WE Love 女子サッカーマガジン

スペイン女子代表が3世代世界制覇を達成 新時代が動き出したFIFA女子ワールドカップ  「女子サッカーならではの面白さ」を感じにくかった(無料記事)

スタジアム・オーストラリアに試合終了のホイッスルがこだますると、大歓声が沸き起こり、   人を飲み込んだ巨大スタジアムは、初優勝となったスペイン女子代表を祝福するカーニバルとなりました。スペインは男女で世界を制した2番目の国(ドイツ以来)となり、女子の3世代を制覇した2番目の国(日本以来)となりました。サルマ・パラジュエロ選手は女子の3世代の大会で優勝した史上初の選手となりました。

男性だけのグループも

準決勝であそこまでの激しい肉弾戦を挑んだイングランド女子代表が前半の45分間で持ち味を封じられてしまいました。ボール保持者に強く当たることができずスペイン女子代表に翻弄されました。

イングランド女子代表の守備網の間でパスを受けてつないでいくスペイン女子代表の華麗な攻撃は目立ちますが、現地で特に強いインパクトを受けたのは徹底した守備戦術です。中央を分厚く固め、イングランド女子代表がボールを進める方向をコントロールしました。特にイングランド女子代表のドリブルは前にいる複数の選手に行く手を阻まれ、スペイン女子代表にとって安全な地域へ押し出されていくことが多い前半でした。イングランド女子代表が最終ラインからすばやくサイドに展開すればスペイン女子代表は3人が寄せてコースを限定し、1人は至近距離にまでボールにチャレンジする。個人のテクニックに加え攻守ともに見事に組織化されたスペイン女子代表が勝利したことは、今後4年間の女子サッカー界に大きな影響を与えるでしょう。

ファミリーでの来場が目立った今大会

なでしこジャパンにも十分に優勝のチャンスはあった

4年前の決勝戦とは異なる感情が沸きあがる試合でした。試合終了、そして、スペイン女子代表の栄冠を讃えるジプシーキングスの音楽が大音量で流れるスタンドで感じたのは悔しさでした。もしかすると、なでしこジャパン(日本女子代表)は優勝できたのではないか……紙一重の違いがベスト8と優勝という結果の違いに至りました。なでしこジャパン(日本女子代表)、スウェーデン女子代表は、おそらく、スペイン女子代表と同じく世界の潮流に乗っていると考えられます。高い位置でボールを「奪う」。素早く適切な場所にパスを送り短時間でゴールに迫り得点を「奪う」。短期間で身に付けた縦に速い魅力的なサッカーで戦い抜いたことは、世界のトップ4に向けた自信になったはずです。

世界中のサッカーファンは、そのプレーを支持しました。シドニーの街角でも、住宅地にある飲食店でも、スタジアム・オーストラリアのスタンドでも、なでしこジャパン(日本女子代表)の披露したサッカーに魅了された人々が、日本サッカー協会のエンブレムのついたマフラーを見て話しかけてきました。 ただ、優勝との紙一重の違いを埋めることが大変なことも感じます。

女子サッカーならではの課題も見られたノックアウトステージ

一方で、女子サッカーの解決できていない大きな課題も感じました。準々決勝、準決勝、3位決定戦、決勝戦、共に共通の試合の流れがありました。なでしこジャパン(日本女子代表)が前半の45分間を劣勢のまま終えたように、準決勝と3位決定戦のオーストラリア女子代表、決勝戦のイングランド女子代表も、前半の途中で試合の流れをほとんど掴むことができませんでした。

いうまでもなくFIFA女子ワールドカップは女子サッカーのトップクラスのチームが、自らの技術、戦術、身体能力を披露し競い合う大会ですが、真正面からがっぷり四つに組んだ試合展開を制するだけでは勝利することが難しいレベルに大会が足を踏み込んだことも感じます。そのあたりについては、筆者が帰国後に関係者に取材し詳しくお伝えします。

駅からハイテンションなのはイングランドサポーター(冬です)

試合の面白さはサッカーそのもの

さて、本大会を通じてWE Love 女子サッカーマガジンは方針の転換をすることとしました。これまで模索し続けてきた「男子と異なる女子サッカーの面白さとは何か?」について考えることをやめます。それを感じにくかったからです。

シドニーで目撃したFIFA女子ワールドカップにおいて、あくまで、フィールドで行われていたのはサッカーであり、ファン・サポーターが求めているのもサッカーでした。男子との違いがあるとしたら(前半は)フェアでプレーが止まることが少なく、チケットが安いこと、ファミリー層と女性の来場者が多いこと、それに、選手から批判を受けていたスペイン女子代表のホルヘ・ヴィルダ監督にスタジアム内全方位から一斉にブーイングが起きたことくらいです。

駅からスタジアム・オーストラリアに向かう道の両側では大音量と共に大きな炎が上がる

スタンドは選手のぶつかり合いに声援と歓声を贈り、応援するチームに好ましくない判定には不満の声が飛びました。遠くスペインから、イングランドから30時間近くをかけてやってきた大サポーターも、地元のオーストラリアのファンも、三連覇を信じてチケットを購入していたため遥々やってきた多くのアメリカのサポーターも熱狂しました。

永里優季選手のファンだというアメリカ・シカゴ・レッドスターのサポーター

フィールド上の戦いにファン・サポーターがつながり絶叫し続けました。ファン・サポーターの求めるプレーにも男女の違いを感じるところはなく、ただシンプルに、スタジアムが技術と迫力とパッションに溢れていくのが面白かったのです。そして、試合が軸にあるものの、スタジアム内外は様々なエンターテイメントの仕掛けが施され、来場したファン・サポーターに「ここでしか得られない唯一の体験」を提供していたことも忘れてはなりません。エンターテイメントの総量は、前回大会の決勝戦とは比べ物にならない程に増していました。

世界にはさまざまな民族、宗教があるがサッカーは一つ

時代は変わり女子サッカーはさらに進化していく

今大会で導入されたFIFA女子ワールドカップの新しいブランド・アイデンティティは「Beyond Greatness(偉大さを超えて)」でした。世界中の人々は、この1か月間、FIFA女子ワールドカップに熱狂しました。そして、従来の女子サッカーの枠を飛び越えました。女子サッカーはサッカーの多様な形の一つでしかない。プレーヤーもファン・サポーターも、自分らしく、好きなサッカーに携わればよい。目の前にあるサッカーを楽しむことが、女子サッカーの未来を広げると思います。

多種多様なルーツのファン・サポーターが集まる

2019年の前回大会は「イコールペイ」に象徴される、社会変革に合わせて女子サッカーのポジションを引き上げるための戦いが印象に残りました。今大会は、逆に、フィールド上のプレーとファン・サポーターの熱がオーストラリア社会に影響を及ぼしていく様子がライブで伝えられました。オーストラリアでは女子全体の歴史が塗り替えられ、性別やルーツの違いを越えて国が一つになりました。今回も、FIFA女子ワールドカップは時代の転換期を迎える大会となり、決勝戦はそれを凝縮した試合でした。次の時代も、きっと女子サッカーは進化し続けます。

(2023年8月21日 石井和裕)

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ