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FIFA女子ワールドカップ メンバー5人の中高生時代(前篇) 2024年に福島県へ帰還するJFAアカデミー福島から見た女子サッカー(無料記事)

FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023を戦うメンバーは、全国の女性の代表です。各地でプレーする女子選手の中から選りすぐりの選手が育成年代で育ち、その後、各チームで活躍して選ばれた23人が代表チームを構成。なでしこジャパン(日本女子代表)の一員として世界一を競うのです。

守屋都弥選手(4期生:I神戸)

今大会のなでしこジャパン(日本女子代表)の出身チーム(組織)を見ると、このような内訳になります。 

JFAアカデミー福島 5名
日テレ・メニーナ 5名
浦和レッズレディースユース 4名
セレッソ大阪堺レディース 2名
福岡J・アンクラス 1名
高体連チーム 6名

最大人数となっているのがJFAアカデミー福島出身者です。石川璃音選手(11期生:浦和)、遠藤純選手(8期生:エンジェル・シティFC)、守屋都弥選手(4期生:I神戸)、三宅史織選手(3期生:I神戸)、平尾知佳選手(4期生:新潟L)の合計5名が選出されています。

さらには、23人の代表選手と一緒にトレーニングをする5名のトレーニングパートナーのうち4名がJFAアカデミー福島で育った選手です。古賀塔子選手(13期生)、谷川萌々子選手(13期生)はJFAアカデミー福島所属(いずれも大会終了までチームに帯同)、松窪真心選手(12期生:マイ仙台)、大場朱羽選手(10期生:ミシシッピ州立大)はJFAアカデミー福島出身選手です(2人と小山史乃観選手は7月6日までチームに帯同)。

今回は、FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023に合わせ、前後篇でアカデミー福島とはどのような組織なのか、選手たちはどのような中学生・高校生だったのかを当事者にお聞きしています。この記事を通じて、日本サッカー界が何を目指してきたのかを感じてくださると嬉しいです。そして、知っておくと、FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023が、ますます楽しみになるはずです。

2024年4月に福島県に帰還するJFAアカデミー福島

JFAアカデミー福島は日本サッカー協会(JFA)の直轄運営事業です。「常に(どんなときでも、日本でも海外でも)ポジティブな態度で何事にも臨み、自信に満ち溢れた立ち振る舞いのできる人間を育成する。」をフィロソフィー(目的)としています。

福島県のJヴィレッジを拠点としていたJFAアカデミー福島ですが、2011年3月11日の東日本大震災により福島県内での活動が不可能になり、2011年4月からは静岡県に一時移転。男子は静岡県御殿場市時之栖内の専用寮、女子は静岡県裾野市にある帝人アカデミー富士の一部を占有利用して寮として利用しています。震災から10年を経て、2021年4月からは男子中学1年生より段階的に福島県双葉郡広野町での活動を再開しました。女子は2024年4月に中学校・高校の6学年揃って帰還する予定となっています。

平尾知佳選手(4期生:新潟L)

培った基礎技術に自分の色を加える

守屋選手は2023年に入ってなでしこジャパン(日本女子代表)で初出場した選手です。INAC神戸レオネッサに所属し2022-23に19試合でフルタイム出場。右ウイングとして大活躍しました。202122では18試合に出場のうち途中出場が6試合、フルタイム出場が7試合ですから比べてみれば2年目のシーズンで大きな飛躍を遂げたことがわかります。

守屋選手がJFAアカデミー福島で教わったことは「基礎を身につけること」だと言います。そして「そして、それだけでは代表入りできない」とも言います。

「JFAアカデミー福島ではカタチをやることが多かったです。でも、外に出たら自分の色を出していかなければいけないので卒業後が一番大事だと思っています。各チームでやってきたことがそれぞれの色になります。」

JFAアカデミー福島の6年間で培った基礎技術に、INAC神戸レオネッサで自分の色を加えニュージーランドに乗り込みます。

守屋都弥選手(4期生:I神戸)

寮の隣にグラウンドがある素晴らしい環境

石川選手は男女を通じて秋田県で初めてのワールドカップメンバー選出ということで、地元メディアが大きく取り上げています。石川選手が世界への階段を昇ぼるきっかけをつかんだのは、JFAナショナルレセンのU-12東北メンバー選出、そしてJFAアカデミー福島への入学でした。サッカーを始めたのは小学校4年生。多くの代表選手と比べると早いスタートではありません。

「とにかく運動することが好きだったので外に出て身体を動かしていました。なでしこジャパン(日本女子代表)がワールドカップに優勝して女子サッカーが盛り上がった影響でお姉ちゃんも始めたのですが、それがなかったら自分はサッカーをしていなかったので、その影響はすごく大きいと思います。」

小学生時代はスポーツ少年団でプレーした後に姉とボールを蹴ることも多く、サッカーボールに触れている時間は長かったと言います。

石川璃音選手(11期生:浦和) 

恵まれた体格もあり頭角を現した石川選手は小学校を卒業すると故郷を離れJFAアカデミー福島に入学しました。生活の拠点は秋田県から遠く離れた静岡県裾野市。背の高いメタセコイヤ並木を抜けると急に視界が開けます。緑に囲まれた人工芝のグラウンドがあり、その隣に寮となっている帝人アカデミー富士があります。石川選手は、富士山を一望できる豊かな自然に恵まれたJFAアカデミー福島での生活を、このように表現しました。

「ありがたいことにサッカーに取り組める良い環境でした。オフの日も学校から帰ってきたらそのままグラウンドに出てボール蹴る日常でした。」

ここでは、何度も繰り返し基礎を叩きこまれました。そして、JFAアカデミー福島はなでしこリーグに参戦しているため大人の年代のチームとの試合も経験しました。2017年(13歳)からチャレンジリーグ(3部リーグに相当)、2021年はなでしこリーグ2部でプレーしました。5年間で合計34試合に出場しています。

裾野市から眺める富士山

JFAアカデミー福島で育った選手たちの中に、静岡県を第二の故郷のように話す選手は少なくありません。毎日の生活はサッカーだけではありません。女子は裾野市立富岡中学校と福島県立ふたば未来学園高校(サテライト校:静岡県立三島長陵高校の校舎)に通いました。そして、支えてくれる人たちがたくさんいます。

たとえば、JFAアカデミー福島 女子 サポートファミリー 富岡会は、遠く親元を離れ寮生活をする選手たちを応援する「地元応援団」。地域、住民(家庭)、学校が、JFAアカデミー福島と連携し、歓迎会・交流会、祭り、試合の応援等を行なっています。

寮等の施設を提供しているのは帝人アカデミー富士です。これまで、多くの企業が活用してきた宿泊研修施設を改装し生徒が不自由のない生活をおくれるよう環境を整備してきました。

所長の吉本隆一さんは、JFAアカデミー福島を卒業した選手たちとバックアップメンバーに選出された生徒たちにエールを贈ります。

「ワールドカップに出場される選手の皆さん、本当におめでとうございます。日本を代表して臨む舞台に、それぞれが大きな期待と重圧を胸に抱いておられることと思います。ここ何年かをコロナ禍でのつらい時期を過ごされてきたことと察しますが、そんな中でもU-17、U-18ほか大きな大会で実績をあげてきたみなさんに、感動、感謝しております。

今回もきっと素晴らしいプレーで、応援する皆に元気と勇気を与えてもらえるものと期待しています。選手をご指導されてきた監督、コーチ、スタッフの皆様には大きな称賛の拍手をお送りするとともに、我々自身も、微力ながら皆さんの日常生活の支えになれたことを誇りに思っています。選手の皆さんが、JFAアカデミー福島で養った精神力と技術力で、存分にご活躍されることを祈念しております。

JFAアカデミー福島の皆さんがこの裾野市から臨まれるのは、今回の大会が最後となりますが、皆さんが目指す精神は、今後も途切れることなく引継がれていくことと信じています。福島県で新たなスタートを切られ、いっそうの飛躍と活躍をされる姿を想像しつつ、裾野市から、これまでと変わらない大きなエールを送り続けていきます!!」

お世話になった皆さんへの感謝の気持ちを忘れることなくFIFA女子ワールドカップへ

石川選手はJFAアカデミー福島で過ごした日々を忘れることができません。

「静岡県の皆さんに受け入れていただいたことに感謝しています。来年からJFAアカデミー福島は福島県に戻りますが、自分はずっと静岡県でサッカーをやらせていただきました。あの場所がなければ自分の成長も今もないと思うので、すごくありがたかったということをお伝えたいです。ありがとうございました。」

JFAアカデミー福島で育った5人の代表選手たちとバックアップメンバーは、家族、友人、恩師、故郷、所属チーム、かつてのチームメイト、そしてJFAアカデミー福島でお世話になった皆さんへの思いも胸にニュージーランドから戦いを始めます。

(2023年7月4日 石井和裕)

 

後篇では、選手たちはどのような中学生・高校生だったのかについてお伝えします。

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