女子アスリート・審判員 誹謗中傷の現実 対策に動きにくい構造を弁護士に聞く
アスリートと審判員に対する誹謗中傷のメカニズム、対策の最新情報をスポーツ界における誹謗中傷対策を目的とした団体・COASを立ち上げた弁護士に聞いた
F I F Aは国際プロサッカー選手会(FIFPRO)の協力を得て、FIFAワールドカップ カタール2022に出場する全選手を対象に、SNS上の差別や誹謗中傷から保護するサービス「ソーシャルメディア・プロテクション・サービス(SMPS)」を導入しました。この画期的なシステムは、全ての選手が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を提供することを目的に開発され、SNSに書き込まれた誹謗中傷をAIが検出。選手の目に届かないように非表示とする機能を持っています。
FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023カップでは5人に1人の選手が誹謗中傷の標的となった
FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023でもSMPSは出場チームの選手に提供されていました。
その結果、11万6千820件の悪質な投稿が非表示になり、7千85件の投稿が誹謗中傷または脅迫の恐れがあるとして各SNSの運営会社に報告されたと発表されています。この大会では選手の5人に1人が誹謗中傷の標的となり、同性愛嫌悪の誹謗中傷は男子大会の2倍に及んだことが明かされています。
女子アスリートや女性審判員への誹謗中傷には、男子選手とは少し異なる発生要因がプラスオンされます。そして、女子アスリートや女性審判員から弁護士への相談が少ないと思われることには理由があります。嘆いているだけでは被害者の力になりません。社会は一刻も早く、具体的な救済と防止に動き出すべきです。
9月24日13時37分追記:COASはアスリート向け誹謗中傷相談窓口(https://www.coas-lawyers.com/法律相談窓口/)を開設しました。
スポーツ界における誹謗中傷対策を目的とした団体が立ち上がった
日本でもアスリートに対する誹謗中傷は後を絶ちません。そこで、2024年8月23日に、スポーツ界における誹謗中傷対策を目的とした団体・COASが5人の弁護士により設立されました。COAS(Combatting Online Abuse in Sports)は、アスリートに対する誹謗中傷に対して警鐘をならし、その抑止を目指すスローガンです。
今回は、COASのメンバーのうち高橋駿さん、田原洋太さん、冨士川健さんにお集まりいただきました。お聞きしたのは、知られざる、誹謗中傷対策の現実と必要な対策です。
この問題に対する知見を持った人のサポートが見えてこない問題
—なぜ、COASを立ち上げたのでしょうか?
高橋—もう、何年も前からずっとスポーツ界では誹謗中傷が問題になっていました。実効的な対策が採られない期間が長かったのですが、徐々に「発信者の開示請求をしました」「法的措置も講じる予定があります」といったリリースをする団体が増えてきました。パリ五輪で起きたアスリートに対する誹謗中傷は社会問題にもなっています。この問題に対する知見を持った人による受け皿となる団体が必要だと考えて、COASを立ち上げました。
—現在は、スポーツ界における誹謗中傷に関する声明・ニュース・対策等に関する情報を集約した誹謗中傷ポータルサイト( https://coas.jimdosite.com )が立ち上がっていますが、これはアウトプットの最終形ではなく、今後は、法的なサポートを行なっていく考えですか?
高橋—今後は、アスリートを対象とした無料法律相談の機会をはじめとする活動や教育的な啓蒙活動、さらには、具体的な支援をアスリート個人や所属クラブ、そして競技団体に向けて実施したいと考えています。
個人事業主が弁護士を頼るのは自然なことのはず
—これまで、なぜ知見を持った人によるサポートが、あまり見えてこなかったのでしょうか?
高橋— 弁護士に相談する心理的なハードルの高さがあると思います。でも、考えてみれば、プロスポーツ選手は個人事業主です。他の業界と照らし合わせば、本来は、もっと弁護士を頼っても良い立場の人だと思います。
それから、アスリートは基本的に我慢強いことを求められている人たちです。近くの人に相談すると「気にしないで良いよ」「見なきゃ良いよ」「競技に集中しなよ」とアドバイスを受けることも多いようです。だから、誹謗中傷に対してアスリートからアクションを起こすことが比較的少なかったのだと思います。
プレー批判と誹謗中傷は明確に区別されている
—COASはどのような未来を目指しますか?
高橋— 誹謗中傷を抑止したいです。誹謗中傷は犯罪行為です。でも、完全になくすことはできないと思います。「万引きをなくそう」というキャンペーンをいくらやっても万引きがこの世からなくなることはありません。それと同じです。
人格を攻撃すると、その程度に関わらず違法性が生まれる
—「誹謗中傷の定義がわからない」という声をよく聞きます。弁護士の立場からは、どのように定義を整理されていますか?
冨士川—裁判所ではプレー批判と誹謗中傷を明確に区別しています。プロスポーツは興行ビジネスなので、プレー批判は許容しています。ただ、プレー批判の一線を越えて人格を攻撃すると違法性が生まれるとしています。例えば「下手」はプレー批判ですが「しね」「ゴミ」「くそ」は人格攻撃の表現です。
誹謗中傷のポストは予想以上に拡散しアスリート本人への攻撃となる
冨士川—「まさか自分の発言が誹謗中傷だと思わなかった」という人が多いのに加え、ご自分の影響力に対する認識が甘いというか軽んじている人が多いです。実際に話をすると「まさか選手に届いているとは思わなかった」と言われます。
髙橋—SNSでは誹謗中傷ポストに、かなりのインプレッションがつきます。攻撃的な表現は拡散しやすい特性があるようです。いつものポストのインプレッションが50程度の人でも攻撃的な表現のポストのインプレッションが2千や3千になることもある。そうしたことを理解されていない人は多いと思います。
ダメージ感の程度よりも人格攻撃そのものが違法性の判断となる
冨士川—被害者の依頼を受けて、ポストした人のところに交渉に行くと「悪かったと思っている、反省している、でも、何十万円というお金を支払って解決しなければならないことだとは思っていません」という人が多いです。そのポストは誹謗中傷で違法だという理由を、判例を用いて説明しても「普段からそういう言葉を使っている」「面と向かって言われたこともある」と返されることもあります。
「言われたときのダメージ感」みたいなものが各々の経験値の中にあり、そうした人にとっては「そこまで酷いことを言っていない」という感覚があるのかもしれません。
—本当はダメージ感の程度が問題なのではなく、プレー批判の一線を越えて人格を攻撃することが問題なのだということを理解していただく必要性を感じますね。
女子アスリートや女性審判員への誹謗中傷 対策が進みにくい理由
—ここまでは、基本的なお話だと思います。ここからは、もう少し、具体的なことをお聞きしていきます。最近、女子アスリートや女性審判員に対する誹謗中傷が大量にポストされることがあります。プレー批判やジャッジ批判についても、事実に基づかない批判がとても多いです。なぜ、このようなことが起きるとお考えでしょうか?
弁護士への依頼が少ない女子アスリートや女性審判員に対する誹謗中傷
髙橋—先ほども3人で話していたのですが、正直に申し上げると、まず審判員からの依頼はあまりありません。ただ一方で、誹謗中傷がとても多いということは認識していています。かなり困っておられる話、辛いというような声を聞いたことも、もちろんあります。それから、女子アスリートに関してもあまり依頼が来ていない。それが現実ですね。
—なぜ、依頼が少ないのでしょうか?
髙橋— まず、法的な手続きは、それなりに大変です。(誹謗中傷をする人が多いと)訴訟を何回もしなければいけません。
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