西部謙司 フットボール・ラボ

サッカーは決して戦争ではない。ガンバ大阪GKのミスが教えてくれたこと【特別無料公開】

スポーツの残酷さと美しさが凝縮されたガンバ大阪GKのミス 

珍しいゴールがありました。第3節、ガンバ大阪vs川崎フロンターレのロスタイムに入った95分。G大阪のGK石川慧がボールを転がしてフィードしようとしたら、背後から小林悠がかっさらってレアンドロ・ダミアンへパス、シュートは無人のゴールへ。

2-1でリードしていたG大阪は勝利目前でしたから痛すぎる失点でした。

どうしてこんなことになったのか経緯を追ってみましょう。まずレアンドロ・ダミアンのヘディングシュートを石川がキャッチしていて、そのときに小林がこぼれ球を狙ってGKに寄せていました。小林はDFと接触して押し出される形でゴールラインから外へ出ています。GK石川はボールを抱えたままペナルティーエリア内を移動、G大阪の選手たちは敵陣へ、川崎の選手たちは自陣へ移動していきます。時間いっぱいまで使った石川はボールをリリース。まあ、よくあるシーンです。ここまでは。

違っていたのは石川の背後に小林がいたこと。これ、誰か気づかないのかと思いますけど、GKの真後ろに潜んでいたせいか発見されませんでした。小林がいったんフィールドの外へ出ていたのも影響したかもしれません。石川がボールを地面に転がした瞬間に背後から寄せた小林がまんまとボールを掠め取りました。

珍プレーの類かもしれません。ただし、その後の選手たちの反応にスポーツマンとしての連帯が感じられました。失点後、がっくりと膝をつく石川に近づいたのはレアンドロ・ダミアンでした。励ましていました。開幕戦から素晴らしいプレーを見せていた石川へのリスペクトも感じられましたね。

G大阪の選手たちも石川を責めるような雰囲気はなかったと思います。残り数秒にかけて「切り替えろ」という声が出ていました。

ある種、スポーツの残酷なところが表れた場面でしたが、同時にスポーツマンらしい態度もあり、サッカーっていいなと思わせるシーンでもありました。

サッカーは戦争ではない。むしろ…… 

プレミアリーグのキャプテンマークが黄色と水色のウクライナ国旗色になっています。リーガ・エスパニョーラの中継では得点と時間の表示の横にSTOP THE WARCLではコーナーフラッグがウクライナ・カラーでした。

いずれもウクライナへの連帯を表しています。それをしたからといってロシアの侵攻が止まるわけではありません。しかし、ヨーロッパのサッカー界にウクライナへの同情があり、それを目に見える形で表すことに躊躇はなかった。軍事侵攻によってウクライナの日常は失われました。日常の一部であるサッカーも当然失われています。シャフタール・ドネツクのスタッフが死亡したという報道もありました。

理不尽に日常を奪われたことへの同情と、思わぬ形で失点したGKでは、事情は全然違いますが、レアンドロ・ダミアンが石川の気持ちを思いやってすぐに行動へ移したのはダミアンのパーソナリティであると同時に、外国籍選手らしいところかなと思いました。これは良し悪しではなくて、日本人より欧米人のほうが感情と行動の隙間が狭い気はします。美しい女性を見たら即ナンパするみたいな()

フィールドでは敵味方ですが、同じプレーヤーであり仲間なんですよね。プレー中は容赦なく足を蹴ったり、GKの背後から狡猾にボールを奪ったりもしますが、ふとプレーが止まったときには敵も仲間として接する。それが当たり前です。

戦争はそうはいかない。人間性を保っていたら命令で人は殺せません。人間が人間であることをやめないといけない。よく「サッカーは戦争だ」と言う人もいますが、むしろ対極にあるものでしょう。代表戦が擬似戦争だとしても、戦争より格段にソフィスティケートされていて比較の対象ではないと思います。

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