J論プレミアム

スポーツライティングとLGBTQ+勉強会(えのきどいちろう)

タグマ!サッカーパック』の読者限定オリジナルコンテンツ。『アルビレックス散歩道』(新潟オフィシャルサイト)や『新潟レッツゴー!』(新潟日報)などを連載するえのきどいちろう(コラムニスト)と、東京ヴェルディの「いま」を伝えるWEBマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を運営する海江田哲朗(フリーライター)によるボールの蹴り合い、隔週コラムだ。
現在、Jリーグは北は北海道から南は沖縄まで58クラブに拡大し、広く見渡せば面白そうなことはあちこちに転がっている。サッカーに生きる人たちのエモーション、ドキドキわくわくを探しに出かけよう。
※アルキバンカーダはスタジアムの石段、観客席を意味するポルトガル語。

スポーツライティングとLGBTQ+勉強会(えのきどいちろう)えのきど・海江田の『踊るアルキバンカーダ!』百十四段目

OPT 提供 / 撮影者 中里虎鉄

 

■いないことにされちゃたまらない。ここにいる

今月はとても貴重な機会を得た。28日、下山田志帆さんの「スポーツとLGBTQ+」メディア勉強会に参加したのだ。下山田志帆さんは大和シルフィードに所属する「女子サッカー選手」で、ご自身を「ノンバイナリー」(自らの性自任、性表現を「男性」「女性」という枠組みにあてはめないセクシャリティー)と規定されている。

「女子サッカー選手」で、かつ「男性」「女性」の枠組みに自分をあてはめないとは一見、字ヅラの上で矛盾があるように見えるが、ちょっと考えれば何のことはない、「女子サッカー選手」は単にスポーツの競技カテゴリーの話だ。制度の話だ。その点、セクシャリティーは(スポーツ以前の)人間としての話だ。

その下山田さんがメディアで働く者(新聞記者、ライター、編集者、テレビ・ラジオ関係者etc)を対象にメディア勉強会を開催してくれると知って、ソッコー申し込んだのだ。開催要項の文面には「どうすればより良い報道表現、誰かを傷つけない報道ができるのかについて、メディア関係者の皆さまと一緒に考える1時間半にしたいと考えています」とある。これは願ってもないことだ。同じ事柄を本で読むのと、問題意識を持った人の生の声で聞くのとではぜんぜん入って来方が違う。登壇者は下山田さんと中京大学教授の来田享子さん(スポーツとジェンダー)のお二人とのことだった。行くしかない。

当日は会場に30人ほどの参加者が集まった。みんな若い。たぶん僕がいちばん年長じゃないかと思った。メディアの第一線に立ち、LGBTQ+報道を取り扱いながら、上役や現場的制約の壁に頭を悩ませている世代が中心だろうか。年代のことを言うと僕は「無理解な上役」か、それよりもっと上くらいだ。自分の感覚が第一線の連中の「壁」になってるかもしれないと疑ってかからなきゃウソだろう。

会の冒頭、下山田さんがメディア勉強会を呼びかけた動機について話をされた。「自分自身のことだけならガマンすることもできるんです」というのだ。下山田さんは「ノンバイナリー」であることを公表している。そのことで色んな出来事を経験された。メディアの報じ方には違和感がつきものだった。もちろん傷つく場合もある。そして考えた。「自分がガマンすることで子どもたちが困ってしまうのはよくない」。

当たり前のことだが、性別、セクシャリティーを問わず、誰でもスポーツを楽しめるのが理想だ。もう少し厳密に言うと、スポーツを望まない人は、誰であっても強いられないのが理想だ。下山田さんはご自身の子ども時代をイメージされてるようだった。「子どもたちが困ってしまうのはよくない」は無力で、苦しかったご自身の経験がたぶん下敷きになっている。スポーツを楽しみたいだけなのに、性別・セクシャリティーを理由に窮屈な思いする子がいたらとても残念だ。

僕は子ども時代、転校生だったので枠組みのなかに自分が入れない感じは多少わかる。みんなが前提として暮らしている枠組みから自分ひとりがはみ出してしまうのだ。あるいは僕が入れないのをわかっていながら、「ヨソモノ」を際立たせにかかる底意地の悪い大人のことも覚えている。僕がライターになったのはあの頃、傷ついても何か言い返すことができず、胸のうちに言葉をため込んだのが関係してるだろう。はみ出してるけど、オレはいる。そう思っていた。いないことにされちゃたまらない。ここにいる。

 

■その言葉を使わず、どう伝えるか?

下山田さんと来田先生のレクチャーは示唆に富んでいた。僕は恥ずかしながらこれまで何も考えてなかった。頭が煙(けむ)を出してフル回転だ。レクチャーはときどきストップして、参加者のグループワークのコーナーが設けられた。ワークショップ方式というのだろうか。例えば「ノンバイナリー」をその言葉を使わずに伝えるにはどうしたらいいか? それを数人のグループで話し合う。読者の皆さんならどうします?

その言葉を使わず、どう伝えるか? ライターとしての課題にやっぱり興味があった。例えば差別語などの場合、言い換えで逃げるのが現場的な常とう手段だ。ただそれは「ちゃんと配慮はしてますよー」的なエクスキューズであったりする。来田先生が「代名詞を使わない」という話をされた。これは目からウロコだった。例えば「下山田志帆にはドイツでのプレー経験がある。彼女の体幹の強さは、そのときに…」と続く記事があるとしよう。下山田さんは「ノンバイナリー」だから、「彼女」でくくられるわけにいかないのだ。

スポーツライティングの基本からすると、記事中、最初に出て来たときはフルネーム、その後は「下山田は…」と名字だけになる。だけど、下山田が度重なるとうるさいので「彼女はプルアウェーの動きから…」と書きたくなる。これは習性だ。リズムを変えたくなる。だけど、「彼女」と書いてしまったら、書かれる側は「いないことにされちゃたまらない。ここにいる」と感じるだろう。下山田さんは「彼女」ではない。

「男女二元論」の枠組みに入れない人がいる。その人がボールを蹴っている。ライターはそれを極力、正確に書かなきゃならない。ジェンダー論みたいな理屈の話じゃなく、目の前の「ピッチで選手がボールを蹴っている」ことを描写するとき、代名詞の扱いは慎重を要するものになる。

※本当は「代名詞は使うべきではない」と書きたいのだが、現時点で僕には自信がない。本当は全廃して然るべきなのだろう。カミングアウトしない選手のなかだって「彼」「彼女」でくくられたくない人がいておかしくない。

 

OPT 提供 / 撮影者 中里虎鉄

 

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