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片野坂知宏、Jリーグの戦術トレンドをディープに語る。「今季はチームごとの狙いがよく見えてすごく面白い」【前編】

Jクラブから引く手あまたと言われ、常に監督候補として名前が挙がる智将・片野坂知宏。現在はフリーで解説の仕事などをこなしている。「疑似カウンター」など先鋭的で精巧な戦術を編み出してきた頭脳に、今季のJリーグはどう見えているのか? 共進化するハイプレスとビルドアップをテーマに世界とJのトレンド、Jクラブのビルドアップの仕組み、面白いと感じるJのチームや選手、終盤戦の予想など、ときに戦術ボードを使いながら喉がかれるほどしゃべり倒してもらった。最前線の知と経験が凝縮された貴重な戦術レッスンを前編・後編の2回に分けてお届けします。(インタビューは7月下旬に行いました)

インタビュー・文/ひぐらしひなつ

【目次】
・ポジショナルプレーをチームに落とし込むには根気が必要
・11人のうち戦術理解力の高い選手は最低何人必要?
・強いのは神戸、F・マリノス、名古屋だが「違い」を見せているチームは…
・シティ、F・マリノス、神戸、新潟、鳥栖…ビルドアップがうまいチームの共通項
・ハイプレスを完遂できないJのジレンマ。ガンバ時代に行った工夫とは?
・「戦術云々じゃない…」サッカー観が変わった衝撃体験
・片野坂名物のテクニカルエリアを疾走する姿はもう封印!?

片野坂知宏が語るJクラブのビルドアップ大全。F・マリノス、新潟、川崎、浦和…上手いクラブの“仕組み”大解剖!【後編】

 

■ポジショナルプレーをチームに落とし込むには根気が必要

――『Jリーグワールドチャレンジ』でマンチェスター・シティの試合を観るのを楽しみにされていましたね。いかがでしたか。

すごく刺激を受けました。チャンピオンズリーグ、プレミアリーグ、FAカップと3冠獲って22-23シーズンでいちばん安定した強さを出していたチームだし、ペップ(グアルディオラ)を見たかったので。

これまでも映像で見ることは多かったんですけど、ビルドアップの動かしの形とか選手の配置とかは映像で見ていた通りでしたね。でも、いまはプレシーズンなんですけど、やっぱり実際に生で見るとスピード感とか技術の高さは違っていて、これが本当にトップトップの選手たちなんだなと。

――どんなチームでも理論としてはペップと同様のものを落とし込めると思うんですが、プレーヤーの技術の差があるところでは、指揮官としての視点では、どうお考えになりますか。

そのポジションを想定した中でどういう技術が必要になるかということと、そのポジションの役割の中で選手が自分の役割を果たすにあたり、チームとしての狙い、個人としてやりたいことをするためにはやはりボールをしっかりと止めなくてはならないし、次への判断が出来るところに置かなくてはならない。ドリブルで剥がすのかパスで行くのかフィニッシュに行くかクロスを入れるかといったいろんな場所ごとでの判断がある。それを出来るためにはボールをちゃんと自分のものに出来るようなかたちにする技術が必要になります。日々のトレーニングからしっかりとそういうことをイメージして出来るかどうかで技術は向上していくし、それがゲームで生かされるのではないかと思います。

僕が大分を率いるようになった2016年、岩田智輝が大分U-18からトップチームに昇格して、最初はまだまだ技術が足りなかった。フィジカル的には非常に高いものがあったし、タフに戦える選手だったんですけど、技術のところは本人も自分の課題だと考えて努力していました。彼自身、トレーニングには上手くなるためにと考えながら取り組んでいたし、トレーニング以外のところでも自主練で技術を磨いたり。それで、次第に試合でも落ち着いてプレーできるようになりました。

さらにF・マリノスに移籍してからはボランチをやったりCBをやったりとマルチに戦える選手になり、技術面もしっかりして、いまはセルティックでプレーしている。それを見ても技術は、その選手のやり方、捉え方、考え方で向上するのではないかと思います。

――岩田智輝の場合は小学生の頃からフィールドの全ポジションをこなせる選手で、当時から「守備的ポジションにいるときは攻撃のことが気になるし、攻撃的ポジションにいるときは守備のことを考えてしまう」と話していました。そういう素地や経験も彼のサッカー理解や技術を深めることにつながっていたのでしょうか。

それもあるんじゃないでしょうか。低学年の頃からいろんなポジションでプレーすることによって、そのポジションで必要な役割を理解して技術や判断が身につけばいいですし、それを上手くなるために練習しなくてはならないというサイクルをしっかり続けていければ。それに、いろんなポジションを経験すると、右と左でも全然変わってくるんですよね。アングルとか、アプローチの仕方とか、ドリブルの仕方とか。両方を経験することでそれを考える機会が生まれる。相手を見たり、自分がどういうふうにしたら上手くいくかといったこと。そういう思考になっていくことによって、上手くなっていきながら、各ポジションでの戦術と技術を理解することにもつながっていくので、非常にいいことだと思います。

そういう経験があるからこそ智輝は器用にやれていた。考え方はすごく前向きだし、つねに自分のベストを尽くそうという思いがあるので、僕も3バックをやらせたりWBをやらせたりしましたが、そのポジションごとに彼自身が考えた中でのやり方をしっかりとやっていましたね。

――そういうふうに課せられたものに対して自分なりに解釈して自らに落とし込んでいける選手だったら伸びると思うんですが、そういう習慣や素質があまりない選手もいます。そういうバラつきがある中で、たとえばポジショナルプレーといった理論からの戦術を落とし込んでいくのは難しかったのではないですか。

根気が要ると思います。ポジショナルプレーで、何故そういうポジションを取った中での役割があって、チームとしての戦術があって、どういうふうに攻守や切り替えの判断をしなくてはならないかということを理解させなくてはならないのは、やはり言い続けてやるしかありません。そういう思考が追いついてこない選手には、根気よく説明しながらトレーニングを重ね、ゲームがあればそのときの課題について「こういうふうにポジションを取るのがいいよね」とか「このときはどういう判断だったの?」とかいったふうにコミュニケーションを取る。それは監督だけでなくコーチを含めて、みんなでその選手に対してのアプローチをすることで、選手がさらにそれを理解していいプレーをしていけば、また戦力になっていきます。

ただ、出来れば育成年代のうちに、ポジショナルプレーを含めていろんなシステム、4-4-2だとか4-2-3-1だとか3-4-3だとかを経験しておくということは、すごく大事なんじゃないかと思います。どうしてもプロというものは結果を求められるし、選手個人個人も試合に出なくてはならないので、なかなかそういう時間を与えてもらえない場合があるので。いまは本当に、なかなかプロの選手をポジショナルプレーに落とし込むというよりは、いま自分たちの戦術がある中で、それに合う選手を獲得するかたちのほうが早いし、それが戦力になり得るので、そういうチームの作り方が多くなっていると思います。

 

 

■11人のうち戦術理解力の高い選手は最低何人必要?

――思考能力の優れた選手と、思考はあまり得意ではないけれど何かひとつに特化して秀でた選手がいたとして、もちろん全員がすべての能力が高ければ理想ですけど、11人のうち何人が思考能力が高ければ組織が成立するかとか考えたり(笑)。

ははは(笑)。そりゃあそれこそマンチェスター・シティとかバイエルンとかのように、技術もフィジカルも戦術理解度も高いレベルにある選手たちは、ああいうメガクラブに集まって世界のトップトップでやるんだろうと思いますけど。僕もJリーグのチームで監督をやっている中で、そういう選手はなかなかいないです。ただ、プロになっているだけあって、特長のある選手、何かひとつ特化しているという選手はたくさんいるので、それを上手く組み合わせる。そしてそのポジションでタスクとして生きるような形でやることが大事かなと思います。

たとえばやはり中盤の選手はポジショナルプレーを理解して賢くポジションを取らなくてはならないし、ボールをつなぐ中で技術もしっかりしていなくてはならないし。出来ればそういう中でハードワークして攻守にわたって動けるということがすごく大事になっていきます。前線であれば、大分トリニータで言えば長沢駿のように高さがあってターゲットになったり守備のところでスイッチャーになったり。逆に伊佐耕平は守備面の貢献度が高く、二度追い三度追いを繰り返し、前線で体を張ってセカンドボールを作ってくれたり起点になってくれたり。そういったふうに特長によって役割が変わってくるので、90分のゲームのマネジメントの中で駿と伊佐のどっちをスタートから使うか、どちらから行って勝点3につなげていくのかということを考えながら、そういう起用法をしていけば、いちばんいいのかなと思います。

僕はよく大分の監督をしているときに、誰かと誰かを足したらいい選手になるねとか、いろんなことを言っていましたけどね。たとえば伊佐のあのハードワークやメンタリティーとノム(野村直輝)のあの技術が合わさればスーパーな選手になるよね、合わさった選手いないかな、とか(笑)。

そうやってチームに現在いる選手たちが、選手として何を得意としているかということと戦術の理解度も考えた中で、役割のタスクもどれだけその選手、そのポジションに求めていくか、そしてどういう11人を組み合わせれば攻撃と守備、そして攻から守、守から攻への切り替えの4局面で自分たちが上回れるようなゲームが出来るかを考えながら、合わせていくことしかないと思います。

 

■強いのは神戸、F・マリノス、名古屋だが「違い」を見せているチームは…

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