「クリスティアーノ・ロナウドを目指しても良いけれど セルヒオ・ラモスを目指すな」 WEリーグに必要なメンタルアドバイスとは? 木村好珠さんインタビュー
自分は「メンタルが弱い」と思っている人、「選手のメンタルを何とかしてあげたい」と思っている人にオススメのインタビュー記事です。筆者が経験してきたインタビュー取材の中で、最も笑ったインタビュー取材でした。このインタビュー取材を通して、筆者はメンタルについての考えが大きく変わりました。
医師免許を持ち、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医で精神科医として病院に勤務し、タレントとしても活動している木村好珠(きむら・このみ)さんは「平日よりも土日が寝不足(笑)」が自己紹介の持ちネタのようです。プレミアリーグを中心にしたDAZN観戦が、その理由。筆者は木村好珠さんのツイッターアカウントから、最近のお仕事について調べようと思ったのですが、試合の感想が山のようにツイートされていて、欲しい情報が簡単には見つかりませんでした。それほどのサッカー好きです。昨年までは、昼間にスタジアムでJリーグ観戦をした後に自宅で欧州サッカーを2試合視聴ということも普通にあったそうです。その上、ただ、ファンというだけではなく、マンチェスター・シティ公式ファンミーティングイベントのMCも務めています。
そんな木村好珠さんに、インタビューをしようと思ったのは、#女子サカマガ のこれまでのインタビューが理由です。選手、クラブ関係者、選手のお母様……メンタルケアの必要性を、お話される方が、何名もいらっしゃいました。女子サッカーの現場を調べてみると、なかなかメンタルケアにまでは手が回らないクラブや学校が多い。では、誰にインタビューすれば良いだろう?と探していたところ、木村好珠さんが東京パラリンピック ブラインドサッカー日本代表、北海道コンサドーレ札幌アカデミー、Real Madrid foundation football academy のメンタルアドバイザーを勤められていることがわかりました。
インタビュー取材で、木村好珠さんのキャラクターと話術に引き込まれました。「また、お話ししたい」……筆者はそう思いましたが、相手に、そう感じさせることの重要性が、インタビューの後半に出てきます。メンタルケアを考えるときに押さえておくべきポイントの一つです。なぜ「また、お話ししたい」と感じたのか……テレビや、これまでのタレント活動の記事でしか木村好珠さんのことをご存知ない方は、このインタビュー記事を最後まで読むと、メンタルアドバイザーのイメージが変わるかもしれません。
木村好珠さんプロフィール
「メンタルが強い」は、選手の数ある個性の一つ
筆者は木村好珠さんにインタビューして気がついたことがあります。サッカー選手のメンタルは一般に「強い」と「弱い」とを結ぶ一直線の2次元で表現されることが多いです。でも、本当は強いか弱いかではなく「メンタルが強い」は、選手の数ある個性の一つでしかないのだと。そのことをインタビューの終わり間際に筆者が言うと木村好珠さんはこう言いました。
木村—メンタルが凄く強い人は、少ししかいないです。そういう「メンタルが凄く強い人をあなたは目指さない方が良い」と私はアドバイスします。「クリスティアーノ・ロナウドを目指しても良いけれどセルヒオ・ラモスを目指すな」と私は言います。
(笑)その例え、伝わる人には伝わるけれど、伝わらない人には全く伝わらないのですが……。さて、メンタルアドバイザーとはどのようなお仕事なのでしょうか?
木村–私はメンタル「アドバイザー」という言い方をしています。私が自分をメンタル「トレーナー」やメンタル「コーチ」と呼ばないのには理由があります。スポーツ選手はメンタルが強いと見られることが多いです。特にプロ選手はサポーターからの評価、監督からの評価といった重圧を受ける生活をしています。メンタル「トレーニング」は自分でメンタルを強くしたい人に向いています。でも、人によってメンタルは違います。イニエスタでさえ鬱になる、ブッフォンでさえゴールマウスの前に立つのが怖くなる……そんな素晴らしい選手でさえそうなのだから、そもそも「メンタルは強くなければならないのか?」というところから私は考えます。イニエスタは、多分、メンタルが強くないのです。
メンタルをトレーニングするというのは、元々0よりも強いメンタルを持っている人がさらに強く上げていくイメージです。でも、私は「こういう矢印もあるよ」って相手に考える方向を伝えてあげることが重要だと思います。だから、私はメンタル「アドバイザー」という言い方をしています。私は、まず、マイナスからのケアをしてあげることが必要だと思うから、スポーツ選手には(メンタルトレーナーや元アスリートだけではなく)精神科医が介入するべきことがあると思うし、メンタルが強いことが良いわけではなく、弱いということを認めた上でどうしていくかを考えるのも良いと思っています。
「強くする」というよりも「普段から精神を整える」
木村—メンタルを強くする前提だと、なんとなく、周囲に「自分を強く見せないといけない」となる。「強くない自分」を自覚して弱い自分を隠そうとしてしまいます。すると、本当にメンタルを保たなければならない土壇場に本来の自分の力を出せない。だから私はメンタルをトーレーニングで強くするのではなくてメンタルを整える中庸(偏ることなく、常に変わらないこと)が大切だと思います。
木村—北海道コンサドーレ札幌アカデミーでもお話しさせていただいたのですが「土壇場で強いのではなく常に同じ状態でいるということが大切」です。試合中と練習中のメンタルを同じようにすることで「試合だから緊張する」とならないようになる……と思っても試合ってやっぱり緊張するんですよ!(笑)だから、試合で緊張しないようにすることを意識するのではなくて「どうしたら練習中に試合と同じ精神状況を作れるか」に重きを置いたほうが、私は良いと思っています。「強くする」というよりも「普段から精神を整える」ことが重要なのです。ゾーン(ただその瞬間に「目の前のことをするだけ」の心理的境地)を毎回作るのは無理なわけで……そんなのHUNTER×HUNTERの中の世界ですよ(笑)。常に試合中であっても練習中であってもメンタルを維持することが目標だと思うので、私は「高みを目指す」みたいなことは言わないです。
—練習中に試合と同じような精神状況を作るというのは、コーチの練習メニュー作りにも関係してきますね。
木村—基礎練習をするにあたっても、なんとなく練習するのと、試合中にこういう場面が出てくるかもしれないというシチュエーションを考えて練習するのでは違います。試合中を想定した練習メニューになると練習と試合が繋がります。「練習を試合に近づけていくことを意識してください」と指導者にお願いしています。
—練習で技術を向上する、戦術を徹底するだけではなく、試合で受けるプレッシャーに似たプレッシャーを感じることでメンタル面でも試合で問題がないプレーをできるようになるという考え方ですか。
木村—同じ練習をするにしても、どのような気持ちでやっているかは重要です。学校でも好きな教科ならば集中して学べるのに嫌いな教科だと集中できなくてテスト前も覚えられなくてテストで力を発揮できないいということがあるように、心の持ちようはとても大事なのです。同じ練習でも意味を意識してやらないと試合に反映をできないので、意味づけは大切だと思います。
考える癖をつけることが大切
木村—コンサドーレ札幌では、アカデミー世代のメンタルアドバイスの仕事をしています。最近は、オンラインでアドバイスをさせていただいています。日本ではアカデミー年代にメンタルアドバイスが普及していない現状があります。実は年齢が低いときのメンタルアドバイスはとても重要です。例えばレアル・マドリードやマンチェスターユナイテッド、アヤックスといった強豪チームは、技術、戦術を習得する前にメンタルが重要だとしています。
木村—不安がどこで生じるかというと、将来のことのような抽象的なことから生じるといわれています。逆を返せば、目の前の具体的なことを考えると不安は起きにくいです。だからこそ「思考を育てる」ことはとても重要だと思っています。サッカー選手の中には、(具体的に)考える癖をつけずに大人になっている人も多くいます。特に巧い選手の中にはなんとなくプロまで進めちゃった人もいます。そういう選手は、いざイップス (yips:精神面や心理面の原因等により、これまで出来ていた思い通りの動作が出来なくなる障害)みたいなことに陥ると「なぜ自分が出来ないのか」がわからない状態になってしまう。でも、考える癖がついていて、そのときに、しっかりと「この角度でこうやれば出来たはず」と自分で考えられると、イップスからも(通常の状態に)戻りやすいのです。だから、(メンタルをアドバイスして)年齢が低い頃から、自分で考える癖をつけるのはとても大事なことだと思います。
監督へのケアやアンガーマネジメントが大切、曹貴裁さんへの講義
—コンサドーレ札幌アカデミーの仕事を始めて、予想と違ったことはありますか?
木村—予想以上に「生徒はコーチのことを見ている」ということです。レアル・マドリードのメンタルコーチは、このように言っていました。「基本的に選手にはアプローチしない。普段は、コーチたちにアプローチする」と。コーチが生徒に与える影響はとても大きいので、コーチに対するアドバイスが必要だと思いました。
ブラインドサッカー日本代表では、選手のケアではなく監督やチームスタッフへのアドバイスをしています。スタッフも全員がメンタルを持っていて、監督は特に孤独になりやすい。なんとなく「強くなければいけない」役割だし、試合前に不安を見せるわけにはいかない……という方がとても多いです。監督は、全ての責任を負ったり、自分で決断することが多かったり……重圧がかかります。だから、メンタルのアドバイスが必要です。重圧の話を聞いてあげる人が必要なのです。
メンタルのアドバイスは、第三者として外部から接するポジションで行うことが重要です。監督、コーチは距離が近くなると指示が高圧的になってしまうことがあります。でも、それをチームの中の人は、なかなか言えないのです。外部の人が「監督、あれ、ちょっときつかったですよ」と言ってあげられるアプローチを出来ると良いです。
—今の時代に合っているかを第三者がサポートしてあげることが大切ですね。
木村—監督は、選手を怒らないといけない場合があります。だから、監督に対するアンガーマネジメント(怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング)も重要だと思います。昔だったら許される行動も、今の時代に合っていないとハラスメントになってしまいます。私は、元湘南ベルマレーレの曹貴裁さんにアンガーマネジメントの講義をさせていただきました。怒ること自体が悪いことでは全くないし、怒ること全部をやめる必要もないです。でも、時代に即した伝え方は学んだ方が良いということをお伝えしました。
WEリーグに必要なメンタルアドバイスとは?
—「サッカー選手の38%がうつ、不安障害」という研究結果の記事がありました。なぜ、強いと思われているサッカー選手が病んでしまうのでしょうか。
木村—「サッカー選手は強くなければならない」と自分で思っている選手は(不安や弱さを)吐き出す場所がないのだと思います。特に、サッカー以外の別のコミュニティを持っていない選手は聞いてくれる人がいないかもしれません。
— WEリーグが2021年9月に始まります。私は2つの懸念があると思っています。1つ目は吐き出す場所についてです。プロ契約をすると、これまであった職場という、サッカーから離れたコミュニティを失う選手が出てきます。聞いてくれる人がいなくなるのではないか?もう一つの懸念は、女子サッカーが「ひたむきさ」を美徳に掲げてここまで歩んできたことです。困難な状況でも諦めず最後までやり切る、これは良いところではあるのですが、極限まで頑張ることが女子サッカー選手の義務と化し、好ましい女子サッカー選手像となっています。このあたりをどのように考えますか?
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