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片野坂知宏が語るJクラブのビルドアップ大全。F・マリノス、新潟、川崎、浦和…上手いクラブの“仕組み”大解剖!【後編】

 

Jクラブから引く手あまたと言われ、常に監督候補として名前が挙がる智将・片野坂知宏。現在はフリーで解説の仕事などをこなしている。「疑似カウンター」など先鋭的で精巧な戦術を編み出してきた頭脳に、今季のJリーグはどう見えているのか? 共進化するハイプレスとビルドアップをテーマに世界とJのトレンド、Jクラブのビルドアップの仕組み、面白いと感じるJのチームや選手、終盤戦の予想など、ときに戦術ボードを使いながら喉がかれるほどしゃべり倒してもらった。最前線の知と経験が凝縮された貴重な戦術レッスンを前編・後編の2回に分けてお届けします。(インタビューは7月下旬に行いました)

 インタビュー・文/ひぐらしひなつ

【目次】
・「得点するのがすごく難しくなっている」J1で勝てるチームのトレンドとは?
・ガンバで感じたトラジションの難しさ。世界とJで変わる理想のCB像
・「ビルドアップの上手さ」は足元の技術だけではない
・シティのプレスを無効化したF・マリノスらしいビルドアップの仕組み
・「ミシャさんは……」コーチを務めたから分かるミシャ式の真髄と弱み
・重要になるマンツーマンのプレス回避。F・マリノス、神戸、浦和、新潟の「外し方」
・川崎フロンターレのビルドアップがうまくいかない原因
・「ブライトンはすごい」智将もうなる革新のサッカー
・J1・J2の終盤戦予想。浦和は優勝争いに絡んでくる可能性あり
・Jリーグで最もビルドアップが上手いと感じる選手
・今後指揮をとるチームでやってみたいサッカー

片野坂知宏、Jリーグの戦術トレンドをディープに語る。「今季はチームごとの狙いがよく見えてすごく面白い」【前編】

 

■「得点するのがすごく難しくなっている」J1で勝てるチームのトレンドとは?

――カタさんもポゼッション志向の強いスタイルを標榜して監督生活をスタートされましたが、そこからハイプレスの要素を取り入れたりもしました。もちろん両立するものではあるでしょうが、選ぶサッカースタイルの変化や価値観の変化はありましたか。

ありますね。いまはハイプレスとかトランジションとか、スピードも上がっているし、ほとんどのチームが前からプレスに行っている。何故そういうふうになったのかなと思う中では、戦術が明確になるぶん、プレスの掛け方がはっきりしてくるところがあると思うんですよね。ポジショナルプレーで4-3-3にしても4-4-2にしてもポジションを取ってビルドアップでというところがフォーカスされてやっていた中で、こういうビルドアップをしてくるならこういうふうにハメればボールが取れて、と。

で、得点するのがすごく難しくなってきていると思うんです。それは何故かというと、全員がすごくコンパクトになるし、ゴール前に10人ブロックを作ったら、もうマンチェスター・シティとかでさえもそれを崩すのはすごく難しくなっている。手っ取り早く得点を狙う中で、やっぱり相手ゴールに近いところでボールを奪ったほうが得点に直結できるし、逆にそうやって動かしてくるチームや戦術のしっかりしたチームが増えてきた中で、しっかり守備をしてボールを奪って得点を狙うというほうが、点の取りやすさがあるのかなと。じゃあそのために何が必要かと言ったらハイプレスだし、少しマンツーマン気味に行くだろうし。その中で右か左かどこを狙うかとかいったところが傾向として、いまサッカーのトレンドになってきているのかなと。

いちばんは点を取りづらくなっているところと、守備と攻撃のところのレベルが非常に上がってきて、トランジションとハイプレスでビルドアップを遮断した中で得点につなげるということが有効になっているということかなと思います。だからこそハイプレスで奪って得点して勝ち上がるチームが増えてきている。J1上位のチームもそうですよね。神戸やF・マリノスもハイプレスだし、攻守両面の戦術のところも明確になっている。名古屋も堅守速攻のさらにパワーアップした健太さん(長谷川健太監督)のサッカーがすごくメンバーにマッチしている。しっかりブロックを作ったとしてもカウンターの能力に長けている選手がすごく多い。本当に選手たちに合っているサッカーをされているからこそ、上位で安定した戦いが出来ているのかなと思います。

 

■ガンバで感じたトラジションの難しさ。世界とJで変わる理想のCB像

――たとえばカタさんのようにGKを含めてビルドアップするスタイルを浸透させていたチームがハイプレスを取り入れるとき、布陣のコンパクトさの維持だとかトランジションの瞬間に難しさは生じなかったんですか。

うん、ありました。やっぱり習慣になっていないときがあったので、トランジションが遅かったりポジションにつくのが遅かったり。トランジションって、守備から攻撃、攻撃から守備と切り替わる局面ですよね。もちろんピッチの中にボールがあってボールが動いているときの局面もそうなんですけど、たとえばタッチラインを割ったりコーナーキックやゴールキックになったりといったアウトオブプレーになったときなども、僕はトランジションだと思うんですよね。攻撃になったときにはスローインも早く、相手が整う前にやったほうがスペースがあって相手の隙を突くことが出来るだろうし、逆に守備も早くポジションを取らないとピンチになるというところで。アウトオブプレーになったりゴールキックになったりコーナーキックの攻守の両面になったときとかも、その準備を含めて、トレーニングの中からそういう習慣をつけていくことが、ゲームでもまた生きて、そういう習慣の中でやっていけると思っています。なかなかそういうところが浸透しなかったですね。特にG大阪では、選手の反応が遅かったりアクションがなかなか起きず、そこを変えることに最初はちょっと苦労しました。ハイプレスをするときにはコンパクトにするために全体がぐっと押し上げてほしかったし、ハイラインになれば背後を突かれることも多くなるので、そこのカバーの意識も求めていたんですけど。

そういうスタイルの下ではCBも、守備能力とビルドアップ能力とがすごく大事だし、ロングボールの質も求められます。世界で活躍するCBはやっぱりロングボールの質も違いますね。J1上位の神戸やF・マリノスにしても、CBのフィードや縦パス、サイドチェンジ、背後へのボールといったへんのクオリティーは、すごくいいものがありますもんね。だからCBもハイプレス戦術の中でアップダウン、戻るスピードやカバーリング能力といった面で、求められる役割が変わってきているのでしょう。

――確かにGKとCBがいちばん露骨に変わってきている気がします。

はい。ちょっと前のCBならゴール前で跳ね返したり高さが必要だったりという感じだったんですが、いまはスピードです。もちろん高さがあればベストですけど。

マンチェスター・ユナイテッドのアルゼンチン代表のCBのリサンドロ・マルティネス。身長はそんなにないんですけど左利きで、あ、こんなCBがマンチェスター・ユナイテッドでレギュラーを張ってやっているんだなと。ビルドアップがすごく上手いし、ハイラインの中で戻るカバーリング能力もすごくいい。

(岩田)智輝もF・マリノスでCBをやっていたのも、高さがなくてもハイラインで出来るのと戻るときのカバーリングを含めて早さがある。だからマスカット監督も智輝をCBで使ったりしていたのかなと思います。

 

■「ビルドアップの上手さ」は足元の技術だけではない

――CBのビルドアップの上手さというのは、技術なんでしょうか、タイミングでしょうか。

見ているところとか、パスのスピードが違いますね。マンチェスター・シティで言うと、プレッシングでハメてこられることが多い中で、中を切られてCBの体は外を向いている。で、パスを受けそうなインサイドハーフに相手が寄せて中央のスペースが空くと、そのスペースに、体の向きはそのままでスパーンとボールを入れるんです。そのタイミングでFWの選手が下りてきてそれを受け、周囲がサポートして前向きの状態を作って前進していく。そういうふうに、CBのボールを入れる方向とか入れ方がすごく上手いなと思いました。見ているところ、選択肢がたくさんあるのと、相手にとっていちばん嫌なところを見れるのと、そこに正確な速いボールをしっかり入れることが出来る。で、入った瞬間、多分これも仕組みにされていると思うんですけど、FWがワンタッチで落としたりインサイドハーフがワンタッチでサポートできたりするところに、すぐアングルを取るんですよ。そのスイッチがCBやSB、ボランチのパスなんですね。とにかくワンタッチが多い。ワンタッチでつねにポジションを取れて、つねにゴール方向にサポートできるようなアングルを取る。

で、これも決められてるんだろうなと思ったのが、ストーンズが上がって3-2-4-1のような形になって動かしているとき。ハーランドやアルバレスにボールが入った瞬間に、ボランチがサポートに行くのと同時にインサイドハーフが、相手CBがアルバレスに寄せた背後に動くんですね。そうすることでスペースを空けてストーンズがサポートに行くスペースを作れる。で、アルバレスはボールをワンタッチでWGに入れるんです。何故かというと相手SBが、背後に動き出しているインサイドハーフのカバーに行っているので、WGがフリーになっているから。そういう仕組みとして自分たちが狙っていける【図3】。

 

図 3 マンチェスター・シティの仕組み化
偽CBのストーンズが上がり、ウォーカー、ディアス、アケの3枚で回す。CFのアルバレス(またはハーランド)に縦パスが入った瞬間にロドリかストーンズがサポートに入りつつ、インサイドハーフ(デ・ブライネ)が裏を狙う動きでSBを引きつける。空いたWG(B・シウバ)にCFはワンタッチではたく。

 

WGが空くというのがわかっているから、FWからサポートに入ったボランチに落とす選択肢もあるし、WGに入れる選択肢もある。ボランチに落とすよりもWGに入れたほうが効率的ですよね。すでにこの仕組みによって相手を剥がしているし、WGと背後を狙うインサイドハーフのところで相手SBと2対1の局面を作れる。そんなふうにCBから速いボールをサイドに斜めに、オートマチックに入れているのは、多分ペップが相手の4枚をどのように剥がすかという仕組みを作って、このアクションをしたときにここが空いてくるよというのをトレーニングで落とし込んでいるんじゃないかなと思いました。とにかくワンタッチの判断とワンタッチのプレーのクオリティーがすごく高いし、それがしっかりとつながるというところは流石だな、これが本当のチャンピオンチームなんだなと感じましたね。

 

■シティのプレスを無効化したF・マリノスらしいビルドアップの仕組み

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