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大槻毅監督に聞く、サッカーの本質。斬新な戦術、躍動する選手。なぜザスパクサツ群馬は「大槻イズム」で躍進したのか?

2022シーズンからザスパクサツ群馬を率いる大槻毅監督。先進的な戦術と選手たちの躍動で昨季20位から11位、一時はプレーオフ圏内に留まるなど躍進を遂げた。それでも指揮官は本気で悔しそうな表情を浮かべる。シーズン終了直後、緻密な戦術家でありながら、選手を突き動かす情熱をたぎらせる、大槻監督の深淵なるサッカー観をじっくり聞いた。

取材・文/ひぐらしひなつ

 

■先進的な戦術はいかにして生まれたのか?

――大槻監督はこれまでメディアでは「組長」という取り上げられ方が多かったのですが、今日はサッカー観の本質についてお聞きしたいと思います。

ははは。「組長」は自分でやらかしたやつなんで問題ないんですけど(笑)。

――今季の群馬では、攻撃時に[4-4-2]の右SBがインサイドハーフのような高い位置を取るシーンが多いです。あれは可変システムという捉え方でいいのですか。

もともとはあそこはワイドに張り出すようなかたちで[3-4-3]になって、右の中盤が内側に入るようなかたちがベースでしたけど、選手の特長で、岡本一真が成長して、すごく攻撃的に出来るようになったのが、まずひとつ。途中で岡本が怪我して川上エドオジョン智慧が入るようになって、両方出来るようになって良かったと思っています。

――SBが高い位置を取って3バックに変化するケースとして、ボランチのようなインサイドを取ったり、ワイドに張るのであれば反時計回りにスライドしたりという形はよく見るんですが。

あのね、みなさん一緒くたに「右が内側に入っていってシャドーに…」とか言うんだけど、全部の試合でみんな立ち位置は違うんですよね、本当はね。相手のやり方によります。こないだ(J2第42節・大分戦)だと大分さんが極端な[4-3-3]をやってきたから、空いてる場所が変わってきて。

試合の準備の段階で、大分さんはうちとの対戦の前の3試合を[4-3-3]でやられていたので、それを継続してくるんじゃないかと思っていて。そうなったときにどうなるかということを、いくつか想像は出来るので、それをもとに準備したところもありました。

だから一緒くたに「右SBが内側に入って、外側に入って」だけでは多分、表現できない気がします。

――そういう作り方はポジショナルプレーの考え方から生み出されたんですか。

いつくらいかな…2013年から僕は浦和ユースの監督をやったんですけど、その当時から「ここに立ったらこうなって、こうなって」という感じでしたね。仙台で分析担当コーチをやっていた2011年も、監督は手倉森誠さんでしたけど、コーチにはいま山形で監督をやってるナベちゃん(渡邉晋監督)がいて、「これ立って止まっとけばこうなるじゃん」みたいな話をよくしてたんですよね。

だから、ポジショナルプレーという呼び方があって、よくポジションとかフォーメーションやシステムといった話になると守備の立ち位置がメインで話される感じになるんだけど、攻撃のときにもちゃんとポジションがあって、という考え方はずっと持っていました。

J2での2年間の84試合、いろんなチームと対戦した中で、僕自身も「あ、こうだったらもっとこうなるね」みたいな感じで毎試合、選手も進化したし、そのフェーズのところがさっき仰られたようなところなのかな。ここに立ったらどうなるといったこと。

あとは、ここに立ったらどうなるかというのは相手によって立つ場所とか体の向きも全部変わるから、そうすると、こうなるとこうなるよね、という具合に、仕組みの中で選手がよく表現してくれていたのかなと思います。

――試合に向けての準備は、ある程度ベースの形があって、その上で対相手戦術を落とし込むというイメージですか。

えっとね、サッカーだから相手がいるんだけど、まず自分たちのベースがあって。そのベースのところで、相手選手が邪魔なところに立っていたら「じゃあここは通らないな」とか「じゃあこの選手を動かしちゃおう」とか。そういう発想で、いつもやってますね。それで相手が動いてくれればいいんですけど、動かないときもある(笑)。

――大槻監督は「保持と非保持」という言い方をよくされますが、それは「攻撃と守備」という言葉に置き換えられるものですか。それともやはり「保持と非保持」という考え方なんでしょうか。

ボールを持ってなくても攻撃できるから、守備で。ボールにアタックすれば攻撃になるから。それはエリアによりますけど。だから僕は「ボールを持ってなくても攻撃は出来る」という言い方をする。それはもちろん、上手く行けばの話だけど。あの試合の後半はそういうシーンが出来たんじゃないかなと思ってます。それを両方やりたいね、本当はね。…伝わりますか。難しいね、言葉にするのは。

 

■11戦無敗の記録。選手たちが臨機応変に戦える理由

――この「大槻イズム」と呼ぶべきもので、チームの順位を昨季の20位から今季は11位へと大きくジャンプアップさせられました。手応えをどのあたりに感じていますか。

開幕の秋田戦はホームで0-0だったんだけど、ボールを握ることをずっとやろうとしていたにもかかわらず、勇気を持てないシーンが多かった。それは「こんなことやってたらいつまでも変わらないよね」という感じで。で、第2節の町田戦は、リスタートからの2失点で負けたけど、まあ手応えがあったし、きちんとボールを握れた部分があった。ただ、やりたいことをやれたから良いというわけではなくて、あれを勝ちまでに持っていかなきゃいけない。そのためには何が必要か、というところで、選手たちには細かなプレーも含めて「些細なことなんかないんだよ」という話をしました。彼らはその言葉によく反応してくれて、練習から非常に良い取り組みをしてくれました。

町田戦には負けたけど、フットボールの中身に関しては「これを続けていこうよ」というものだった。良いゲームをしたと思います。ただ、最後のところで入るか入らないかといった勝負のキワのところではやっぱり町田は素晴らしかったし、だから0-2で負けたんですけど。第3節の千葉戦も2-2だったけど、千葉が強かったという感じ。でも、チームとしてやろうとしている方向は示せました。ただ、これが勝ちに繋がらないと選手も踊らなくなっちゃうから、勝ち星が欲しいなという感じではありました。

――今季は上位に入ったチームに対して好結果を残しています。

清水は1回目と2回目の対戦で監督が代わったんですが、勝利出来た1回目よりも引き分けた2回目の方が手応えがあって、勝ちたかったし勝たなきゃいけなかったですね。もちろん清水には上手な選手が多いし強いから押し込まれるんだけど、勝ち筋はすごくあったかなと思っています。まあでも、それがサッカーですからね。

――内容が良くても結果がついてこなかったり、良くない内容でなぜか勝ててしまったりといろいろある中で、11戦無敗という記録を打ち立てました。あの時期、チームはどういう状態だったんですか。

負けなかったね。勝ち星は多くなかったけど。暑い時期だったから相手も強度が出ないし、他にもいろいろあるけど、飲水も含めて時間を取れること。うちの選手たちは「こうだよ」って言うとパッとやってくれるから、そういうのが良かったんじゃないかなと。

――短い時間、短いセンテンスで本質的なことを選手に理解させることは簡単ではないと思います。何か秘策をお持ちなんですか。

なんだろう…でもその1回1回で伝えるだけじゃなくて、1週間の準備の中でキーワードだったり見なきゃいけないところを伝えられるから、選手もそういうのを気にしてプレーしてくれていて。その準備が実際の試合で違っていたときには「これ違うな」って。うちの選手はそういうところがすごく柔軟性があるから、違ったときにも「なんだ、違うじゃん」というよりは「じゃあどうするか」という雰囲気を出してくれる。そういうのはありがたいですよね。

――最近は5人交代制などの影響で相手の戦術が途中でガラリと変わるゲームも多いですが、群馬はそういう試合でも、相手の戦術変更に対応しながら戦えていた印象があります。

選手が成功体験を重ねることによって、たとえばハーフタイムにぽっと立ち位置を変えたり守備に行くタイミングを変えたりすると、過去の成功体験から自信を持ってやってくれているのがひとつあるのかなと思います。あとはまあ、いろんな準備はするけど、結局、うちとやるときはみんな変えてくるから。どうやって来るかなーって(笑)。

――変えてくるというよりも、群馬のスタイルが特徴的なので、それに合わせざるを得ないという感じなのでは…。

そうやってくれると楽なんだけどね、本当はね(笑)。こっちが予想した通りのことをやってくれれば準備したものをやればいいし。表と裏じゃないけど、ひとつだけじゃ絶対ダメだっていつも言っていて。後ろでずっと守ってることも出来るけど前からも行くし、みたいなのは持ってないといけないから。選手たちには常に「勇気を持ってやろうよ」って言ってます。彼らがそれに乗ってくれて勇気を持ってくれているところが、うちは良いんじゃないかと思います。

 

状況に応じて臨機応変に戦えていた今季のザスパクサツ群馬 ©THESPA

 

■「前半は地獄だった」大分戦で見事な立て直し。トレーニングに隠された秘密

――攻撃時にボランチと最終ラインは高い位置を取らないですよね。いま全体的にトランジションが活発化傾向にある中で、あれはすごく理に適った戦術だと思うのですが。

 

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