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次の展開を予測しながらサッカーを見ると感動はより大きくなる…W杯女性主審・山下良美が語る審判の魅力【サッカー、ときどきごはん】

2023年女子ワールドカップの帰国会見で
山下良美主審はとてもにこやかな表情だった
日本人3人の審判トリオで大会に行ったというのもあるだろう
2回目の女子ワールドカップというのもあったかもしれない

だが2022年カタールワールドカップの前の表情は固かった
男性の大会に初めて女性で選ばれたというのもあったかもしれない
自分が選ばれたことで他の審判が行けないということも
きっと分かっていたのだろう

自分が失敗してしまったらすべてが後退するかもしれない
そんな重圧に押しつぶされてもおかしくない
どんな心境でピッチに立ち続けているのか
心の内とオススメのレストランを聞いた

 

■「歴史を作った」女子ワールドカップ開幕戦の裏側

2023年オーストラリア・ニュージーランド女子ワールドカップの開幕戦、ニュージーランドvsノルウェーで、審判員を坊薗真琴(ぼうぞの・まこと)さん、手代木直美(てしろぎ・なおみ)さんと私という日本人トリオに割り当てると発表されたときは、「来たか」という感じでした。

帰国した後の記者会見で手代木さんが、開幕戦前に私の調子がよかったとおっしゃってましたけど、そんな感想を持っていたんだってあのとき初めて聞いて驚きました。私、自分では全然調子いいと思ってなかったんです。

準備してなかったわけではないですし、準備してたわけでもないんですけど、とにかく本当にどの試合が当たってもいいようにと思ってただけで。「本当に来たか」という感じでしたね。

準備といえば、大会前にVARについてのトレーニングも行ったんですよ。VARが入る事象が起きればVARと交信して、オンフィールドレビューで映像を確認して、ってやるんですけど、私の練習のときはVARが介入する場面がほぼなかったんです。

だから自分では「こういうときは本番の試合でオンフィールドレビューが来るから気を付けておかなければ」って思ってたんです。そうしたら開幕戦の87分に、オンフィールドレビューからPKを宣言する場面が来て。「やっぱり来た」とは思わないんですけど、準備はもちろんできていました。

今回の女子ワールドカップからオンフィールドレビューをしたあとにレフェリーが場内にアナウンスをして説明することになっていましたよね。でも2023年にアルゼンチンで行われたU-20ワールドカップのときに荒木友輔主審がすでにアナウンスを経験なさっていたので、そのチェックもしていました。

大会前のミーティングでも「どう話すか」「何を話すか」などの説明があって、準備してきてくださいということだったんです。でも実際に自分がアナウンスしてみると、ちょっとうまくいかなかった部分があって、大会中に変更されました。

元々は「最初に結論を言って、その後に説明を入れる」という形だったんです。でも私がアナウンスしたとき、最初の「ペナルティ」と言ったときに場内が「ワー」って盛り上がって、そのあとの説明が聞こえなくなってしまったんですよ。

私の場合はPKだったので、最初に「ピー」って笛を吹いて、「ピッピー」とペナルティスポットを指すのと変わらなくなるんですね。それではアナウンスする意味がないという話になって、そのあとは最初に説明をして、そこから結論を言うように変わったんです。自分たちが、何かを改善するきっかけになるのはうれしいものですね(笑)。

開幕戦の試合後に、マッチコミッショナーやレフェリーアセッサーとミーティングがありました。そのときみなさんが、とにかくすべてポジティブに語ってくださるんです。

たとえばVARが入るということは判定が間違っている可能性があるということで、自分としてはあまりいいことだと思えないんです。だから、VARが入らなくてもいいように、どうやったら正しい判定ができたかっていうのを振り返りつつも、「初めてのアナウンスをしたね。歴史を作った」と話を締めてくださったりとか。

これは開幕戦だけじゃなくて、どの試合も話し合いの中でどんどんポジティブにして、大会を成功に向けていこうとしてました。次の試合の割り当てがあるかどうか分からない中で、「どうしたらよかったか」という話をみなさんがポジティブにするので、それはとてもよかったと思います。

大会期間中は、自分に何試合ぐらい割り当てが来るというのは全然分からないんですよ。なので、開幕戦も「もうこれで終わりかもしれないから、とにかく全身全霊を込めてやろう」というつもりでした。結果的に3試合に割り当てがありましたが、本当に毎試合「これで自分たちのワールドカップは終わりかもしれないね」という話をしながら試合に臨んでました。

決勝戦も第4の審判員として参加できたのですが、やはり大会の最後まで残れるというのはうれしいものですね。海外のレフェリーとも交流ができますし。

私は海外志向みたいな気持ちが全くなかったんです。でも実際に海外に出てみたら他の国の人たちと一緒に同じ目標に向かっていくことが、すごく魅力的だと感じます。みなさんと一緒に交流が持てて生活も楽しいですね。

みんなとは普通の話を真剣にしたりするんですよ。教育の話や子供の話とか、かなり真面目に。そういうのも面白いんです。こういう教育がいいんじゃないか、いや、こっちのほうがいいんじゃないかとか。それをいろんな人と一緒にやるのは楽しいんです。

話をするのは食事のときなんかでしたね。

今回、私は日本人審判チームの強さみたいなのを持ちたかったので、なるべく坊薗さん、手代木さんと3人で一緒にいるように努めていました。3人とも自立してるんで1人でも行動できるし、寂しくなったりとか困ったりしないんですけど。

3人でいることによって1人ひとりよりも強いチームが出来上がるんじゃないかって、そういうことがきっとあると思うんです。せっかく日本人3人でワールドカップに行けたのだから、そういう力をつけていきたい、見せていきたいっていうのもあったので、3人でいるようにしてました。

今回は特に一緒にご飯食べたりしてました。でも夕飯のときって長机だったりするといろんな国の人と近くになるので、近くにいた人といつの間にか長い話になったりするんですよ。他の国の人と話もできて、そうしたらいろんな連携もうまくいって、ストレスも少ないって感じでした。

3人の連携は何も問題なく、どんどん強くなっていってるのを感じたんですけど、でも海外に行くと、たとえば第4の審判員やVARが別の国の人なんです。それでも、誰が一緒になっても、審判チームとしてより強くなれたというのはすごく感じます。

みんなで一緒にトレーニングして、みんなで一緒に講義を受けて、同じ方向を向いて、そのゲームがいいゲームになるように、大会が成功するように、というのを1人ひとりが強く持ってるんです。同じ国じゃなくても、同じ地域じゃなくても、いいチームが出来上がるんだと思いました。

外国の人はVARのときに押し出しが強いんじゃないかと聞かれたことがあるんです。けれど、VARの運用は本当に統一されてます。VARがやるべきことは決まってますし、どんな声をかけるか、どう伝えるか、タイミングもきちんと決まってます。もちろん人によって多少のキャラクターの差はありますけど、でも何か大きな違いを感じたことは1度もないですね。

 

■審判になったきっかけは「無理やり誘われて」

女子ワールドカップに出発する前、3人の審判員で取材を受けたのですが、そのときに坊薗さんが私について「女性審判の未来や責任を全部背負ってるような感じだったので、その肩の荷を少しでも軽くしたい」とおっしゃったんです。

でも本当にサポートしてくれてる方がたくさんいるんで、そういう方たちがいろいろ助けてくださって。でもあのときに副審のお二人がそう言ってくださってちょっと感激しました。

でも、そういうプレッシャーは、フィールドに立つためには負わなきゃいけないものなので。プレッシャーがかかる機会はそんなに得られる経験じゃないですから。私は「楽しむ」というのは苦手ですけど、でもそれは喜ぶべきことだとは思って、そういう気持ちで前向きに捉えようと思ってます。

それこそ周りを見ればいっぱいそういうシチュエーションってあるんですよ。私は男性の試合で初めて主審を務めた女性というわけではないんです。たまたまJリーグで初めて笛を吹いただけで、まだJ3がなかったときのJFLで大岩真由美さんはもう主審をなさっていたわけですから。

しかもそのころは今ほど周りにサポートしてくれたり、目をかけてくれる人はいなかったと思うんです。そんな中でもJFLで主審をやったのは、大きなプレッシャーがあっただろうと思いますね。

もちろんそういうシチュエーションじゃなくてもプレッシャーっていろんな人が抱えてるものだと思います。だから、そうやって言ってくれる方がいるだけでありがたいと思ってます。

 

(C)日本蹴球合同会社

 

2022年カタールワールドカップに初めての女性審判として選ばれたときは……もう、やるしかないので。選ばれた以上、やることが責任だし、そこに自分の力を100パーセント費やすしかないと思っていました。

世界中に、そのワールドカップに参加したかった人が、選手でもコーチでも、いろんな分野で男性でも女性でもたくさんいる中で、私は参加できるので。参加するということは、本当に自分ができることを全てやらなきゃいけないっていう、それだけしか考えてないですね。……それ以上考えちゃうと、きっと大変になっちゃうと。

だから他のことはいろいろ考えず、とにかく自分の力を100パーセント大会に投じられることだけにフォーカスしていました。

カタールワールドカップのときはもちろん男性と一緒にトレーニングしたんですけど、実は女性のトレーニングっていつもすごく厳しくて、そのおかげで女性のフィットネスレベルはすごく上がっているんです。だからカタールワールドカップに参加して思ったのは、フィットネスのトレーニングが楽だってことだったんです。

やり方というかトレーニングに対する方針が違うんですよ。女性の方はどちらかというと、全員でトレーニングすることの比重が大きいんです。みんなで厳しくたくさんトレーニングをするんですね。

でも男性のほうは、どちらかというと基本のトレーニングをみんなでやって、あとは自分で補完してね、という感じなんですよ。だからカタールワールドカップのほうが楽でした。

カタールワールドカップではずっと第4の審判でした。最後まで主審の割り当てがなかったけど、がっかりという感情はあまりなかったですね。

もちろん、いつ自分の割り当てが来てもいいように準備しておくというのが第4の審判員の務めでもあるので、いつでも試合ができるようにトレーニングしながら、日々過ごしてました。

けれど、「主審じゃない」とがっかりする暇もなく第4の審判として割り当てをいただいてたので、とにかくその試合に集中してましたね。その間にフランスのステファニー・フラパールに女性として初めて主審の割り当てが来て、それはもう自分のことのようにうれしかったんです。

元々私は「女子サッカー」に携わりたかったし、審判として日本のトップに携われるっていう喜びがありました。国際審判員になってそれがさらに世界のトップに携われる喜びに広がって、女子サッカーをいろいろな面から楽しむことができた感覚がすごくあります。

今は審判をやってますけど、あの、ホントはいつでもプレーヤーをやりたいと思ってます。私は、公式にはかなり前に辞めたことになってるんです。2013年の10年前、女子1級審判員になったときです。けれど、本当はサッカーをずっとプレーしてたので、選手を辞めたくなかったんです。今でもホントはプレーがしたいんです。

それでも審判になったのは、坊薗さんに無理矢理誘われて(笑)。これまでいろんなところで毎回言ってますけど、本当にそれが正しいんです。

 

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