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元なでしこリーガーがアイドルを経てバラエティ番組に体当たり挑戦 仙石來夢さんが再認識した元女子サッカー選手という肩書き

「いち、じゅう、ひゃく、せんごくらいむで~す!」

弾けるように元気な声が聞こえてきそうです。今回はタレント・仙石來夢さん(https://www.youtube.com/@RAIMUchannel/videos)のインタビュー記事です。仙石來夢さんは2016年シーズンから3年間、なでしこリーグのバニーズ京都S Cでプレー。サンフレッチェ広島レジーナで現在活躍中の谷口木乃実選手とチームメイトでした。同じくチームメイトだった吉田早紀選手(クロアチア2.H N L女子:メジムリェ・チャコヴェツ)が仙石來夢さんの人柄を教えてくれました。

「サッカー以外でもよく一緒に遊んでいました!彼女は一言で言うとムードメーカーですね。いるだけでその場が明るくなります。そして、いつもチームの為にできることを率先して考え行動してくれる、とても仲間思いのハートを持っています。後輩ですが、そのようなところをわたしは尊敬しています。見た目によらず真面目ですよ!」

選手を引退後はアイドルグループ・P I D L☆未来stageのメンバーとして1年半活動。グループ卒業後は松竹芸能所属タレントとして活動中です。最近では、34年の時を越え大復活した『風雲!たけし城』で活躍しS N Sを賑わせたことが記憶に新しいです。

仙石來夢さんは、なぜ22歳で引退したのでしょうか?そして、今、タレントとしてどこを目指しているのでしょうか?「せんごく時代」到来を夢見る一人の女性の座標軸を感じてみてください。

仙石來夢さん 提供:松竹芸能

アイドル兼女子サッカー選手を目指していた現役時代

プロフィールを拝見すると、バニーズ京都S Cでプレーした期間が予想外に短く驚きました。なぜ、これほど早く引退されたのですか?

仙石怪我のような大きな引退理由はありません。小さな理由が集まって辞めることにしました。あのとき辞めたいと思った瞬間が来たのです。「女の子になりたかった」とかかなぁ……(笑)。「いつまでサッカーに頼って生きていくのだろう?」と思ったことも大きな理由かもしれません。私は、スポーツ推薦で高校に入学しているし、バニーズ京都S Cでプレーしているときはスポンサー企業で働かせてもらっていました。ずっと、サッカーをやっているから生きていける生活でした。「今のうちに何かを変えたい」と思ったのが21歳のときです。

バニーズ京都S Cでプレーしていた仙石來夢さん(本名です)

辞めた後の人生設計はあったのですか?

仙石全くなく、とりあえず普通に働きたいと思っていました。

それなのに、なぜ唐突にアイドルデビューされたのかが不思議でした。

仙石クリスマスあたりにG Mと契約更新のミーティングをするときに「今年で辞めようと思います」と言いました。そうしたら「本当にまだ若いし、もう1回考えてみて」と言われ、一旦は持ち帰りました。年始に「本当に辞めます」と言うと、ものすごく反対されたのですが、最終的には「わかりました」と承諾してもらいました。帰宅して家族に報告すると、お父さんから「辞めてどうすんだ」と言われました。何か次にやりたいことが決まっているわけでもないのに、ずっと全てを賭けてきたサッカーを、さらっと「辞めます」と言ったから、不仲になるくらいまで怒られました。「どうしたらサッカーを辞めることを認めてもらえるだろうか」と思っていたら、これは偶然なのですが……「よゐこ濱口優プロデュース『歌って笑える』アイドルオーディション」の一次審査に、たまたま受かってしまい、サッカーを辞める理由は「アイドルになるから」になりました(笑)。

でも、オーディションに応募していたということは、何か人前に出ていくお仕事をできる、ちょっとした自信みたいなものがあったからでしょうか?

仙石なでしこリーグでプレーしていた時代も、客席に向かってマイクパフォーマンスをしたり、高校生のときも人前で踊ったりしていました。そのオーディションの参加申し込みは、実は引退を決める前の12月上旬くらいに送付していました。

もし、あのときサッカーを辞めようと決断しなければ、アイドル兼女子サッカー選手になっていたかもしれないのですか?

仙石そうです。本当は、それをやりたかったんですよ。

仙石來夢さん 提供:松竹芸能

元アスリートだから「結果がついてこない」と苦悩してしまったアイドル時代

仙石「よゐこ濱口優プロデュース『歌って笑える』アイドルオーディション」を通過し、アイドルグループ・P I D L☆未来stageのメンバーとして活動していました。王道アイドルの路線で歌って、踊って、定期公演をして……。地方でのライヴがあったりオンラインで動画を販売したりもしていました。

アイドル時代は楽しかったですか?

仙石歌ったり、踊ったりすることは好きなので、とても楽しかったです。ただ、私には結果がついてこなかったです。

「結果がついてこない」という表現がアスリートっぽいですね?

仙石元アスリートは、どうしても結果を求めてしまうと思います。P I D L☆未来stageはアイドルとしてのパフォーマンスを競い合うパフォーマンス・アイドル・リーグ(P I D L)という形式でリーグに所属するグループが競い合っていたので、勝ち負けにこだわってしまう私には、ちょっと精神的にキツいところもありましたね。

仙石來夢さん 提供:松竹芸能

松竹芸能所属となり新たな挑戦が始まる

仙石ずっと頑張ってきたのですが、約1年半でP I D L☆未来stageから卒業することになりました。お世話になった濱口さんに「アイドルではなく、お笑いを目指して養成所に通おうと思います」と相談しに行くと「だったら、バラエティータレントとして、僕がいる松竹においでよ」言ってくださいました。それで、現在の松竹芸能所属になりました。

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