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なぜFIFA女子ワールドカップの放映権を高額とする必要があったのか 女子サッカーに特化したスポーツビジネスカンファレンスで語られた放映権高騰の舞台裏

会場内の会話から「アツい人が集まった」「濃い人が集まった」という声がたくさん聞こえてきました。2023年6月14日に開催されたWomen’s Football Industry Conference 2023(https://sports.skylight.co.jp/Conference1/には女子サッカーのリーグ関係者、チーム関係者はもちろん、指導者、Jリーグクラブの経営企画部署の方、スポーツビジネスに関わる方が集い熱気に溢れました。ステージでは4つのプログラムが展開され、具体的な事例の紹介がありました。そして、このカンファレンスで特に重要だったのは休憩時間。会場は大名刺交換会に早替わりし、ステージの開始が遅れるのではないかと心配するくらい活発に交流が行われました。情報交換と活発な議論から、女子サッカーのマーケットを大きくしていきたいという空気に満ちていました。

国際プロサッカー選手会(F I F P R O)で働く日本人・辻翔子さんが語る

開催のタイミングもあり、特に注目を集めたのは第3部でした。産業としてのポテンシャルを示す女子サッカーのストーリーの中で示された辻翔子さんのプレゼンテーションは(本来の趣旨は違うのですが)FIFA女子ワールドカップの放映権料が高額となる経緯の裏側につながるお話だったのです。そして、質疑応答では「日本では、FIFA女子ワールドカップの放映権料を高騰させたF I F Aへの批判が高まっている」ことについて筆者が質問。二人の登壇者から回答がありました。辻さんは日本では数少ないF I F Aマスター出身。世界中でプレーする約7万人の選手を支える国際プロサッカー選手会(F I F P R O)で働く最初のアジア人です。

第4部ではバイ・リリーさん(右から二番目:A F C女子サッカー部門 技術部長)がA F C女子チャンピオンズリーグを2024シーズンにローンチさせると繰り返し明言しました

トレーニングの環境からも大きく変わっていく女子サッカー

このカンファレンスを主催するスカイライトコンサルティング株式会社はウーマンズカップ2022(The Women’s Cup 2022:8月14日〜20日, 米国ルイビル)に出場した日テレ・東京ヴェルディベレーザに大会特別協賛した企業です。代表の羽物俊樹(はぶつとしき)さんに、日本の女子サッカーをさらに良くしていくために、何を優先すべきなのかを質問すると「まずは環境を良くすること」という答えが返ってきました。「トレーニングの環境を良くするための投資をすることからでも、女子サッカー界全体が大きく変わっていくと思います」とのこと。

イングランドの FA 女子スーパーリーグ(W S L)でプレーする日本人選手は、実際に恵まれた環境に身を置くことでフィジカルの向上を実感し、女子プロサッカー選手として充実した毎日を送っています。

第二部では岩清水梓選手(東京NB)と髙田春奈さんを中心に「女子サッカーの社会的価値とブランディング」について報告が行われました

第一部では、長谷川唯選手と清水梨沙選手が登壇し、マンチェスター・シティとウエストハム・ユナイテッドの恵まれたトレーニング環境を写真で紹介しました。マンチェスター・シティの女子チームが主にホームゲームを開催するスタジアムはマンチェスター・シティ・アカデミー・スタジアムです。客席に屋根がついた美しい5千人収容の専用スタジアムです。プレミアリーグの試合会場となるエティハド・スタジアムに隣接した広大な敷地のトレーニング施設の中にあります。

長谷川唯選手

長谷川選手は「こういう場所でサッカーをできるのは幸せです。サッカーに専念できます。 リカバリーグッズもプールもしっかりとあります」と、その環境に胸を張ります。清水選手が所属するウエストハム・ユナイテッドの女子チームのホームスタジアムはチグウェル・コンストラクション・スタジアムです。クラシカルな構造で6千人を収容できる専用スタジアムです。実はウエストハム・ユナイテッドの女子チームの22−23シーズンのホームゲームの平均入場者数は1千573人と多くありません(大宮アルディージャVENTUSのホームゲームの平均入場者数は1千640人)。入場者数が2千人を超えた試合は3試合しかありません。しかし、清水選手は「小さめのスタジアムなので(ファン・サポーターが)入っている雰囲気になります。いろいろなところから声が聞こえてきます」と、その構造と熱気について話しました。そして、トレーニング施設は日本のクラブよりも少し進んでおり、日本のクラブが目標に設定するのにちょうど良いと言います。

清水梨沙選手

女子サッカーのファン・コミュニティは消費に影響を与えやすい

注目の第3部では「世界における女子サッカービジネス戦略」をテーマにディスカッションが行われました。WEリーグの理事(広報、マーケティング担当)に就任した松岡けいさん

から「一般的なスポーツファンよりもアメリカ女子プロサッカーリーグN W S Lのファンの方がスポンサーに対するブランド親和性が高い」という調査データが示されました。ナイキ、バドワイザー、マスターカード、PGを対象とした調査結果です。アメリカには女子サッカーのファン・コミュニティが消費に影響を与えやすいという根拠が数字で表れているのです。アメリカの女子スポーツ・ファンは、女子スポーツをサポートするブランドの商品を積極的に購入する傾向にあります。女子サッカーに独自の価値があることに注目が集まり始めています。

このような調査データは日本でも女子サッカーのマーケットを広げていくために、たいへん参考になる心強い先行事例です。女子サッカーの独自の価値を確立するための道標と言えるでしょう。しかし、日本で同様の調査した場合に、全く同じ結果が現れるわけではありませんので、これから、日本独自のテストマーケティングを積み上げていくことが重要だと考えられます。

第3部で提示されたエビデンス 

スペインで欧米を中心にサッカーコンサルを行う4―Footballの共同創業者・C E Oであるアルベル・バルボナ・アスコナさん、国際プロサッカー選手会(F I F P R O)渉外担当の辻翔子さんも登壇しました。

F I F P R Oは女子サッカー選手の待遇改善のためにF I F Aと交渉を行った

F I F P R Oは世界のサッカーマーケットを一変させたボスマン判決で知られる選手の移籍に関する裁判をサポートしたことで有名です。吉田麻也選手が会長を務める一般社団法人日本プロサッカー選手会(J P F A)もF I F P R Oの正会員です。

2023年3月16日、F I F A総会でFIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023の賞金の増額等が決議されました。実は、これは世界のサッカー選手たちとF I F P R Oにとって歴史的な快挙でした。世界中で実施した各国選手会や選手へのプレゼンテーション、選手の署名集め、レター作成、F I F Aとの交渉などなど、F I F P R O活動がついに成果に結びついたのです。辻さんは各国に飛んで選手たちの声を聞きミッションを実行していきました。

国際プロサッカー選手会(F I F P R O)渉外担当 辻翔子さん

2022年5月にはF I F P R Oによる初めてのプレイヤーズ・サミットを開催。各国代表から現役選手が10名集まり、女子サッカーの労働環境を改善するためのディスカッションが行われています。日本からは熊谷紗希選手が参加。こうした地道な活動が、F I F Aが賞金の増額等を決断する際に大きな影響を及ぼしたことは間違ありません。では、F I F P R OF I F Aに、ここまで何を訴えてきたのでしょうか。辻さんのプレゼンテーションをもとに、その活動を振り返ります。

辻さんにより説明されたF I F P R OとFIFAの交渉経緯

日本の選手も協力しF I F Aにレターを提出

「多くの人は、この舞台裏で何が起こったか、F I F P R Oが選手、選手会と共にどのような取り組みをしたかを知りません。」

辻さんの説明は約2年前にまで遡りました。F I F P R Oは男女のF I F Aワールドカップの条件や規模を比較し分析しました。例えば、各国代表チームの規模、宿泊の際に用意されている部屋、そして、賞金に大きな差があるということがわかりました。

その後、F I F P R Oは三点の要求をF I F Aに提出する方針を定めました。「1.男女のワールドカップにおいて条件を平等にすること」「2.平等な賞金額を実現するための道筋を作ること」「3.FIFA女子ワールドカップに選手登録する全選手に賞金の一定の割合が配分されるよう保障すること」です。

FIFA女子ワールドカップ フランス2019には世界各国から熱狂的なファン・サポーターが詰めかけた

つまり、FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023で平等な賞金額を実現できることはできないと考えていました。この問題を解決するための道筋を作ることを目指したのです。次の段階では三つの要求を盛り込んだレターを準備しました。

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