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大坂なおみさん NWSL ノース・カロライナ・カレッジに出資とは?  米国女子サッカーのビジネスモデルに迫る 中村武彦さんインタビュー

1993年にJリーグが開幕し大成功したことを思い起こしてみてください。本やテレビで描かれたJリーグブームの原因は何だったのでしょう。「サッカー自体の魅力」だったか「コンテンツとしての魅力」だったのか、皆さんは、どちらだと思いますか。筆者は、ずっと「サッカー自体の魅力」だと思っていました。しかし、今回、中村武彦さんとお話をさせていただき気持ちが変わりました。イケメン揃いの華やかなピッチ、席に座らず立ったままリズムに合わせて応援、フェイスペイントや奇抜なファッション、相撲やプロ野球とは違った若く自由な気風の客層……1993年当時、日本サッカーはFIFAワールドカップに出場したことがありませんでした。日本はサッカーの世界では弱い国でした。でも、あれほどまでにJリーグが盛り上がったのは、もしかすると「コンテンツとしての魅力」だったのかもしれません。

さて、大坂なおみさんがNWSL ノース・カロライナ・カレッジに出資しオーナーになるというニュースが日本でも大きく報じられました。この出資が、どのようなもので、どのようなオーナー像を思い浮かべれば良いのか戸惑うニュースだったと思います。そのあたりも、中村武彦さんにしっかりお聞きしています。

中村武彦さん

スポーツマネジメントの最前線で活躍する中村武彦さん

FCバルセロナやMLS等のスポーツマネジメントの世界で活躍されてきた中村武彦さんに、米国サッカーのビジネスモデルに着目してお話しいただきました。中村武彦さんは、大学卒業後に一般企業の海外事業部に勤務。出張でMLS(メジャーリーグサッカー:米国プロサッカーリーグ)と触れる機会を得ました。出張を繰り返し、日米の働き方の違いを意識するようになり「それぞれが専門分野を持ってキャリアを積み重ねていく米国の働き方」に刺激され「自分はサッカーの専門家になろう」と、スポーツマネジメントを学ぶために2002年に渡米。MLSで8カ月間のインターンの後に本採用。ハワイにパンパシフィックチャンピオンシップ(MLSJリーグ、Kリーグ、中国スーパーリーグ、Aリーグなどのクラブチームが参加する大会)を設立。これを成功するとパンパシフィックチャンピオンシップは売却され、初めてスポーツプロパティ売買を目の当たりにします。FCバルセロナに転職。国際試合のマッチメイキング経験を活かしてFCバルセロナでも国際試合をマッチメイキング。2015年に39歳で独立しブルーユナイテッドを設立して、現在は米国を拠点に活躍されています。

—2011年では、それほどの印象がないのですがFIFA女子ワールドカップ2019フランス大会では米国人の若い女の子のファンが会場に多く衝撃を受けました。中村さんとのお話で、それが、なぜだったのかの答えに確信を持てればいいなーと思って今日はインタビューに臨ませていただきました

中村プレッシャーがすごいですね(笑)。今や、女子サッカーとチアリーディングは米国では花形スポーツですね。

女子サッカーは米国の花形スポーツ

—花形スポーツなのですか! 決勝戦の会場のリヨンでは、朝、20歳前後の女の子たちのグループが、米国の連続ドラマに出てくるようなホットパンツでジョギングしていました。脚はどう見てもサッカープレーヤー。彼女たちはスタジアムに入ると、リフティングアトラクションに参加して、みんなが上手にリフティングを繋いでいく。「これはすごい」と思いました。こんな子たちが何万人も海を渡って応援に来ている。ただ、米国女子プロサッカーリーグNWSL(National Women’s Soccer League)が立ち上がった2013年頃は、日本では評判が高くなく、いくつものチームが存続できずに潰れています。なぜ、今のようなムードに変わったのか気になっていました。

中村まずは、社会的背景から説明すると1972年に成立されたタイトルIX(タイトル・ナイン:公的高等教育機関における男女の機会均等を定めた連邦法の修正法。教育改正法第9編)の影響がとても大きいです。大学には男女、同じ種目の部活がなければならないし奨学金で入学できる選手の数も同数にしなければならないという法律です。これにより、女子サッカーをできる環境が広がりました。

女子サッカーは大学の花形スポーツになりました。米国のスポーツはシーズン制なので、一人がシーズンを通して色々なスポーツをしています(1年を3つのシーズンに分け、3ヶ月のサイクルで旬のスポーツを行う)。秋はサッカーを選ぶ子が多いです。年間を通して1つのスポーツしかやらないのであればサッカーは選ばれないかもしれません。でも、シーズン制により、小さい頃からサッカーをやっている女子が多いのです。NWSLの前に、WUSA(2001年〜2003年)、WPS(2009年〜2011年)の2つのリーグが潰れていて、どうなるのか注目されていましたが、NWSLは最長の経営年数(2013年〜)になりました。だから、今までとは違うと見られていますし期待されています。

チアリーディングとサッカーが女子の花形スポーツなのは、なぜでしょう?

中村どちらもプロテクタや道具に大きなお金がかからないので手軽に始められます。女子サッカー選手に所得が高い家庭の子が多い理由は、プレー環境が、いわゆる「お月謝制度」のスクールだからというのもあります。欧州のような上手い子が引き上げられるアカデミーではない仕組みです。ただ、それは一昔前までのことで、今は奨学金で大学に通えます。米国の学費は高く1年間で生活費も含めると500万円くらい。4年間で2000万円が必要となります。だから「スポーツ(奨学金)で入学する」という選択肢は、親の頭の片隅に常にあります。

—以前のミア・ハム(2001年と2002年にFIFA女子最優秀選手賞を受賞)時代の米国女子代表と比べると人種、その他の多様性が感じられるのは、そうした奨学金の制度の影響もあるのですね。となると、親御さんは「女子サッカーでスカウトの目に留まり、メジャーな学校に奨学金で進学してほしい」という思考になるのですか。

中村カレッジ・ショーケースが全米で盛んに行われていますね。日本でいうジュニアの「全国大会」に似たもので、色々なチームが参加します。そこに全米の大学からスカウトが集合して、獲得のために選手に声をかけます。

「シングル・エンテティ・システム」を知ると大坂なおみさんが出資した理由を理解できる

—NWSLの仕組みは日本とは違うのでしょうか?

中村全く違います。NWSLはMLSと同じ「シングル・エンテティ・システム」というリーグ構造を採用しています。チームのオーナーはNWSL(リーグ)のオーナーでもあります。だから「自分のチームだけが盛り上がれば良い」ということはできません。NWSLが儲からないとチームに投資したお金が戻ってこない仕組みになっています。

順番立てて説明すると、まずリーグを何人かで共同出資して作ります。続いて、共同出資したオーナーに、各都市がフランチャイズとして割り当てられます。その都市でチームを運営する権利をもらうのです。ですから、各チームは独立した会社ではなく「リーグの中の一つの部署」という位置付けです。みんなで、どのようにしてリーグを大きくするかを考えて運営します。これは、自由競争の米国らしくない「スーパー護送船団方式」です(笑)。

—この方式だから「選手はNWSL(リーグ)と契約する」と新聞記事で描かれるのですね?

中村そうです。選手の雇用主はリーグです。例えば、以前にMLSでプレーしていたベッカム選手の給与の振り込み主はLAギャラクシーからではなくMLS(リーグ)からです。NWSLも同様です。ヒューストン・ダッシュに所属する選手は、給与をヒューストン・ダッシュから振り込んでもらうのではなくNWSLから振り込んでもらいます。

—その仕組みを知ると、日本でも話題になっている大坂なおみさんがNWSLのノース・カロライナ・カレッジに出資したというニュースも感じ方が違ってきます。

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