができる信頼されるプレーヤーのことをスポーツマンと呼ぶ文化があるそうです。

勝つチームがあれば負けるチームがある(スフィーダ世田谷FC×日体大SMG横浜)

日本スポーツマンシップ大賞2023のグランプリは小平奈緒選手が受賞されましたね。

中村日本スポーツマンシップ大賞では男女を区別することなく表彰しています。

サッカーで言えば、FIFA女子ワールドカップドイツ2011のワールドカップで優勝のホイッスルがなった直後に、宮間あやさんがアメリカ女子代表の選手とハグしていく姿が大きく取り上げられたことが記憶に残っています。

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