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名GMが一刀両断!【J1クラブ補強診断】「日本の移籍市場は監督、選手を使いまわしているだけでマーケットが狭い」<前編>【無料公開】

いよいよ開幕が迫る2024シーズンのJリーグ。移籍動向もひと段落した1月下旬、東京ヴェルディ、千葉、町田などでGMを歴任し、現在はY.S.C.C.SFP(シニア・フットボール・ピープル)としてアドバイザーを務める唐井直氏に主要なJ1クラブの補強をプロの視点で診断してもらった。

記事は前編・後編の2回に分けて、前編は無料公開とします。

取材・構成/西部謙司

【全2本】
名GMが一刀両断!【J1クラブ補強診断】「日本の移籍市場は監督、選手を使いまわしているだけでマーケットが狭い」<前編>【無料公開】

名GMが一刀両断!【J1クラブ補強診断】マリノス、川崎に感じる変革の難しさ。浦和と鹿島の明暗。FC東京の覚悟と町田の本気<後編>

 

■大橋佑紀、宮代大聖の移籍に見るJリーグの課題

新シーズンに向けてJリーグ各クラブは仕上げの段階に入ろうとしている。そしてオフの話題といえば新戦力。プロサッカーの成否を握る編成に長年携わってきた唐井直さんに、移籍の現状と課題を聞いてみた。

━━編成の大枠が決まるのは、大体9月頃だそうですが、Jリーグはどういう流れで編成をしているのですか?

唐井 健全なクラブであれば、9月あたりから大枠は決まっていきます。契約満了になる選手に関しては半年前の8月から他クラブの交渉が可能。もちろんその前から準備には入るわけですが、ここで難しいのは来季の監督が決まっていない場合がよくあることです。ただ、それは置いておいて、最初に考えるのはチームのコアを作ること。主力選手に来季もプレーしてもらうことですが、移籍する選手も当然いますから、そこの穴埋めをしなければならない。そこでどれくらいの予算があるのか。必要な戦力と予算を考えながら編成をしていくということになります。

━━「健全なクラブであれば」とおっしゃったのは、健全でないケースもあるということでしょうか?

唐井 J2の主力クラスがJ1に移籍する場合は5000万円が目安と言われています。J1間だと15000万から2億はかかる。これが相場としては健全です。ところが、国内の市場はそのように動いていないこともかなりある。例えば、今オフには湘南ベルマーレの大橋(佑紀)さんがサンフレッチェ広島に移籍した。川崎フロンターレの次代のエースとして期待されていた宮代(大聖)さんはヴィッセル神戸へ移りました。本来なら、これはビッグディールです。大きな移籍金が動いてしかるべきなのですが、実際のところはどうもそうなっていない。契約の「巻き直し」をしていないからです。

━━契約満了なら移籍金は発生しないので、その前に契約年数を延ばしておく。それが「巻き直し」ですね。

唐井 クラブは当然そうしたいはずなのですが選手側が応じないわけです。移籍金が発生しなければ、そのぶん選手の年俸はよくなると考えられますから代理人の儲けも増える。そこで、「巻き直しをしないほうがオイシイよ」という囁きを代理人がしてしまう。しかし、それでは健全なマーケットとは言えません。欧州からリスペクトされるような市場ではないわけです。国内移籍で10億は動きません。代理人の仲介で大きなディールになっていないのは問題だと思います。

━━Jリーグはシーズン移行の説明の中で、10年後には欧州のEL優勝候補クラス(ASローマやベンフィカなど)のビッグクラブを持ちたいと表明しています。そのために必要なお金を移籍金から得る。だから欧州とシーズンを合わせるという説明です。しかし、主力が欧州へ移籍すれば穴埋めは必要になり、移籍の連鎖は国内に及ぶ。そこで国内間の移籍でお金が動かないとなれば、移籍金のトリクルダウン(※)は起こらず多くのクラブが疲弊しかねません。

唐井 欧州と伍していくつもりなら、まだ日本の移籍市場は未成熟です。Jの中で大きなクラブがプライス・リーダーにならないとお金はめぐっていきませんからね。

※トリクルダウン…経済理論で富が上から下にしたたり落ちること。

 

■監督、選手を使いまわしているだけのJリーグ

━━選手の契約延長など、契約が長期化すればそれだけお金もかかります。

唐井 欧州のメガクラブは人件費だけで約640億円。Jリーグとは大きな差があるのが現状です。いかに予算を大きくするか、どうやって稼ぐかという課題があるわけですが、結局のところは育成かなと思います。

例えば、ブライトンはアカデミーでベン・ホワイトを育てて、4部リーグからから昇格させていってトップチームに上がってきたらすぐにアーセナルへ移籍させました。モイゼス・カイセドはエクアドルのインデペンディエンテ・バジェというクラブでトップに昇格しましたが、そこでは25試合しかプレーしていません。ブライトンは19歳の時点で獲得しています。これはインデペンディエンテ・バジェの育成力を信用していたからです。育成に定評があり、ブライトンはすでに関係性を築いていました。

━━自前で育てるだけでなく、他国の育成事情を知って活用した。

唐井 移籍にはお金が必要ですが、同時に「育成の眼」も重要で、それがあれば予算を上手く使えます。

━━カイセドは史上最高額でチェルシーに移籍しましたからね。

唐井 こう言ってはあれですが、日本の市場は欧州に比べるとガラパゴスですよ。監督、選手を使いまわしているだけでマーケットが狭い。今回、浦和レッズは監督、スタッフ、選手にスカンジナビアの人材を入れていますが、フィエノールトとの関係を使っています。フェイエにスカンジナビアに強い人がいて、その人のコネクションで北欧の人材を獲得している。Jリーグの中では珍しく良いコネクションを持って活用しました。もちろん、そこに頼りすぎるとリスクもありますが、今までとは違う動きですね。ただ、こういうのはむしろ例外でしょう。

 

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唐井直(からい・ただし)

1957615日、神奈川県横浜市出身。早稲田大学卒業後の1980年に東芝サッカー部(JSL2部)に入部し、その後全日空横浜サッカークラブでプレー。横浜スポーツ&カルチャークラブ(Y.S.C.C.)創設に関わり、90年から青山監査法人に勤務し、94年に公認会計士に。94年~98年に清水エスパルス、9902年にヴェルディ川崎の強化担当を歴任し、0205年は東京VのGM。07年にジェフ千葉のGM、1012年に町田GM、13年にジェフ千葉の強化担当部長を務め、16年~22年に再び町田のGMを務める。23年にY.S.C.C.SFP(シニア・フットボール・ピープル)に就任。

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