WE Love 女子サッカーマガジン

WEリーグを浮上させるのは「サッカー自体の魅力」? それとも「コンテンツとしての魅力」?  米国女子サッカーNWSLをモデルに考える 中村武彦さんインタビュー 後篇

さて、今回は後篇です。3月19日に掲載した前篇では、FCバルセロナやMLS等のスポーツマネジメントの世界で活躍されてきた中村武彦さんに、米国サッカーのビジネスモデルに着目してお話しいただきました。

大坂なおみさん NWSL ノース・カロライナ・カレッジに出資とは?  米国女子サッカーのビジネスモデルに迫る 中村武彦さんインタビュー

ここからは、どのような魅力づくりをすればWEリーグの価値が上がるのかについてNWSLの事例と比較してお話ししていただいています。中村武彦さんが活躍されているビジネス領域は「スポーツマネジメント」です。「スポーツマネジメント」とは何か、中村武彦さんは、このように説明してくださいました。

中村サッカーに詳しくない人にもスタジアムに来場してもらって楽しんでもらう「コンテンツビジネス」とサッカーに詳しいコアファン、サポーターに楽しんでもらう「サッカービジネス」は別物です。この2つが交わって重なる部分が「スポーツマネジメント」です。どちらかに偏るとうまくいきません。うまく重ねることが大事だと思います。

 

さて、米国では女子サッカー人気が拡大中で、大坂なおみさんがNWSL ノース・カロライナ・カレッジに出資しオーナーになりました。女優のナタリー・ポートマンさんは新チームであるエンジェル・シティFCに出資しオーナーになりました。こうしたセレブリティによる出資の動きは、これからも続くのでしょうか?

中村武彦さん

「コンテンツとしての魅力」が評価されている米国サッカー 

中村今、米国ではサッカー人気がすごいです。FIFAワールドカップ2026米国大会が開催されるからです。2026年に向けて投資している面はあります。かつては「サッカー不毛の地」と呼ばれていた米国が、今、MLS(メジャーリーグサッカー:米国プロサッカーリーグ)で30チーム。その多くは自前のスタジアムを持ってビジネスをしています。今や、MLSに加入したければ250億円を払わなければならない時代になっています。ですから、これは一時の人気ではないと思います。今、米国ではサッカーチームを持つと価値が上がるとみられているのです。

それに追随して女子サッカーも人気が上がり、フランスのオリンピック・リヨン(熊谷先選手が所属)がシアトル・レインに資本参加しています(OLレインに名称変更)。価値の上げ方も独自の考え方があります。

上質な「サッカー自体の魅力」が重要ならば、投資先は欧州でやっているサッカーになるはずです。でも、それでもMLSや米国女子プロサッカーリーグNWSLNational Women’s Soccer League)に投資が集まるということは「コンテンツとしての魅力」が大きいのだと思います。野球も上質な試合を見たければ観客はメジャーリーグを見にいくはずですが、マイナーリーグでも1000試合連続完売とかするチームがあります。それは、明らかに「野球を売っているのではなく、楽しんでもらうことを売っている」。その売り方が米国では発達しています。

—コンテンツとしての魅力というのは、どのようなことでしょう。例えば、宇都宮徹壱さんが著書で追いかけている、JFLや県リーグのような下部リーグの地域クラブを追いかける楽しみ方は「コンテンツとしての魅力」と似ているのでしょうか?

中村似ていないですね。理由は、おそらく、ファンは「サッカーを見に行っている」と思うからですね。まだ、日本では「サッカービジネス」に携わっている方々でも「サッカーを売る」という意識の方が多い印象です。どうやって楽しんでもらうかを、もう少し意識した方が良いと思います。例えば、スタジアムに取材に行ったときにピッチに降りて上を見ると満員のスタンドがあります。思わずみんなが漏らす感想は「みんなサッカー好きなんだなー、よく集まったなー」なのです。でも、その「サッカー好きなんだ」の感覚がある観客はゴール裏のサポーターがほとんどで、残りの席には、もしかしたら初めてやって来た人もいるし、友達に連れられてきた人もいるし……サッカー以外の魅力を求めているかもしれない……という認識があると「コンテンツとしての魅力」にも目がいくようになると思います。「良いサッカーをしているから人が来るでしょう」というビジネスをやっていると「優勝するのはチームしかない」ので先行きが難しくなります。プロスポーツは負ける前提または負ける確率が高い前提の商売になるはずですから「楽しんでもらうこと」を提供していかければならないのです。

—こちらはどうですか? 横浜F・マリノスのホームゲームでは40輌近くのキッチンカーが来て、各地の美味しいものを食べられます。ステージでは音楽を演奏し、ふわふわや電動車両が走って子ども達が遊べるようになっていて、試合開始3時間前くらいから家族が来場する仕掛けになっています。

中村これが、まさに、今後、もっと増やしていったら良い視点のやり方だと思います。欧州はサッカーが生活の一部なので、観客は試合開始前ギリギリに来て、試合が終わったらそのまま帰ります。それは「サッカー自体の魅力」を売っているのです。米国の場合、試合の日は何時間も前からスタジアムに来て、みんなでご飯を食べたり飲んだり、試合中も飲み食いをして、試合後も楽しんで1日を使ったエンターテイメントの日になります。日本は、その中間にいて、欧州流の「サッカー自体の魅力」を売っているクラブと米国に近い「コンテンツとしての魅力」を売っているクラブが混在しています。今後、それぞれのクラブが色を出していければと思います。

日産スタジアムで開催されるトリコロールランド(コロナ禍でも規模をやや縮小して開催中)

—サッカーファンが、女子サッカーと男子のサッカーと横並びで比較すると技術やパワーを理由に男子のサッカーを好む方が多くなります。だから、もう少し「コンテンツとしての魅力」寄りの発想があった方が良いということですね?

中村そうですね。多分、サッカーの競技で勝負すると、女子サッカーは、男子のサッカーと「違うもの」になってしまいます。例えば、バスケットボールのBリーグは最初から「コンテンツとしての魅力」でリーグを発足させています。極論、良いバスケットボールを見たければテレビでNBAを見られます。でもアリーナに来てもらって楽しめるところにBリーグの成功要因があります。WEリーグも、そういう「コンテンツとしての魅力」路線で最初はスタートすると良いです。その後、リーグが拡大していってから、海外の有名選手を連れてくるとか、選手の環境改善や強化に予算を使うといった流れが良いのではないでしょうか。最初に車輪を回すために、いきなり強化から手をつけると、車輪は一周で終わってしまうかもしれません。僕がやるのであれば、事業の車輪を最初に回し始めることによって、徐々に、強化と両方の車輪が回っていくようにしますね。

—そういえば、私は、Bリーグの前身のbjリーグを初めて有明に見にいった後で、友達に説明した第一声がバスケットボールの中身の話ではなくて「試合中でも大音量で音楽を流しているんだよ」でした(笑)。

中村来てくれた人が「面白かった」と思って、次に誰かを連れてきてくださるのが一番良い営業なので「昨日の試合どうだった?」「大音量がすごかったよ」と楽しかった印象を持ってもらうことは重要です。

日本の女子サッカーへの影響は?

—日本女子代表の宝田沙織選手がいきなりワシントン・スピリッツに引き抜かれました(完全移籍)。米国の女子サッカーマーケット拡大は日本に対してどのような影響を与えるでしょうか?

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