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藤枝順心高校 全国高校選手権大会初優勝時の主将 杉山祐香さんが藤枝市に戻り生き生きと働く理由

「正直に言うと……サッカーへの熱量で比べれば、日本は、ドイツのサッカー文化にまだまだ追いつけないところがあると感じます。ドイツ人は感情を表面に出しますし、その表現が上手いです。アツいですね、ちょっと行き過ぎなところもあったりするのですが(笑)。私が住んでいたケルンは1.F Cケルンのために週末まで仕事を頑張っているような街でした。でも、藤枝市の皆さんもサッカーに対してアツい思いがあり、いろいろな方法でサッカーをもっと盛り上げたい方がたくさんいると思います。」

筆者が杉山祐香さんと初めてお会いしたのは2006年。ヤマハスタジアムのピッチ上でした。真夏の暑い午前中、杉山さんが主将を務めプレーする藤枝順心高校が全日本高校女子サッカー選手権大会で初優勝したのです。あのときのエネルギッシュなプレーは、今も脳裏に焼き付いています。

杉山祐香さん 提供:藤枝市

卒業後の杉山さんは、なでしこリーグの大原学園JS R A (現・AC長野パルセイロ・レディースに移管)でプレー。ドイツでは1.F Cザールブリュッケン、1.F Cケルンでプレーしました。帰国後は、A SハリマアルビオンーN G Uラブリッジ名古屋(現・朝日インテック・ラブリッジ名古屋)でプレーしたのちに2018年シーズンにアスレジーナでプレーするために静岡県藤枝市に帰ってきました。2020年シーズンからは藤枝M Y F Cの女子チームであるルクレM Y F Cでプレーし2021年シーズンで引退。現在は藤枝市サッカーのまち推進課の地域おこし協力隊として活動しています。

ルクレM Y F C 提供:藤枝MYFC

藤枝駅の改札を出ると、正面に「ようこそ蹴球都市ふじえだへ」と書かれた横断幕があります。藤枝M Y F Cと対戦するクラブのサポーターに藤枝市を好きになってもらいたいと企画したものです。ファン・サポーターに駅周辺の商店街へ立ち寄ってもらう仕掛けも定着してきました。こうした取り組みに杉山さんが関わっています。

藤枝駅前商店街でのラジオ公開収録 提供:藤枝市

高校サッカーと共に成長してきた藤枝市

長谷部誠選手(フランクフルト)の出身地としても知られる藤枝市は「サッカーを核としたまちづくり」を基本理念に掲げています。商業、観光、教育など、あらゆる施策にサッカーを取り入れ、まちづくりの核としているのです。藤枝市サッカーのまち推進課 課長の岩本豊さんは藤枝東高サッカー部出身。全国高校サッカー選手権大会に出場し国立競技場でプレーした経験もあります。一緒にプレーした中山雅史さん(現・アスルクラロ沼津監督)は1つ学年が下の後輩にあたります。

「100年前の1923年に藤枝東高校が開校した際にサッカーを校技に定めました。それが『蹴球都市ふじえだ』の由来です。ですから、藤枝市のサッカーは、高校サッカーと共に盛んになりました。今でも市民にサッカーが根付き、街の文化になっています。」

かつては杉山さんもプレーした藤枝順心高校は今年1月に開催された全日本高校女子サッカー選手権大会で史上最多の6度目の優勝をしました。市役所のロビーで行われた優勝報告会には、関係者の予想を上回るたくさんの市民が集まりました。

杉山さんが生徒だった頃と今では、市民の女子サッカーへの関心度がかなり違います。

「正直、めちゃくちゃ羨ましいです。私が通っていたときは、まだ『藤枝順心高校ってどこ?』と言われることも多い時代だった上に、高校の女子サッカーについて一から説明しなければならないときもたくさんありました。今は女性が『藤枝でサッカーをやっていました』と自己紹介すると『藤枝順心高校?』とすぐに校名が出てくるので、環境が変わりましたね。後輩たちが良い成績を残してくれたおかげです。」

市役所のロビーで行われた藤枝順心高校の優勝報告会 提供:藤枝市

杉山さんの「地元」は、いつの間にか藤枝市になった

杉山さんが藤枝市に戻ってきたのは2018年。一般企業に勤め、2021年シーズンまで現役選手としてプレーを続けていました。2022年5月に藤枝市サッカーのまち推進課の地域おこし協力隊として活動を始めました。

地域おこし協力隊は、都市地域から人口減少や高齢化等の進行が著しい地域に移住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこし支援や、農林水産業への従事、住民支援などの「地域協力活動」を行いながら、その地域への定住・定着を図る総務省の取り組みです。

「以前のチームメートに市役所を紹介してもらいました。引退し、新しいことにチャレンジしたいと思っていたタイミングだったので応募させていただきました。藤枝順心高校での3年間はとても濃厚な日々でしたが、3年間しか藤枝市にいなかったので、私にとって『地元』でつながりのある知り合いはサッカー仲間のみでした。ですから、地域おこし協力隊での1年目は、いろんな人に出会い、つながりをつくることから始まりました。2年目は、そのつながりから、何をどう広げていくかにテーマを移していきたいと考えています。」

杉山さんは静岡市のご出身です。しかし、思わず藤枝市を「地元」と表現してしまうほど、藤枝市で暮らした3年間は重要な年月でした。課長の岩本さんは、杉山さんのようなサッカーを通じて藤枝市とつながった人たちが、ずっと藤枝市と関係を続けてくれることを歓迎しています。

「杉山さんもサッカーやってなければ藤枝市とご縁がなかったかもしれません。そういった面で藤枝市にとって、サッカーは大きな魅力だと思います。今後も、藤枝市でプレーされた経験のある方々を再び藤枝市に呼び寄せられればと思います。」

藤枝市はサッカーを通じて、交流人口、関係人口の拡大を目指す

では、杉山さんは藤枝市でどのような仕事をしているのでしょうか。岩本さんに聞いてみました。

「まずは、女性にサッカーの指導をしてもらっています。毎月第1・第3土曜日に藤枝総合運動公園人口芝グラウンドで開催している『藤枝なでしこ広場』は、女性のサッカー初心者を対象としたサッカー教室です。サッカーを始めるきっかけづくりをしています。それから『世界で活躍する藤枝出身の選手を育てたい』という想いから始まった、育成プログラムの『藤枝なでしこアカデミー』もお願いしています。サッカーの指導以外では、藤枝駅周辺にある5つの商店街と連携した『商店街藤色プロジェクト』のような地域活動のお仕事もお願いしています。」

藤枝市はサッカーを通じて、交流人口、関係人口を増やしていきたい考えです。その結果、藤枝市への移住定住に結びつけることを目指しています。さまざまな施策の切り口にサッカーを取り入れており、杉山さんら地域おこし協力隊の活躍のフィールドが広がっています。

「もちろん、移住定住は難しいことです。藤枝市のことを全く知らない方は、なかなか藤枝市に行く機会がないと思います。でも幸い、藤枝市はサッカーの世界では全国的に認知度があるので、それを活用したいと考えています。」

藤枝なでしこ広場 提供:藤枝市

市内に転入した女子サッカー選手の家賃補助を行う藤枝市

そうした地域おこし協力隊の活躍だけではなく、藤枝市は「サッカーを生かしたまちづくり」に大きな予算を投下しました。初めてのJ2に挑む藤枝MYFCの本拠地・藤枝総合運動公園サッカー場の改修に2億円を計上。J2基準に合わせて屋根付きの観客席約4千席を増設します。完成予定は2023年12月です。

そして、女子サッカーでは、市内に転入した女子サッカー選手の家賃補助の予算を計上しました。県内の女子社会人チームに所属する選手が対象で、家賃の半額を補助するのです。なぜ、女子選手に、このような支援を行うのでしょう。岩本さんに聞いてみました。

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