監督解任騒動で混乱 オーストリアから知る日本の育成年代との根本的な違い U-20女子ワールドカップで対戦
FIFA U-20女子ワールドカップコロンビア2024は8月31日(土)に開幕 U-20オーストリア女子代表と9月9日(月)に対戦
コロンビア女子代表はパリ五輪でスペイン女子代表をあと一歩のところまで追い詰めました。2−0でリードし試合を優位に進めました。しかし、97分に追いつかれ、延長線を経てPK戦での敗退。勝者と敗者、その差は紙一重でした。パリでの熱狂が終わり9月に入ると、女子サッカー界の注目はコロンビアに集まることでしょう。
コロンビア国民は女子サッカーへの自信を深め、FIFA U-20女子ワールドカップコロンビア2024を開催します。U-20日本女子代表は2024年9月3日(火)にU-20ニュージーランド女子代表と対戦。9月6日(金)にU-20ガーナ女子代表と第2節。グループステージの最後・9月9日(月)に対戦する相手がU-20オーストリア女子代表。今回のWE Love 女子サッカーマガジンでは、U-20オーストリア女子代表について分析記事を掲載する予定でした。
しかし、取材の直前に全く予想外の出来事が起こりました。U-20オーストリア女子代表監督を務めてきたハネス・スピルカさんが突如、解任されたのです。ウィーンのドイツ語の日刊紙・クーリールが報じたところによると、祝勝会における選手との距離が近かったと一人の選手が主張し解任に至ったとのこと。この解任に納得できないコーチ、選手がトレーニングキャンプを離脱しチームは混乱しました。
7月19日にオーストリアサッカー協会は、オーストリア女子代表のアシスタントコーチであるマルクス・ハックルさんがチームを率いることになると発表しました。以前にU-17オーストリア女子代表の監督を務めており、オーストリアサッカー協会は「この分野で長年の経験と専門知識を持つ人物」としています。
ただし、新監督の下で予行演習となる試合を行うことなくFIFA U-20女子ワールドカップコロンビア2024を迎える可能性があります。7月16日に行われたU-20モロッコ女子代表とのトレーニングマッチは0−0で引き分け。この試合はオリバー・レデラーさんが暫定的に指揮をしています。
オーストリアで活躍するモラス雅輝さんに聞く育成現場の現実
そこで、企画を変更し、オーストリアのサッカー界の常識から見える、日本の育成年代との根本的な違いについてご紹介することにします。お話ししてくださったのはモラス雅輝さん。ドイツ、オーストリア、日本(浦和レッズ、ヴィッセル神戸)で指導者として活躍。現在はオーストリア・ブンデスリーガのSKN ザンクト・ペルテンでテクニカルディレクターをしています。
SKN ザンクト・ペルテンは二田理央選手(浦和レッズ)がプレーしていたことで注目を集めています。女子チームは国内有数の名門で、UEFA女子チャンピオンズリーグの常連です。
選手の所属チーム履歴から見えるオーストリア育成年代の常識
U-20オーストリア女子代表選手にはどのような選手がいるのでしょうか?育成年代の選手にはどのような特徴があるのでしょうか?聞いてみると、モラスさんから、このような答えが返ってきました。
「この年代の選手たちのプロフィールを見てもらうと、何度も移籍している選手がいることがわかると思います。どのクラブに移籍すれば試合に出場できるかを考え移籍を繰り返していると思います。19歳、20歳の選手が既に3回、4回、5回と移籍を繰り返すのはよくある話です。それから、この年代の多くの選手がトップチームでもプレーして大人のサッカーを経験しています。」
モラスさんは6月から7月15日までに、SKN ザンクト・ペルテンの約140名の選手(男子のみ)の契約・移籍に関わりました。その多くは育成年代でアマチュア契約の選手です。
「15歳の選手の期限付き移籍期間の延長とか16歳の選手の完全移籍獲得とか、18歳の選手を他のクラブに放出するとか、移籍に関わる作業をやっていました」とモラスさん。この時期の忙しさは、日本のクラブのテクニカルディレクターとは比べものになりません。
プレー機会を求めプロアマ問わず育成年代の選手も頻繁に移籍する
「日本と違い、アマチュア契約でも育成年代でも男性でも女性でも、選手は頻繁に移籍します。その仕組みにプロとアマチュアの違いはあまりありません。14歳、15歳の選手でも期限付き移籍は活発です。すごくシンプルに言えば、僕は、この夏、契約書に140回もサインをしたということです。」
なぜ、それほどたくさんの移籍が発生するのでしょうか。学校スポーツをカレンダーの基本としてきた日本とは異なる、選手ファーストの移籍事情がありました。
「日本だと中学校に入学しサッカー部に入部すると、3年間は同じチームでプレーすることが大半です。オーストリアでは、育成チームでも移籍がよく起こります。ポジティブに捉えれば、選手にはいろいろな可能性が広がります。例えば『中学1年生のときの監督とあまり関係性が良くないから中学2年生になったら他のチームに移籍したい』と希望することも可能になります。」
ただ、良いことだけではないようです。
「裏でいろいろなお金が動いたり思惑が絡んだりして、後々、保護者が高いお金を払わなければならなくなるケースもよくあります。」
モラスさんは、日本人にありがちな「欧州のサッカー界は優れている」という、サッカー界の側面だけを見た高評価に警鐘を鳴らします。光があれば、必ず影もあるのです。移籍に関しては、トレーニングコンペンセーション(TC=トレーニング補償金)とレンタルフィーの問題が、その影に相当します。トレーニングコンペンセーションは、選手を育成・輩出したクラブ(元の所属クラブ)に対し、その恩恵を受けることになるクラブ(獲得クラブ)が元の所属クラブの費やしたコストの一部を肩代わりする制度です。
この記事の中に何度も登場するトレーニングコンペンセーションは、オーストリアの国内移籍に係るトレーニングコンペンセーションのことです。トレーニングコンペンセーションのルールは各国で異なります。
「ある選手がどうしてもSKN ザンクト・ペルテンに移籍したいと考えていたとします。元の所属クラブは、育成年代であっても、アマチュア契約であっても、どの性別であってもトレーニングコンペンセーションが発生するのが原則です(プロ契約選手に発生する、いわゆる移籍金は、これとは別に算出されます)。
ただ、SKN ザンクト・ペルテンは18歳以下の選手のレンタルフィーを支払わない方針です。例えば、その選手の元の所属クラブが『SKN ザンクト・ペルテンが年間800ユーロのレンタルフィーを支払わなければ期限付き移籍を許さない』という姿勢を打ち出してくる場合があります。そこで何が起きるかというと、元の所属クラブが選手の保護者に連絡をとり『保護者がレンタルフィーを支払うのであれば、期限付き移籍を許します』と元の所属クラブが働きかけるのです。」
市場価値に沿ってあらゆる選手のトレーニングコンペンセーションが設定されている
オーストリアでは9歳、10歳の選手も市場価値が算出されています。オーストリアサッカー協会のデータベースには、全ての選手データが登録されています。
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