UEFAプロライセンスを持つ指導者から見た女子サッカー トップチームの優勝がアカデミーに与える影響 オルカ鴨川FC U-18/U-15監督 和田治雄さん
なでしこリーグ、女子サッカー育成年代の現実
2023プレナスなでしこリーグ1部を優勝したのは、設立10年目のオルカ鴨川FCでした。優勝を決めた鴨川市陸上競技場でのホーム最終戦で和田治雄さんにお会いしました。和田さんはオルカ鴨川FC U-18/U-15の監督。この日は、トップチームの運営現場をサポートするスタッフとして慌ただしく動いていました。
和田さんが女子サッカーチームのアカデミーの指導をしていると知り、驚く人がいるかもしれません。何しろ、和田さんは難易度の高いUEFAプロライセンスを取得済み。欧州各国でプロチームの監督をできる指導者です。そして、国内でも豊富な実績を残しているからです。
和田さんは2016年シーズンから2019年シーズンまでFC大阪の監督を務めています。また、トップチームのコーチとしてはガンバ大阪、ベガルタ仙台、名古屋グランパスで活躍。元スロベニア代表監督のズデンコ・ベルデニックさんの通訳を務めたことでも知られています。ズデンコ・ベルデニックさんは日本にプレッシングサッカー(当時はゾーンプレスと呼ばれた)の実践方法をいち早く紹介した指導者です。和田さんは、ベルデニックさんから多くのことを学び、その後の指導に活かしました。
東京から近いようで近くない鴨川市は女子サッカーで盛り上がっていた
オルカ鴨川FCは千葉県南部地域をホームタウンとする女子サッカークラブです。首都圏ではありますが、東京駅から安房鴨川駅までバスで約2時間、千葉駅からは特急電車に乗り継いで約1時間30分を要する距離にあります。いわゆる少子高齢化の過疎のエリアの女子サッカークラブとイメージしていただくと良いと思います。
そうした地域のアカデミーを預かる指導者から、トップチームの優勝はどのように見え、現場にどのような効果をもたらすと考えられるのでしょうか。
女子チームで指導した経験が男性指導者のマイナスに働くことはない
和田さんとオルカ鴨川FCが接点を持ったのは2022プレナスなでしこリーグ1部での対戦でした。当時の和田さんはプレナスなでしこリーグ1部に昇格したばかりのバニーズ群馬FCホワイトスターの監督。オルカ鴨川FCを指揮するは野田朱美さんでした。野田監督は、バニーズ群馬FCホワイトスターを1部昇格に導いた前任者でした。そのときの野田監督とオルカ鴨川FCは、和田さんにとって好印象でした。他の対戦相手とはちょっと違っていたのです。
「バニーズ群馬FCホワイトスターは昇格1年目だったので、力関係を見て割と自分たちがやりたいことを押し出してくる対戦相手が多かったです。そこに、バニーズ群馬FCホワイトスターはチャンスを見出していたのですが、オルカ鴨川FCは、そういった隙を見せないチームでした。」
和田さんは、翌年の2023年1月にオルカ鴨川FC U-18/U-15の監督に就任しました。筆者は「実績のある指導者が女子チームの指導をするメリットはあるのか?デメリットが多いのではないか?」という質問を受けることがあります。和田さんは、どのように考えているのでしょうか。
「男性の指導者なら『女子チームならではの難しさ』を感じることがあると思います。でも、指導した経験がマイナスに働くことはないと思います。女子チームでの指導が上手くいくかどうかのポイントは『男子はこうだったのになぜ女子は?』と考えず女子チームのコミュニケーションやフィジカル面を理解して自分の考え方を切り替えることができるか。そこが非常に大きいです。」
「U-15の選手はトップチームの選手のことがびっくりするくらい大好き」というオルカ鴨川FCの環境
—オルカ鴨川FC U-18/U-15の環境はいかがですか?
和田—千葉県内都市部の千葉市、船橋市のチームの方と話すと「グラウンドを確保できない」という声をよく聞きます。オルカ鴨川FC U-18/U-15は平日に鴨川市陸上競技場の隣にある鴨川市総合運動施設サッカー場を使用しています。週末になると他の団体との兼ね合いもありますが、ある程度は、日中に同じ施設でトレーニングをできる環境が備わっていますね。
—房総半島の先端に近いところにある鴨川市の地域性はありますか?
和田— 交通の便はそれほど良くないですし、鴨川市の人口も少ない。近くで活動する女子サッカーチームが少ないですね。平日はクラブが、練習場から45分くらいかかる場所にまで選手を送迎しています。一宮町や茂原市の自宅から1時間以上をかけて保護者が送り迎えしてくれている選手もいます。隣の勝浦市や(東京湾側の)木更津市や南房総市から通う選手もいます。だから、鴨川市だけではなく千葉県南部地域のチームという面がありますね。実は、U-15チームに、鴨川市内の在住者がいません。女子サッカー選手の確保は、これからもクラブが活動していく上で続く問題だと思います。
—オルカ鴨川FC U-18/U-15では、どのような方針で指導されているのでしょうか?
和田— サッカーを好きになって、ずっとサッカーに関わってほしいというのが、私の個人的な考えです。やはり裾野が広がらないと、トップレベルも向上していかないと思います。少しでも広げることにつながる活動ができればと考えています。それから、今の時代は、男性でも女性でも自力で生きていける力が必要だと思います。自立した人間になってほしいという思いも、指導する上で大事なポイントですね。
—それは、和田さんの、これまでのキャリアが反映しているところかもしれませんね。
和田— その点はベルデニックさんから受けた影響が大きいです。彼は大学の先生でもあったので教育者としての視点も持っていました。今のU-15の選手は、すごく真面目で良い子ですが、ときには逆らって何かをやっても良いと思うのです。「こうじゃなきゃいけない」という思い込みが強い感じがします。だから、これから、いろいろな状況に適応し、自ら解決策を見いだせる姿勢を身につけてほしいと思っています。
—トップチームとの連携はいかがですか?
和田— トップチームや大学生・社会人からなる育成チームのオルカ鴨川BU(千葉県女子サッカーリーグ1部)の選手が、夏のミニゲーム大会に参加してくれます。そして、いつもアカデミーの選手と同じピッチで時間差で練習しているので、入れ替わる際に話しかけてもらっています。U-15の選手はトップチームの選手のことがびっくりするくらい大好きです。身近な場所に目標となる人たちが存在する良い関係ができていると思います。トップチームの試合運営の手伝いもしています。優勝セレモニーで表彰台の造作を後ろで支えていたのはU-15の選手です。トップチームの選手が「ありがとう」と声をかけてくれる、喜んでいる姿を間近で見ることができることで「いつかトップチームで活躍したい」という気持ちになる。素晴らしいモデルとなっています。
—オルカ鴨川BUのようなトップチームと中高生の中間に位置するチームの存在や国際武道大学サッカー部と「南房総地区女子サッカー普及、未来のなでしこ育成プロジェクト」を推進している(トップチームとオルカ鴨川BUに学生が選手登録する等)意味も大きいと思います。
和田— そうですね。今年もU-18の高校3年生の選手5人がオルカ鴨川BUの練習に参加していました。そういう意味では、すごくしっかりと組織が作られたクラブだと思います。小学校やこども園を訪問する「オルカ・スマイル・コミュニケーション」では、出張授業のようなこともやっています。そちらにも、トップチームの選手が参加してくれることがあります。このような活動を通じて、地域のサッカー熱が高まってくると、アカデミーの運営がしやすくなりますね。
ただ優勝した以上の効果を感じる千葉県南部地域
—和田さんは、トップチームの優勝を間近でご覧になり、何を感じましたか?
和田— オルカ鴨川FCの立ち上げに携わり10年間も応援してきた皆さんが大変喜んでおられました。言葉にできないほどのいろいろな感情があったと思います。ホームゲームで優勝できたことは本当に良かったと思います。これは北本綾子GMをはじめ、選手時代からクラブにずっと関わっている皆の成果だと思います。
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