海外組を増やせばなでしこジャパンを強化できるか? 欧州に「呼ばれる」タイプと「呼ばれない」タイプの選手がいる ケルン在住の指導者 吉泉愛さん
吉泉愛さんは、現在、ドイツのケルン在住。とある町クラブで若年層・3チームの監督と、ミッテルライン・トレセンで指導をしています。FIFA女子ワールドカップフランス2019では公式チームレポーターを務め、現地の情報を日本に向けて発信しました。日頃は通信社のスポーツ通信員として、欧州各国で日本人アスリートの取材にあたっています。
女子サッカーへの関わりの長い読者は、名前をご記憶されているかもしれません。日産FCレディースでデビューし、その後はTOKYO SHiDAX LSC、フジタSCマーキュリー、YKK東北女子サッカー部フラッパーズでプレー。中国で海外挑戦し病気で挫折。帰国後は伊賀FCくノ一(現・伊賀FCくノ一三重)でプレーしました。筆者は伊賀FCくノ一でのプレーを観戦したことがあります。
2009年に選手としてドイツに渡り1FCケルンの練習に参加。しかし契約に至らず一線を退き、その後は短期間ながら女子ブンデスリーガでコーチの経験も経て、ブンデスリーガのアカデミーでも指導できるB+ライセンスを取得。現在に至っている異色の経歴です。
女子サッカー選手の欧州挑戦について誰に質問すべきか……考えた筆者は宇都宮徹壱さんに相談。ドイツで活動されている指導者・中野吉之伴さんからの紹介で、今回のインタビュー取材が実現しました。海外組を増やせばなでしこジャパン(日本女子代表)を強化できるのしょうか。
北京五輪をテレビで見てドイツに渡ることを決断
吉泉—2008年、北京五輪の3位決定戦でなでしこジャパン(日本女子代表)がドイツ女子代表に敗れた試合をテレビで見ました。点差以上の完敗だと感じました。試合が終わってから「でも、実際に対戦してみないとその強さは分からない。そして、その強さが分からないと指導者として世界で戦う選手を育てられない」と思いました。私自身はなでしこジャパン(日本女子代表)に入れなかったので、ドイツの選手と実際に対戦するには自分で行くしかなかったわけです。また、学生時代から「ドイツの総合型スポーツクラブがなぜ100年以上も持続可能なのか」に興味がありました。「その秘訣を知るには自分がクラブの一員にならないと分からない」と考えていたこともドイツに渡った要因のひとつです。
—ドイツに渡ったとき、最初に何を感じましたか?
吉泉—骨が全然違う感じがしました。ドイツ人には小さな選手、細身の選手もいますが、骨の太さが目に見えた(笑)。フィジカルコンタクトをすると人間に当たった感じではありませんでした。それから、ドイツは粘土質のグラウンドが多くて、走るのが大変でした。あんなところでずっとやっていたら馬力がつくと思いました。
戦術の部分は日本の方がきめ細かいと思いました。守備の約束事も徹底されているし、理論的に「この場面は前を向こう」とか「ゴールから逆算する」ことを教わってきました。
それに比べてドイツでは、選手一人ひとりがお腹の中に「これ、いま得点できそう」とか「絶対に失点してはダメな流れ」「ここでのボールロストは論外」などという感覚をもっていて、みんなにそれが備わっているから、チームがひとつの生き物みたいに、獲物を捉えにいく感じがあります。
日本のように理論的に理解することが悪いとは思いません。なぜなら「お腹の中に備わっている感覚」と違って、理論的に理解していれば上手くいかないときに修正しやすいからです。でも、最終的に勝負を左右するのって何だろうと考えたときに「嗅覚」とか「お腹の中に備わっている感覚」はすごく大事だと思います。
私がプレーしていたころの日本は、選手がコーチに教わってプレーする印象がありました。ドイツでは監督やコーチのいうことを選手たちはあまり聞いていない(笑)。でも、スタッフと選手が一緒にサッカーをつくり上げている感覚はありました。例えば、奪われた選手に対して激怒している監督を「OK、OK、分かっているから大丈夫」とその選手がなだめるような場面も。監督は12番目のポジションみたいな感じでしたね。いまは日本のサッカー現場も変化していると思います。
欧州に「呼ばれる」タイプの選手は「同じ匂い」がする
—今、欧州ではたくさんの日本人女子サッカー選手がプレーしています。挑戦について、どのように思いますか?
吉泉—「サッカー選手は器」だと思っているのですが、海外で選手として生活をするとその「器」を大きくできる可能性は広がります。自分で全てをやらなければならないし、サッカーだけを支えに知らない環境で生活することになるからです。例えば、熊谷紗希選手は欧州で器も広げ、盛り付けも大きくなって、選手としてのボリュームが増した印象です。
でも、誰もが海外でその「器」を広げることができるというわけではないし、そこに盛り付ける技術や強さがついてこないと「器」は不釣り合いになります。日本ではWEリーグが発足し、トップ選手たちはプロとして生活できるようになりました。みんながその恵まれた環境を捨てる必要はないと思います。国内の女子サッカーも盛り上げてほしいですし、その人に合った挑戦の仕方があるわけですし。
欧州にいる日本人選手たちからは「同じ匂い」がしますね。「サッカーがあればどこでも生きていけると思っている人」が多い気がします。まったく文化の違うところでの生活なので、性格的な部分での向き、不向きはあると思います。無理して欧州に来ても挫折します。もちろん、その挫折にも意味があるのですが……。
よく「インドに呼ばれる人と呼ばれない人がいる」といわれるのと似ていて、選手として欧州に「呼ばれる」タイプというのはあると思いますね。導かれて来てしまった人たちという感じで。
—「呼ばれる」タイプの選手が欧州に行けるのですね。
吉泉—例えば私はドイツ語がまったくできなくて、ドイツ語は学習するのが大変な言語だということすらもこちらに来てから知ったのです。でも、事前にそれを知っていたら他のところに行っていたかも知れないなと……。ご飯の美味しい日本に残っていたかもしれない。そういう部分で浅はかだったことを「呼ばれた」とごまかしているところもあります(笑)。欧州で活躍している選手の中には「当たって砕けろ」精神の持ちも多いですね。
チームで必要とされるタイプの選手かどうかが重要
—吉泉さんも「当たって砕けた」ことはありますか?
吉泉—砕けっぱなしでした。日本では年を重ねるごとに挑戦する機会が減っていたような気がします。でも、ドイツに来て「壊さないと造れない」ところがあることに気づきました。砕けたあとの自分が面白くなっているところもあります。
—日本にいたときのままの自分ではなく、自分を壊したり変えたりすることは必要になりますか?
吉泉—まず、ドイツに来て「自分が日本でどのような環境の中で生きてきたか」を振り返ることができました。
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