「VARは嫌でしょ(笑)」。元審判委員長がホンネで語るVARの存在意義
JリーグにVARが導入されて3年。判定の精度が上がる一方で、サッカーという競技の魅力を損ないかねない事態も散見される。VARは何をもたらしたのか? そして、現場の審判員はVARをどう思っているのか? レフェリーから見たVARの存在意義について、元審判委員長の松崎康弘氏に話を聞いた。
VARはうまく機能しているのか?
JリーグにVARが本格導入されたのは2021年なので今年で3年目になります(2020年は開幕戦のみ導入)。VARは上手く機能しているのか、審判の立場からはどうなのかなど、改めて考えてみたいと思います。
JFA常務理事、審判委員長などを歴任され、現在はRAJ(日本サッカー審判協会)のGS(専務理事)の松崎康弘さんに「VARって、実際どうなんですか?」と聞いてみました。
━━VARがJ1に本格導入されて3年目になります。ファンの間にもすっかり浸透してきたと思う半面、まだよくわかっていないところもありそうですので、そもそもVARとは何かというところからお聞きしてよろしいでしょうか。
松崎 VARはビデオアシスタントレフェリーの略で、試合の品質管理を進めてきたFIFAの施策の1つになります。VARの精神は「最小限の干渉で最大の利益を得る」ことで、あくまで主審の判定を助ける立場です。具体的には決定的にゲームが壊れてしまうことを防ぐ役割であり、対象となるのは①得点②PK③退場(2枚目のイエローカードは対象外)④警告退場の人間違い。この4つに限定されています。
━━このへんは何となく周知はされていると思いますが、細かいところはよくわかっていない部分もありそうです。例えば、日本代表とブラジル代表が試合をするとします。ブラジルが攻め込んできて、ペナルティーエリア内で日本のDFがタックルしました。PKかどうか微妙でしたが主審の笛は鳴らずプレーは続行、4秒後に日本がカウンターアタックから得点。主審はゴールを認めます。しかし、ここでVARが介入し、オンフィールドレビューの結果、ブラジルにPKが与えられました。この場合、日本の得点は……。
松崎 認められません。ブラジルのPKから再開です。
━━ですね。では、カウンターで日本が得点する過程でブラジルのDFにレッドカード相当のファウルがあったとします。主審はアドバンテージをとって流し、日本がシュートを決めました。この後にVARが入って日本の得点は取り消し、ブラジルのPKからの再開となるのですが、ブラジル選手のレッドカードもなくなりますか?
松崎 これは2つあって、ラフプレーならレッドは有効ですが、DOGSO(得点機会阻止)によるレッドカードなど、テクニカルなファウルの場合は取り消されます。有効になる場合があるのは、「悪いことは悪い」からです。その場合、日本の得点は取り消されますが、レッドカードは取り消されません。違う例をあげると、オフサイド判定の直前、守備側にイエローカード相当のファウルがあったとします。この場合もイエローカードは有効です。オフサイドが成立しているので守備側の間接FKで再開されますが、イエローカードは有効ですよね。
━━もう1つ加えますね。日本の幻のゴールが85分としましょうか。1-0でリードした日本は残り5分を守り切るべくFWに代えてDF3人を投入します。ブラジルのキックオフの前に交代は完了。しかし、そこでVARが介入してブラジルのPKで再開となりました。日本は交代を取り消すことはできますか?
松崎 できます、と言いたいところですが、これはできません。すでに交代が成立してしまっているからです。
━━でも、日本とすれば主審が日本のゴールをいったん認めていますから、リードしたと思って選手交代をしたわけです。それがVARで得点が取り消され、逆にブラジルのPKとなれば状況は全く違いますよね。ブラジルがPKを決めたら、守るのではなくて攻めなければならない。
松崎 このケースだと、第四の審判員が日本の交代申請があったときに「VARが入りそうです」と言って、いったん保留にすれば良いでしょうね。
━━VARが対象としたPK以降の出来事(日本の得点)はなかったことになる一方で、レッドカードや交代が成立してしまうのは、ファンからするとかなりわかりにくいところですね。
松崎 カタールワールドカップ、スペイン戦の「三笘の1ミリ」は、日本の得点の前にボールがゴールラインを出ていたかどうかが焦点でしたよね。VARは通常ボールがタッチラインを出ていたかどうかには介入しませんが、ゴールラインの場合は介入できます。三笘のケースは得点の直前でしたけど、シュートが決まるより少し前だけど、得点につながる流れでゴールラインを出ていたからノーゴールということも起こりえるわけで、こういうのも時間差があるのでわかりにくいかもしれませんね。
主審はVARについてどう思っているのか?
━━VARとフィールドの審判とは無線でずっとつないでいるのですか?
松崎 そうです。ロシアワールドカップではセントライズされていて本部がモスクワにあり、そこから各会場につながっていましたが、日本の場合はスタジアム外に車(バン)を止めてあってそこがVAR室です。中にはVARとアシスタントVARがいて、レフェリーではありませんがオペレーターもいます。
━━VAR介入は先ほどの4つの重要局面だけですが、無線がつながっているなら他にもいろいろ言っているのでは?
松崎 いえ、対象の場面以外は介入できません。
━━介入ということではなく、例えば「今の、いいジャッジだったよ!」みたいな声かけはしてもいいんじゃないですか。
松崎 それはしている可能性はあるけど、レフェリングに影響してはいけないので。
━━VARのAはアシスタントですから、VARが直接判定をするわけではない。主審はVAR介入があっても当然拒否はできるのですよね?
松崎 もちろんできます。けれどもそれで主審が間違っていたら大問題ですよね。VAR含めてチームで動いているわけで、拒否した結果間違っていたら主審への評価が厳しいものになるのは避けられない。逆に、主審が例えばノーファウルと明言していて、VARもそれを受け入れられると判断したなら介入しません。介入するのは明白な間違いだけです。
━━VARはアシスタントという立場ですけど、実際には映像という証拠をもとに主審の明白な間違いを指摘してくるわけです。主審はVARについてどう思っているのでしょうかね。
松崎 嫌でしょ(笑)。
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