特徴はハイプレッシング WEリーグ誕生で日本の女子サッカーの何が変わったのか? 分析データ比較で見えるフランス(Div1)、米国(N W S L)との違い
AFCは、UEFA チャンピオンズリーグでのサッカーのトレンドは「マイボールであっても、相手ボールであってもゴールを奪いにいくサッカー」「プレッシング×アンチ・プレッシングの闘い」と表現しています。では、WEリーグは、どのようなサッカーをしてきたのでしょうか。今回は「WEリーグ監督フォーラムに関するメディアブリーフィング」で公開された分析データを引用し「WEリーグ誕生で日本の女子サッカーの何が変わったのか?」「WEリーグ・チームの監督は何を目指しているのか?」をご紹介します。「WEリーグ監督フォーラムに関するメディアブリーフィング」ではサッカー報道をするメディアや記者・ライターを対象に、WEリーグのテクニカルアドバイザーで日本サッカー協会技術委員会副委員長の小野剛さんがデータ分析結果と世界のサッカートレンドの説明を行い、竹本一彦監督(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)、田代久美子監督(AC長野パルセイロ・レディース)が監督の立場からコメントしました。
この記事では、3人のコメントを元に、筆者の視点を加えて解説します。
世界一の競技力を身につけ世界一の魅力的なリーグへ
WEリーグはビジョンの中で「世界一の女子サッカーを。」「世界一のリーグ価値を。」を掲げています。初年度で「選手にとっても見る人にとっても世界中のリーグ」に向けて進化することができたのでしょうか。インスタット社の分析データからWEリーグのフットボール面が浮き上がります。
サッカー観戦で最も興奮するシーンは、なんといっても得点です。そして、得点で上回れなくては試合に勝つことはできません。WEリーグは、どのくらいの得点チャンスを生み出しているのでしょうか。
クロスに特徴があるが決定的なチャンスがやや足りないWEリーグ
WEリーグの特徴に「クロスからの得点率が高い」があります。パスで崩し、ゴール前のターゲットにピンポイントで合わせる精度の高いクロスの記憶が鮮明に残っている方も多いのではないでしょうか。フランス、米国のクロス成功率が24%台なのに対して、WEリーグは27.7%の成功率です。
シュート数を比較するとフランス、米国と大きな違いがないことがわかります。ただ枠内シュート(オン・ターゲット)の数字が少ないことも読み取れます。これをチャンス数と照らし合わせてみましょう。チャンスを生み出す数が少なく、さらにxG(ゴール期待値)が低いことが分かります。これは、単純な「シュート力」に違いがあるだけではなく、WEリーグは決定的なチャンスを創り出す機会がやや足りず、得点するための決定機が不足していることを示しています。
たくさんのショートパスをつなぐことの功罪
WEリーグのパス数がフランス、米国と比べるととても多いこともデータで示されました。大正時代に英国領ビルマ人の留学生であるチョー・ディンさんがショートパス戦法を日本に持ち込んで以来、たくさんのショートパスをつなぐことは男女を問わず日本サッカーの特徴となっています。WEリーグでも、伝統的な日本サッカーを披露できているといえます。
しかし、その反面、WEリーグは世界のサッカーの潮流「奪ったボールを短時間で相手ゴール前に運び得点を奪う」に乗り切れていないのかもしれません。シュートを放つまでにどれくらいのパスをつなげたかの指標となる「shot/pass」ではフランス39.55、米国37.49に対してWEリーグは47.69。一つのシュートに結びつけるために手数をかけすぎているともいえます。決定的なチャンスを創り出す機会がやや足りこととパスの数が多いことを関連づけて考えても良いでしょう。
伝統的な日本サッカーが抱えてきた「パスはつながるけれどゴールに近づかない」課題の解決策が「マイボールであっても、相手ボールであってもゴールを奪いにいくサッカー」への挑戦なのではないでしょうか。
WEリーグ最大の特徴はハイプレッシング
ハイプレッシングはゴールを守るためだけではなく、ゴールを奪いにいくためにも取り入れられる戦術です。WEリーグは、フランス、米国と比較して特別に高い数字になっています。そして、この数字は1年前のなでしこリーグ(WEリーグ参加チームが参加していた頃のなでしこリーグ)と比較して大きく飛躍しているので、ハイプレッシングの進歩はWEリーグ誕生の成果と考えられます。
さらに注目すべき点として、ハイプレッシングに伴うインテンシティの高いサッカーを展開しているのにも関わらずファール数、警告数が極端に少ないことが挙げられます。1年前のなでしこリーグと比べて、ファール数が減少しているのは、ハイプレッシング守備の技術が向上したためと考えらます。今や、ハイプレッシングがWEリーグの最大の特徴となったことが数字でも明らかになりました。
なでしこジャパン(日本女子代表)でもみられる、なでしこらしい「ショートパスサッカー」一辺倒からの卒業
2011年に世界一を獲得して以来、なでしこジャパン(日本女子代表)が世界と戦う際の最大の武器は、なでしこらしい「ショートパスサッカー」といわれてきました。しかし、近年、世界の女子サッカーではフィジカルコンタクトを活かした守備と長いパスレンジを駆使したポジショナルプレーが進化。左右に大きくボールを動かし、選手の高いフィジカル能力を活かした縦に速い試合展開が浸透してきています。最近では、なでしこジャパン(日本女子代表)が、強豪国と対戦した際に、以前のような、なでしこらしい「ショートパスサッカー」で圧倒できるシーンは極めて稀になってきました。
なでしこジャパン(日本女子代表)の池田太監督は、キーワードとして「奪う」を掲げ、ボールを奪い取り得点を奪い切るサッカーを目指してきました。世界の女子サッカーのトレンド、世界各国の女子代表チームの戦い方を理解し、その上で定めたチームコンセプトです。EAFF E―1サッカー選手権2022決勝大会では、飛びだしに特徴がありはっきりとしたアクションを出せる井上綾香選手(大宮V)、千葉玲海菜選手(千葉L)、植木理子選手(東京NB)を重用し、手数をかけずにボールをディフェンスラインの裏に運ぶ攻撃が多く見られました。今では、池田ジャパンの特徴をなでしこらしい「ショートパスサッカー」と説明する人は少なくなっています。
そして、振り返ってみれば、高倉麻子監督のなでしこジャパン(日本女子代表)も、なでしこらしい「ショートパスサッカー」とは距離を置いた戦い方を模索していました。東京2020では、見た目の面白みには欠ける守備戦術を武器に、体格的に勝る対戦相手の攻撃を凌ぐサッカーを展開することになりました。残念ながら、華麗に得点を奪う型を披露するには至らず多くの批判を受けながらの敗退となりましたが、なでしこらしい「ショートパスサッカー」から脱皮する過程だったのかもしれません。
日本の女子サッカーは代表チームでもWEリーグのチームでも、ハイプレッシングが特徴となりました。ただし、小野剛さんは「パスを丁寧につないでいく日本の良さを失いたくはない。」とも話しています。小野剛さんは日本なりの新しいスタイルに期待しています。
監督の考え方でサッカーは変わる
インスタット社の分析データ比較から、WEリーグ誕生によって日本の女子サッカーが進歩を遂げたことが解ってきました。では、なぜ、このような変化が生じたのでしょうか。日テレ・東京ヴェルディベレーザの竹本一彦監督は指導者とクラブの考え方が、サッカーの進む道を大きく左右すると考えています。
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