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ハラスメントをどのように防ぐか ハラスメント防止動画を制作したJSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)が提唱する「プレーヤーズセンタード」

ハラスメントは至る所に存在します。サッカー界も例外ではありません。2022年3月10日に、日本サッカー協会は2人の指導者の処分を発表しました。

サガン鳥栖の金明輝前監督は選手やスタッフ等に平手打ちなどの暴力を加え「死ね」「殺すぞ」等の暴言を繰り返していました。日本サッカー協会はキン・ミョンヒ(金明輝)前監督の指導者資格をS級からA級に降格しました。

東京ヴェルディの永井秀樹前監督は「できないヤツはいらない消えてなくなれ」「中学生のほうがまだマシだ」「今日いまチームから去れ」という発言や女性スタッフに大量の食事をとることを強要したと報じられていました。日本サッカー協会は永井秀樹前監督のS級指導者資格を1年間停止しました。

過去にも大きな問題となった事例があります。現在、京都サンガで監督を務める曺貴裁監督は、湘南ベルマーレで監督を務めていた当時、選手に対して「チームの癌だ他に移る(感染する)から出て行け」と怒鳴りロッカールームから退室を命じたり、スタッフへの暴行等を行い、さらに、報道後に「記事化の犯人探し」をする等により、2019年にS級指導者資格を1年間停止する処分を受けました。その後の復帰プロセスや、復帰後の発言に対しては、被害者救済の視点から、今でも厳しい声が上がります。

いずれの指導者の事例も、日本サッカー協会がハラスメントを認定し資格停止処分等を行なっていますが、暴言の噂や報道が広がり始めた当初は「これはハラスメントなのだろうか」という懐疑的な意見も多くありました。

「ハラスメントとは何か?」を多くの人が理解しない限りハラスメントの根絶はありません。ハラスメントと指導の境界線とは?ハラスメントの何が問題なのか?……ハラスメントの定義や実態、そして被害者の何を侵害しているのかを理解することがハラスメントの防止につながります。

今回はJSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)の松尾亜紀子さんにお話をお聞きしました。

松尾亜紀子さん 提供:JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会) 

女性スポーツ委員会が「スポーツ現場におけるハラスメント防止動画」を制作

JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)は、日本がオリンピック大会に参加することを契機に、明治44(1911)年に大日本体育協会として創立された団体です。初代会長は、東京高等師範学校(現筑波大学)の校長、日本人初のIOC(国際オリンピック委員会)委員を務めた嘉納治五郎さん。その物語はNHK大河ドラマ『いだてん』でも大きく取り上げられていますので、ご記憶の方も多いと思います。JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)は、誰もが生涯にわたってスポーツを安全に、楽しく「する、みる、ささえる」という環境を整備していくための事業を推進しています。

なぜ、筆者がJSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)のお話をお聞きしようと思ったのか……それは、JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)が「女性スポーツ委員会アクションプラン2019−2022」の取組のひとつとして「ハラスメント防止に向けた普及・啓発」に取り組んでいるからです。2021年に「スポーツ現場におけるハラスメント防止動画」を制作しユーチューブで公開しています。とてもわかりやすい動画です。そして、この動画はJSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)の女性スポーツ委員会によって制作されたのです。ですから、女性にとって、より理解しやすい事例が紹介されています。

また、ハラスメントとは何か?を考える際に、まず、JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)が提唱する「プレーヤーズセンタード(選手が中心)」をイメージしていただければと思います。

増加する相談件数

松尾このグラフは、JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」に寄せられた相談件数の推移です。2014年度から推移を見ると、コロナ禍の前まで増加傾向にあったことが分かります。

相談窓口における被害者の65%が小中高校生。そして、相談者は、本人ではなく保護者が6割を占めます。本人が相談できる状況にないところに課題があります。

スポーツにおいて指導者が強い立場にあり選手が弱い立場にある。さらに、暴力行為等(暴力、暴言、各種ハラスメント、差別的言動、不適切な指導)を受けるのは、お子さんの年代の選手が多いということが、日本スポーツ協会の把握している実態ですね。

松尾指導者と選手の間で、強者と弱者の関係が生まれてしまう状況が多くあると考えられます。何も相談できない状況よりも、少しでも窓口でお話していただくことでJSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)も手助けをできればと思っています。

ハラスメントは、被害者が二次被害を恐れて表面化しないことも多いとお聞きします。でも、現実に、このように相談の窓口が存在し相談されている方が多数いるということを証明するグラフでもありますね。

松尾近年では、相談窓口を設置しているスポーツ団体も増えています。競技者、保護者には、ぜひ活用していただきたいです。

「どこからがハラスメントなのか」定義を説明した上で各行為について解説

動画の制作に至った経緯を教えてください。

松尾スポーツ界のハラスメントや暴力が後を絶たない現状があります。この動画は女性スポーツ委員会で制作しましたが、同委員会は「女性のスポーツに関する活動環境の改善を通じ女性のスポーツ参加を促し、より公平なスポーツ文化を確立する」ことを目的としています。

例えば、ハイレベル女子競技者は、セクシュアルハラスメント的行為の内、性的な言動・接近(例:容姿に関する発言、ひわいな発言)に関しては、「適切である」とは思っていませんが「受け入れられる」と回答する傾向にあるといった調査結果があります。不適切な行為と認識しつつも、これら行為を否応なしに数多く経験していくうちに、受容せざるを得ない状況に置かれている可能性があり、より多くの女性がスポーツに参加していただくために、こうした状況を変えていかなければなりません。こういった現状等を踏まえ、女性スポーツ委員会ではハラスメント防止の普及・啓発に取り組むこととしました。

当初はスローガンを開発する予定でしたが、より広く周知でき、現場で活用していただきやすい動画を制作することに変更しました。

だから、こうして私の目にも取り組みが届いたといえますね。動画は活用しやすいところが良いですね。特徴を教えてください。

松尾本数は多いのですが、各行為に特化して制作しているのが特徴です。また、「どこからがハラスメントなのか」の判断に指導者も悩んでいる現状もあるので、まずはハラスメントの定義を説明した上で、各行為について解説しています。最後に、ハラスメント防止のためにスポーツ現場や組織でどう取り組んでいくべきかを流れとして学べるようにしています。

h.ハラスメントの考え方
h.暴力
h.暴言
h.セクシュアルハラスメント_ジェンダーハラスメント
h.パワーハラスメント
h.差別的な対応
h.性的マイノリティを取り巻く問題
h.ハラスメント防止のために

暴力よりも暴言でダメージが残るアスリートも少なからずいる

本数は8本に分かれていますが、各動画の長さが4分程度で短いので見やすいと思いました。例えば「暴言」という項目があり「暴言とは何か」単語の定義を先にしているので理解しやすいと感じました。プレーに対する厳しい指摘は暴言ではないが「役立たず」「お前なんかやめちまえ」と人格を否定する発言は暴言にあたるということを明言しています。

松尾暴力は目に見える行為なので、多くの方がハラスメントとして理解しているのですが、暴言は目に見えないので気づきにくいです。暴言によって心が傷ついてしまう選手もいます。

専門家のお話で「暴力よりも暴言でダメージが残るアスリートも少なからずいる」「自殺の原因が暴言であると認められた事案もある」という紹介がありました。こういう説明は、今までにないものだと思いました。

松尾JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)への相談の約1/4が暴言に関する相談です。暴言もハラスメントだということを指導者の皆さんには理解していただきたいです。

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