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ビジャレアルC Fフットボール・マネージメント部 佐伯夕利子さんが語るスペイン女子サッカー躍進の本当の理由 前篇 日本が突きつけられた欧州の現実

FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023カップで、なでしこジャパン(日本女子代表)はスペイン女子代表と対戦します。かつては格下と思われたスペイン女子代表は力をつけ、今や世界の強豪。2022年11月15日の欧州遠征で対戦した際には、ベストメンバーを組めなかったスペイン女子代表が、なでしこジャパン(日本女子代表)を1−0で下しています。

近年のスペイン女子サッカーを象徴する出来事といえば2022年3月と4月に行われたFCバルセロナ女子のホームゲーム。いずれも9万人以上のファン・サポーターを集め女子サッカーの観客動員数世界最高記録を樹立しました。日本でも大きな話題となり、スペイン女子サッカーの躍進を強く印象付けました。

2022―23シーズンからリーガFがスタート

なぜ、スペインの女子サッカーは、ここまで急速に力をつけ、多くの観客を集めるに至ったのでしょうか。一つの理由として女子サッカーリーグの完全プロ化が挙げられます。2022―23シーズンから、スペイン女子サッカー1部リーグは完全プロ化しリーガFと命名されました。ここに至るまでに、あらゆる面で着々と力をつけてきたのです。では、そのプロ化とはどのように行われたのでしょうか。WEリーグのやり方と違いがあるのでしょうか。

リーガFは初年度から3年間にわたり国の初動支援を受けることになっています。全16チームがスポーツ庁を通じて次世代のE U基金から助成を受けているのです。この支援は3年間続きます。それだけではなく、いくつもの財源から女子サッカーに資金が投じられています。スタート時の財政状況はWEリーグとは多少異なります。※放映権(5年)35MMユーロ、商業権(5年)42MMユーロ、スポーツ庁(3年)33MMユーロ。1ユーロ=145円とすると、5年の初動支援金として約160億円の財政基盤が担保されている。

今回はプロ化の実態とスペイン女子サッカー発展の理由について、U E F A Pro/スペインサッカー協会公認ナショナル監督ライセンスをお持ちでスペイン1部リーグ ビジャレアルC Fフットボール・マネージメント部に勤務される佐伯夕利子さんにお話をお聞きしました。佐伯さんは2021年2月から1年間、WEリーグの理事も務めました。また、ビジャレアル女子も、リーガFで戦っています。現場のリアルな声をぜひお聞きください。

佐伯夕利子さん

dignity(品位)」を与えてくれるなでしこジャパン(日本女子代表)は貴重な存在

FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023カップでスペイン女子代表はなでしこジャパン(日本女子代表)と同組になります。日本の女子サッカー界への期待を教えてください。

佐伯私は純粋になでしこのサッカーが好きです。「いつ見てもワクワクさせてくれる」……なでしこジャパン(日本女子代表)のファンとして、その一言に尽きると思います。

世界のフットボールは日々変化し近代化しています。日本の女子選手も欧州に移籍することで明らかにチューニング度合いが高くなっています。欧州のクラブにはチューニングのためのリソースが揃っています。機材、施設、データ管理、分析、ノウハウ、人材、ナレッジ……。さらに専門家、スペシャリストがF1レースをスタートさせるときのように徹底的に選手を最適化してくれます。これこそが、選手が欧州に移籍する最も大きな利点だと思います。トレーニング、メンタル、休息、栄養、怪我予防、治療、至るところまで細部にリソースが揃っています。だから、代表チームに集まったときもパフォーマンスが高まる。それは自然な流れでしょう。

スペイン女子代表の競技力が高まったのも、ビッグクラブが既存の女子チームを吸収合併し、こうしたリソースを共有したことが大きな要因です。何か特別なことをしたわけではありません。今までクラブにあったリソースを女子チームにシェアしただけです。より良い環境提供、それこそが女性アスリートが必要としていたことだったのです。元々そこにあったアセット(資産)が、よりブラッシュアップされ圧倒的に良い状態になりました。スペイン女子代表には数年前の選手たちと同じ顔ぶれが多く含まれますが、今の彼女たちのパフォーマンスは以前の彼女たちとは全く違います。驚くほど力をつけました。

なでしこジャパン(日本女子代表)は、世界の強豪国になかなか勝てなくなっている印象があります。しかし、私は、徹底的にフットボールを尊重し、フットボールという競技の一番面白いところを貫いてプレーしてくれる……「強い」「速い」「高い」で勝負しがちな世界のフットボールの傾向に対して、あの戦い方を貫くことは世界に誇れると思っています。私は、そこに大きな価値を見出しています。なでしこジャパンのフットボールを観て、あんな素晴らしいフットボールをするなんて「羨ましい」と思っている海外の人たちもいるはずです。

今回のFIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023カップでも、是非そこを貫いてほしいです。勝つこともあれば負けることもあります。引き分けもある。そもそもフットボールにはこの3つしか結果はないので、結果以上に大切にしていることがあるこのチームは勇敢だし、本当に素敵なチームだと思います。

本気で取り組み始めたスペイン女子サッカー

佐伯スペインのプロリーグ(リーガF)は始まって、まだ半年です。一方プロ化の動きが始まったのは2015年のことです。私は、その第一回の会合に出席しました。そして、帰りの新幹線の中で「あ、やられた」と敗北感を感じました。「こういう国が本気で取り組むと、もう止められない」という思いがあったからです。ただ、私の直感は当てにならなくて……実は、中国サッカーに日本サッカーが「あ、やられた」と思った瞬間がありました。10年以上も前のことです。でも、中国のフットボールレベルは今も成長しあぐねているので、スペイン女子サッカーへの直感も当てにならないかもしれません(笑)。

この7年間はものすごい勢いで成長してきましたね。

佐伯確かに大きく成長しましたが、これから正念場がやってきます。プロリーグ発足から3~5年間の初動支援が離れたときにリーガFが自立できているかどうかが勝負の分かれ目だと私は思います。だから、まだ、成功を判断するは時期尚早でしょう。

当初はスペイン・スポーツ評議会が女子スポーツを促進させようとする団体や企業に対して税金面で様々なアドバンテージを与えたことが大きかったと理解していますが、いかがでしょうか?

佐伯2015年からリーガFが発足するまでの間はスペインの大手エネルギー会社のイベルドローラをはじめとする企業が多額のスポンサードをしてくださいました(リーガFに移行する以前のスペイン女子サッカーのトップリーグはネーミングライツにより「リーガ・イベルドローラ」という名称)。こうした動きは女子サッカーだけに限らず、計32の女子スポーツ団体(60万人以上の女性アスリートに相当する)が支援を受けてきました(支援を開始した2016年だけでもトップクラスの女子スポーツの試合数が前年の129試合から200試合以上にまで増えたと報道されている)。なぜ、大手エネルギー企業が多額の支援をしているかというと「社会が変容し、女性が元気で幸せであるということが、社会にインパクトを与え、社会・経済が活性化される」という認識がスペイン社会ではなされているからです。

世界中の投資家たちのマインド・メンタリティの変容ともいえるでしょう。ただ儲かるところに投資するよりも、より良い社会の形成につながる循環型の投資を望んでいるのだと思います。私たちはスペインのサッカー界の中で「我々のビジネスはいまやブランドビジネスではなくなった。レピュテーション(より良いあり方)ビジネスである。」と言うようになりました。今、投資家はESG(Environment=環境、Social=社会、Governance=企業統治)を重要視しています。環境に気を使いアンテナを張り、人権を遵守することが重要になっています。ジェンダー、人種、ダイバーシティ、ハラスメント、雇用における労働時間……一つ一つを全て守ることが、より良い社会をつくります。そしてガバナンス……財政面や組織としての透明性を徹底的にする。そして、そこに及ぼすスポーツやアスリートの影響力と価値を高く評価しているといえます。だから、女子アスリートや女子スポーツ団体に多くの投資が行われてきたのです。

ただし、2022−2023シーズン以前と以降のスペイン女子サッカーは分けて考えなければなりません。リーガFが発足するとイベルドローラのネーミングライツが外れました。それは、同社の支援はアマチュアスポーツへの支援だからです。ただ、プロリーグ化されることで、次の企業や団体に主な支援はバトンタッチされています。イベルドローラと今の支援企業の姿勢に共通して言えるのは「そこに社会の変容がある」ということです。

EUには27カ国が加盟している。

佐伯さんがブログ(https://ameblo.jp/yuriko-saeki/entry-12790618650.html?frm_src=thumb_module)に書かれていた「EUのお荷物と言われないように、必死に欧州先進国に価値の標準を合わせるべく、人権をはじめとする社会の仕組みをアグレッシブに大変革してきたからである。
」これは経済界、国民にある程度の共通意識をされているのでしょうか?

佐伯これは一人の外国籍の人である私が俯瞰して言えることで、スペインの国民が自ら、このようなことをなかなか言えないと思っています。ただ、欧州全体から見ると、それが本当のところのように私は感じます。

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