「正しい理解のもとで審判に厳しい目を」2025年に起きるかもしれないWEリーグ「審判問題」の論点
女子サッカー界はフェアプレーが当たり前、しかしジャッジを巡る不満が燻っている
2024年の日本のサッカー界は「コモンセンス」のあり方が問われた一年となりました。サッカーの競技規則には、その前文ともいえる「サッカー競技規則の基本的考え方と精神」が掲載されています。その一部をご紹介します。
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サッカーの競技規則は、他の多くのチームスポーツのものと比べ、比較的単純である。しかしながら、多くの状況において「主観的な」判断を必要とし、審判は人間であるため、必然的にいくつかの判定が間違ったものになったり、論争や議論を引き起こすことになる。人によっては、これらの議論が試合の楽しみや魅力の一部となっている。しかし、判定が正しかろうと間違っていようと、競技の「精神」は、審判の判定が常にリスペクトされるべきものであることを求めている。試合において重要な立場である人、特に監督やチームのキャプテンは、審判と審判によって下された判定をリスペクトするという、その試合において明確な責任を持っている。
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日本サッカー協会は、この文章で使用されている「精神」については「コモンセンスを持って適用することが期待される」とガイドラインに記しています。「コモンセンス」は競技規則に書かれていない、しかし、共通理解として守るべき考え方のことです。
引用した文章の中には「議論が試合の楽しみや魅力の一部となっている」と書かれています。確かにその通りです。「あれは本当はオフサイドではないのではないか?」「なぜ退場だったのか?」……ジャッジを巡る議論は常に盛り上がり、試合後の楽しみの一つです。ただし、こうした議論は「コモンセンス」の上に行われることで初めて誹謗中傷から距離を置き健全に成り立つものです。

記事の最後に追記があります(2025年1月6日に日本サッカー協会より回答があったため)
「コモンセンス」とルールの正しい理解が必要
2025年から3年間の契約でインドネシアサッカー協会の審判委員長に就任する小川佳実さんは、日本サッカー協会を退任する際の挨拶の中で、このように話しました。
「正しい理解のもとで審判に厳しい目を持って触れていただければと思います」
サッカーのルールは「コモンセンス」に沿って単純で文字に書かれた項目はとても少ないです。しかし、その運用は、毎年のように変化するため、選手も監督もファン・サポーターも常にアップデートしなければなりません。健全な議論が成立するためには「コモンセンス」に加えルールの正しい理解が必要です。

小川佳実さんは2016年から2020年までJFA審判委員長、AFCでは加盟協会の審判技術向上にも尽力してきた
Jリーグ経験者が驚くWEリーグのフェアプレー
幸い、日本の女子サッカーは比較的「コモンセンス」の共有が行われており、WEリーグは、ジャッジを巡って試合が中断することが少ないリーグです。
反則ポイントがプラスのチームが皆無の2024−25 SOMPO WEリーグ前半戦
この秋、WEリーグの事務総長に就任した黒田卓志さんは、ここまでのWEリーグの印象として「フェアプレーが当たり前になっている」ことを挙げました。
「フェアプレーが徹底されています。ことさら『フェアプレーでやりましょう』と言う必要がないのが日本の女子サッカーの素晴らしさです。もっと我々が発信していくべきだと思います。」
黒田事務総長はJリーグで競技運営に長く携わり、規律委員会の運営という重要な仕事を行ってきました。その経験を踏まえ、WEリーグは規律委員会を開催する必要がないくらいフェアに行われている素晴らしい状況にあると考えています。
2024−25 SOMPO WEリーグの前半戦(第11節)までを終えて、三菱重工浦和レッズレディースは警告・退場が0。11チームのうち10チームの反則ポイントがマイナスです(少なければ少ないほど良い)。最も多いINAC神戸レオネッサでも反則ポイントは0です。ちなみに、2024 明治安田J1リーグで反則ポイントがマイナスだったのは−7のセレッソ大阪のみ。こうしたWEリーグの良い点については2025年も継続してほしいと思います。
審判委員会への質問が少ないWEリーグ各チーム(クラブ)はルール対応をアップデートできているのか?
以前の筆者は、ジャッジに不満を持つことが多かったのですが、レフェリーブリーフィングに出席したりDAZNで配信されるルールに関する番組を視聴したりすることで、実は自分のルール解釈が誤りだらけであったことを知りました。すると、試合中にジャッジに関するストレスを感じることが減少し、よりサッカーを楽しむことができるようになりました。ルールについての知識は豊富であればあるほどサッカーは楽しくなります。
とはいえ、現状を見れば、選手、監督、チーム(クラブ)からはジャッジに対する不満の声が非公式に多数出ています。筆者は、試合後に、マッチコミッショナーへ強い口調で要望を伝える監督の姿も目撃してきました。ただ、黒田事務総長と同じく秋から着任した安達健専務理事は意外なことを話してくれました。
「Jリーグには試合が終わった後に各クラブから質問票が届くことがあるのですが、WEリーグの場合、その件数がすごく少ないです。本当に少ないです。上がってきた質問票に対しては、きちんとJFAの審判委員会と連携しながらフィードバックしています。」
チーム(クラブ)も、ジャッジへ疑問を感じたならば、積極的に解消する努力が必要なのではないでしょうか。審判委員会からのフィードバックを受けることで、審判員もチーム(クラブ)も、新たな知識がアップデートされていきます。
審判員の割り当てについてWEリーグで声が上がるかもしれない
2025年にWEリーグで起きるかもしれない論点の一つに審判員の割り当てがあります。ご存知の通り、WEリーグは女性の審判員が4人の審判を担当しています。そして、判定への不満を持つ人の多くが「女性のレフェリー」を原因に挙げています。「男性のレフェリーも起用してほしい」という声が女子サッカー界の中にあることを筆者は把握しています。
ただ、果たして、性別はジャッジへの不満が起きる本当の理由なのでしょうか。そこには疑問があります。審判員の割り当てに関して男女の比較で語る人の多くは J1担当審判員と比較しているのではないでしょうか。

トレーニングマッチでは男性がレフェリーを担当することもある
果たして性別はジャッジへの不満の本当の理由なのか?
しかし、現実に目を向けると、WEリーグの制度設計上の位置付けは、概ねJ3と同等になっています。ですから、仮にWEリーグのレフェリーを男性が担当する場合はJ3担当審判員または同等の審判員が割り当てられる可能性が高いと予想されます。 J1担当審判員とJ3担当審判員とでは、毎年実施されるフィットネステストの通過基準等、求められる能力が違っています。原因を性別に委ねるのは簡単なのですが、本当の比較対象は性別とは別のところにあるのではないかと感じるところがあります。
日本サッカー協会の審判員の資格に性別による違いはない
日本サッカー協会は2024年に女子1級審判員の資格を廃止し、1級審判員として性別の垣根なく統合しました。一部のファン・サポーターから反発はあるものの、厳しいフィットネステスト等を通過した審判員に男女の能力差はないという考えを基本とした審判員の割り当てが世界の潮流となっています。これはサッカーのみならず、ラグビーリーグワンでも同様で、桑井亜乃さんが女性で初めて公式戦の主審を務めています。それでも存在する、WEリーグにおけるジャッジへの不満の、本当の理由を把握する必要がありそうです。
こうした不満が具体的な問題として顕在化するのか、こちらも正しい理解のもとで審判に厳しい目を持って、WE Love 女子サッカーマガジンは触れていきたいと考えています。
公式記録に記入された「試合前 警告 反スポーツ的な行為」の謎
さて、ここからはコラムのこぼれ話です。
皇后杯 JFA 第46回全日本女子サッカー選手権大会の5回戦で珍しいことが起こりました。兵庫県立三木総合防災公園陸上競技場で行われた大宮アルディージャVENTUSとヴィアマテラス宮崎の対戦で、公式記録に「試合前 警告 反スポーツ的な行為」と記入され公表されたのです。警告を受けたのはコーチでした。
「試合前」とはいつからいつまでなのか?
レフェリーが警告(イエローカード)を出せる「試合前」とは、いつからいつまでなのでしょうか。疑問を解消するために、筆者は取材をしてみました。(※2025年1月6日に日本サッカー協会より回答があったため記事の最後に追記します)
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