2023.08.01

国同士の争いは武力からスポーツへ　女子サッカーの聖地・味の素フィールド西が丘周辺の東京陸軍兵器補給廠線跡から感じる戦前・戦中・戦後

2023年08月01日 8時00分　
カテゴリ：コラム
タグ : 女子サッカー

ＦＩＦＡ女子ワールドカップは国と地域の代表チームが競い合い、世界一を決める大会です。その最中に、また、今年も８月がやってきました。１９４５年に原爆が投下され、８月１５日に終戦となった８月です。夏が来ると思い出す本があります。２００１年に発行された『サッカーの物語』（ベスト新書・田中孝一著）です。もう２０年以上も前の本となりました。この本の最後に「もう一つの国立競技場―西が丘サッカー場」という章があります。そこには、かつて、関係者を震撼させた事件が紹介されています。１９８６年９月１８日、関東大学サッカーリーグ秋季大会の開会式の直後にピッチの一部が陥没したのです。陥没から掘り出されたのは刀剣でした。別の日にスコアボードの下から手榴弾が出てきたこともあるそうです。

味の素フィールド西が丘は大日本帝国陸軍の施設の跡地に建てられた

サッカーファンにはあまり知られていませんが、かつて、味の素フィールド西が丘のある場所には大日本帝国陸軍の施設がありました。その名を東京陸軍兵器補給廠（とうきょうりくぐんへいきほきゅうしょう）といいます。戦後は米軍に接収されＴＯＤ第１地区と呼ばれ、米軍の戦車練習場になりました。ピッチの陥没は、ここが、かつての軍用地だったから起きた事件でした。

WEリーグやなでしこリーグの観戦に行く道で、この地のかつての姿を残した痕跡を、目にすることはほとんどありません。本当は、注意深く歩いてみると、微かに残っているのですが、ほとんどの人は見落としています。今回は、赤羽駅から味の素フィールド西が丘へ歩き、かつての「軍都」の姿を甦らせます。

現代の味の素フィールド西が丘周辺　出典：国土地理院ウェブサイト　文字はＷＥＬｏｖｅ女子サッカーマガジンで加筆

現在の味の素フィールド西が丘周辺には味の素ナショナルトレーニングセンターをはじめ多くのスポーツ関連施設が立ち並んでいます。ここが国有地だったので、こうした施設を建設しやすかったのでしょう。目の前の道路はR O U T E２０２０トレセン通りと命名されています。かつては、一般人が歩くことができなかった敷地の中にあった道です。

R O U T E２０２０トレセン通り

かつては軍都と呼ばれた味の素フィールド西が丘周辺

戦前・戦中は、どのような地域だったのでしょうか。R O U T E２０２０トレセン通りは、どこを走っていたのでしょうか。１９３６年から１９４２年ごろの航空写真を見てみましょう。

１９３６年から１９４２年ごろの味の素フィールド西が丘周辺　出典：国土地理院ウェブサイト　文字および罫はＷＥＬｏｖｅ女子サッカーマガジンで加筆

味の素フィールド西が丘の周辺は、そのまま東京陸軍兵器補給廠だったことがわかります。R O U T E２０２０トレセン通りは、その敷地の中にあります。「廠」という文字は工場を意味します。つまり、かつて、この地域では、大日本帝国陸軍の兵器や弾薬を製造していたのです。

製造した兵器や弾薬は、各地の基地に運び出されます。当時は、今のように道路交通網が発達していたわけではありませんから、主な運搬手段は鉄道か船になります。製造された武器や弾薬は、ここを走っていた軍用鉄道によって赤羽方面に運ばれ、さらに基地に運ばれていきました。この地域には東京陸軍兵器補給廠線跡と呼ばれる廃線跡があります。鉄道マニアにはよく知られた場所です。そこに行けば、かつての味の素フィールド西が丘の姿を知ることができるかもしれません。赤羽駅から東京陸軍兵器補給廠線跡を辿り、味の素フィールド西が丘に歩いてみましょう。

小高い丘の上にある赤羽八幡神社

赤羽駅近くの東北本線と埼京線が分岐する間に赤羽八幡神社があります。その脇に師団坂という名の坂があるのをご存知でしょうか。N H Kの連続ドラマ『正義の天秤』で主演の亀梨和也さんの演じる主人公の勤務地とされているのが師団坂法律事務所です。おそらく、このあたりをイメージしているに違いありません。この坂の途中には、かつては近衛師団と第一師団に所属した２つの工兵大隊兵営がありました。それが坂の名前の由来です。明治時代に東京の街は膨張します。１８８７年（明治２０年）に、工兵大隊は丸の内からここに移転したのです。近衛師団は天皇陛下及び皇居の警護を目的に設立された軍隊です。工兵とは、架橋、鉄道敷設、爆破等の技術を持った兵のことです。