サッカー番長 杉山茂樹が行く

男子サッカーはメジャー競技なのに女子サッカーはマイナー競技。当たり前であってはいけない話が起きる理由

写真:Shigeki SUGIYAMA

 北朝鮮を2-1で下し、パリ五輪出場を決めたなでしこジャパン。もしこの一戦に敗れ、五輪の出場権を逃していたら、女子サッカーへの関心は低下する。女子サッカー界の今後のためにも絶対に負けられない試合。関係者だけでなく、選手自身がそう口にしていた。
 
 試合後、テレビのインタビュアーに5バックで戦った件に付いて問われた池田太監督は「前線から圧力をかけていきたかったから」と、伝わりにくい答えを返した。触れられたくない点にいきなり話を振られ、動揺を抑えながらそっけなく雑に返したという印象だ。画面の向こう側にいるファンにサービス精神を発揮する余裕はなかった。
 
 守り倒そうとしたわけだ。就任当初、5バックで戦ったこともあったが以降はオーソドックスな4バックで戦ってきた池田監督だが、土壇場で再び、典型的な守備的サッカーにすがりつくことになった。
 
 にもかかわらず池田監督は「前から圧力をかけていきたい」と、攻撃的なサッカーを展開するための作戦であるかのような説明をした。なぜ素直に潔く守りを固めたかったと言えないのか。代表監督としての器の小ささを見る気がする。
 
 相手の北朝鮮も5バックだったので、試合は遠くからお互い石を投げ合うような、絡みの悪い戦いとなった。2-0から2-1となり、残り10分プラスロスタイム5分となった段で、試合は大いに盛り上がった。微妙な判定もあったので退屈はしなかったが、全体的に言えば試合内容は低調で、けっして面白い試合とは言えなかった。
 
 国立競技場に足を運んだ観衆は2万777人。定員は6万8000人なので、スタンドの3分の2以上は空席だったことになる。1週間前に同じく国立競技場で観戦したヴァンフォーレ甲府対蔚山現代が1万5992人だったので、アウェーサポーターの数を引いた人数で両試合はほぼ一致する。甲府となでしこジャパンが同じ数でいいのか。
 

 この不入りの方が、半年前に行われた女子W杯時より戦力が落ちたかに見える現状や、北朝鮮の方がよく見えた試合内容以上に、心配になるのだった。すでになでしこジャパンの熱狂的なファンになっている人は、次の試合にも足を運ぼうとするだろうが、そうではない人、つまり舞台がアクセスのよい、国立競技場だったのでふらっと足を運んでみた人は、リピーターになるだろうか。
 
 NHKでお茶の間観戦した人しかり。観戦者全員が応援モードを全開に、試合に見入っていたわけではない。池田監督の口から筆者が聞きたかったのは、もっとよいサッカーを披露すべきだったにもかかわらず、絶対に負けられない戦いをした弁明である。
 
 パリ五輪出場を決めたことで関心はどこまで上がるだろうか。北朝鮮のサポーター込みでも国立競技場の定員の3分の1以下しか集まらなかった観衆に、大幅増は見込めるのか。平素のWEリーグの客足はどこまで上向くのか。
 
 男子サッカーを見慣れているものには女子サッカーは物足りなく映る。感覚的に言えば、ピッチが大きく見える。時間の経過も遅い。
 
 海外ではそれでも観衆がよく入る。日本が優勝した2011年W杯でも、決勝戦が行われたフランクフルトのスタンドは満員の観衆で埋まった。日本対アメリカという外国同士の試合であるにもかかわらず。日本では望めない話だ。サッカーに限らず、スポーツを観戦に行く習慣が定着しているからだ。スタンドに足を運ぶハードルが低い。
 
 日本では陸上競技の観戦者は関係者ぐらいだ。日本選手権が行われても1万人集まればいい方だろう。筆者は五輪、世界選手権を含め、陸上競技を幾度か観戦しているが、つまらないとは思わない。800mとか1500mとか、なかなか見応えがある。だが日本の場合、陸上経験者、愛好者は無数にいるはずなのにスタジアムに足を運び、観客になろうとしない。
 
 国立競技場は、6万8000収容の観客席を持つトラック付きの総合陸上競技場だ。にもかかわらず陸上競技はまるで使いこなせずにいる。スタンドの使用頻度はサッカーが9割で、ラグビーが1割。これが現実だ。
 
 つまり女子サッカーは陸上競技化しているのである。見に行く習慣、スタンドで観戦する習慣が浸透していないのだ。
 
 どうしたらスタンド観戦を習慣化することができるか。欧州で女子サッカーにそれなりの観衆が集まる理由はわかりやすい。同じクラブ内に男子チームがあるからだ。総合スポーツクラブになればサッカーファン、バスケットボールファン、ハンドボールファン等々、競技別の垣根はなくなる。バルセロニスタであり、マドリディスタなのだ。
 
 日本の場合、60あるJクラブの中で、女子サッカーチームを持っているクラブは半数に届いていない。半数以上が独自で活動する。
 
 先日、INAC神戸レオネッサが、アスコホールディングスから大栄環境株式会社に株式譲渡されたというニュースが流れたが、いっそのこと、譲渡先はヴィッセル神戸であって欲しかった。それぞれのファンが一致していれば、WEリーグの客足はいやでも伸びる。もっと言えば、オリックスバッファローズも一緒になればファンの垣根は消える。サッカーファンと言われた人が野球を見に行く。野球ファンだった人が女子サッカーを観戦する可能性が増える。
 
 部活動の延長のように生息する競技別ファンこそが日本のスポーツの発展を妨げる足枷になっていると筆者は考える。
 
 年々、総合スポーツクラブ色を強めている東京ヴェルディは、先日行われたJリーグ開幕戦対横浜戦が行われた国立競技場で、電光掲示板を使い「東京という多様性のある街に暮らす人々に寄り添うクラブ」と自らをアピールしていた。日テレ・東京ヴェルディベレーザとはいかなる関係にあるのか。日テレという名が残るので、その傘下に完全に入っていたわけではないようだが、こちらもいっそ、野球のジャイアンツと合体してはどうだろうかと考える。
 
 日本人に浸透している固定観念を崩さないと、マイナースポーツは永遠にマイナースポーツの域から脱することができない。
 
 いまの理屈で言えば、なでしこが五輪で優勝しない限り、W杯で優勝した2011年当時の盛況は蘇らないことになる。そんな国は世界広しと言えど、どこにもない。日本の男子サッカーはW杯でベスト16が精一杯でも、それなりに人気がある。中国などは、代表チームはからっきし弱いが、サッカーは国内で卓球やバドミントン人気の比ではない圧倒的な人気を誇る。東南アジアの国々しかり。弱いのに人気がある。
 
 国立競技場の記者席で、5バックで守り倒すなでしこジャパンを眺めていると、日本の現状を思い切り憂いたくなるのだった。
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