「女子サッカーを観なくては!」と集英社S P U R 編集部が考えた理由と予想外のレスポンス
「モード誌」と呼ばれるカテゴリーに分類されるS P U R (https://spur.hpplus.jp/)は、ファッションのトレンドだけにとどまらず、読者層にも関心が高い社会的な課題についても掲載しています。1989年に創刊して以来、眼福力あふれるファッションページを中心に、漫画やエンタメなど異ジャンルのコンテンツとのハイブリッド企画や社会的なメッセージも発信し続けてきました。
2023年2月22日発売のS P U R4月号では、女子サッカーの特集を組みました。タイトルは「スポーツから社会を『読む』。女子サッカーを観なくては!」。リード文には「今、世界を巻き込み、女子サッカーが進歩と変革の時を迎えている! 2023F I F A女子ワールドカップを前に、多様な視点からその魅力と奥深さを知ろう」と書かれていました。
「ファッション企画の取材や撮影を通して、避けては通れない出来事を目撃することがあります。私は、それを記事で取り上げることが大切だと思っています。読者は主にファッションの記事を目当てにページをめくってくださることが多いのですが、そうした記事が気づきを提供することにつながります。だからS P U Rでは『ファッションと切り離せない社会』の出来事を大事にしています。」
そう説明してくれたのは「女子サッカーを観なくては!」を担当したS P U R編集部の桜場遥さんです。でも、取材の最後に、このようなことも付け加えてくれました。
「私たちはミーハーなので『かっこいい!』『面白い!』が企画の最初にありました。そこを掘っていくと選手のパーソナリティや、選手自ら待遇改善を求める活動を知ることができました。知識や視点を得ることで選手を『もっと応援したくなる』のだと思います。」
「女子サッカーを観なくては!」の最初のページに掲載されたビジュアルはまさに「かっこいい」UEFA欧州女子選手権イングランド2022(ユーロ)の決勝戦。延長戦で決勝点を決めたクロエ・ケリー選手が絶叫しながらユニフォームを脱ぎ、スポーツブラ姿でピッチを駆け回った写真でした。
5ページだった企画が7ページに拡大した理由
今回のWE Love 女子サッカーマガジンはS P U R編集部を逆取材。「モード誌」から見えた女子サッカーの魅力を桜場さんと編集長の並木伸子さんにお聞きし引き出しました。サッカー業界の中にいては気が付かない視点が詰まったお話です。
当初は5ページを予定していた「女子サッカーを観なくては!」企画は、企画会議のなかで7ページになりました。なぜ2ページも増えたのでしょうか。この7ページには、各界で活躍する人々が登場しています。
- 女子サッカーは面白い! その魅力を中村憲剛さんら3人が語る
中村憲剛さん/元日本代表、西達彦さん/アナウンサー、三原勇希さん/タレント、ラジオD J - 社会を動かすパワーを知る
キム・ホンビさん/エッセイスト - レジェンド、澤穂希が語る「私とサッカー」
澤穂希さん/元日本女子代表 - 世界に羽ばたくプレーヤー、長谷川唯選手にインタビュー
長谷川唯選手/マンチェスター・シティ - いざ2023F I F A女子ワールドカップ! おすすめイレブン
石井和裕/WE Love 女子サッカーマガジン、萩原麻理さん/ジャーナリスト - WEリーグが目指す未来
髙田春奈さん/WEリーグ チェア
7ページとなった経緯を並木編集長に聞いてみました。
「実は、WEリーグが掲げるユニークな理念に心惹かれ、初代チェアの岡島喜久子さんのインタビュー記事をS P U Rに掲載したこともあります。貴重な機会をいただき、『女子サッカー』で何か特集が組めないだろうか、と考えていました。もともと私は個人的に、スポーツ観戦が大好きなのですが『誰が強くて上手くて一番を取るか』という視点に偏りがちでした。
一方で、S P U Rには、私と異なる価値観の編集部員が多かったのです。東京五輪の熱気も冷めやらぬ時期に開催した編集会議では、誰が金メダルを取ったか、よりも『心の健康』を理由に欠場したアメリカの体操選手、シモーン・バイルス選手に注目が集まりました。そのあたりから、スポーツとの関わり方に新しい視点が必要だと感じ始めたのです。そんな中、S P U R. J Pの連載「ブレイディみかこのSISTER “FOOT” EMPATHY」で、イングランド女子代表について知り、感銘を受けました。固定観念による理不尽な束縛を乗り越えて、自分らしさを獲得する、というストーリーには、S P U Rが読者に届けたいメッセージが詰まっている気がしたのです。
企画の発案者である桜場は、どちらかというとスポーツ観戦をしているイメージがあまりなく(笑)、音楽や映画が大好きな女性。そんな彼女が女子サッカーに関心を寄せたということや、同じくカルチャー色の強い三原勇希さんがWEリーグを観戦しているというエピソードが面白く感じられ、若い彼らの視点を入れるのが鍵だと考えました。
また、ヨーロッパでは女子サッカーの試合に10万人近い観客が集まることもあるという事象を踏まえ、「女子スポーツ=マイナー」というイメージを覆すポテンシャルについて伝えたいと考えました。ミーガン・ラピノー選手が男女の待遇格差を改善するよう働きかけるなど、社会と連動する動きにもスポットを当てたいと考えました。
ミーハーなので、国内外問わずどんな選手に注目したら、女子ワールドカップを楽しく観戦できるか、という興味もありました(笑)。あれもこれも盛り込みたいよね、とページを割り振っていったら、どう考えても5ページに収まらない、ということで気がついたら7ページになっていました(笑)。」
英国から届いたムーブメントに、女子サッカーの動きが重なった
発端は、編集者の桜場さんと、サッカーを好きなライターの萩原麻理さんとの会話でした。今回の記事の「いざ2023F I F A女子ワールドカップ! おすすめイレブン」で海外のプレーヤーをセレクトしている萩原さんはS P U Rで映画やカルチャーを軸に執筆しているジャーナリストです。萩原さんから桜場さんに「女子サッカー界に動きがある時期なので、面白い特集が組めるのでは?」という提言があったのだそうです。
萩原さんは専門領域がサッカーではないものの、S P U R . J Pの連載記事で「女がボールを蹴れば、世界は変わる!『クイーンズ・オブ・フィールド』が痛快な理由」と題し、フランスの女子サッカー映画『クイーンズ・オブ・フィールド』を紹介したこともあり、男女を問わず、サッカーに対し常に高いアンテナを張り巡らせています。
萩原さんの目に留まった2022年後半のトピックスはイングランド女子代表のU E F A欧州女子選手権イングランド2022(ユーロ)優勝です。さらに、S P U R2022年12月号のコラムで、ブレイディみかこさんが、この話題を取り上げ、桜場さんと萩原さんの間で会話が弾みました(https://spur.hpplus.jp/culture/sister_foot_empathy/tgBvZQ/)。
ブレイディみかこさんは著書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で本屋大賞ノンフィクション本大賞をはじめ11冠を獲得。英国在住の人気のライター・コラムニストです。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、英国の「元底辺中学校」に通う息子さんの日々を記したエッセイです。
そんな、英国社会の一員として生活をするブレイディみかこさんが「女子代表チームがつるっとそれを成し遂げた」優勝の社会的意義と巻き起こったムーブメントをユーモアも交えて綴りました。これがサッカー好きな編集部員も、あまり詳しくない編集部員も、共に女性サッカーへの関心が高まるきっかけとなりました。
そして、もう一つ、興味深い本のニュースも英国から届きました。スザンヌ・ラックさんの著書『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』 の日本語訳本(実川元子訳)が12月に発売になったのです。
その本も受けて、桜場さんは、「女子サッカーを観なくては!」という企画に取りまとめて編集会議でプレゼンテーション。企画が実現することになりました。ちょうどカタール大会の盛り上がり直後ということも後押しになりました。
知れば知るほど、力をもらえる女子サッカー
なぜこの企画が「モード誌」の編集会議を通過したのでしょうか。桜場さんは何を面白いと思いプレゼンテーションしたのでしょうか。そこに、女子サッカーの魅力が詰まっているはずです。聞いてみると、意外な答えが返ってきました。
「『これが面白いよ』だけではなく『社会が動いた』『どのように見れば読者が力をもらえるのか』が重要な視点です。『女子サッカーの魅力を知れば知るほど、読者は魅了される』という確信がありました。だからもっと掘り下げてみたいと思っていました。」
さらに話を聞いてみると、スザンヌ・ラックさんの著書『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』の日本語訳本発売が大きなポイントになっていることもわかりました。
「『闘いはピッチとその外にもあり』という副題がついているように、この本には示唆に富んだ話がたくさん盛り込まれていました。女子サッカーという競技に興味をお持ちの人のみならず、私のような、それまで女子サッカーにあまり詳しくなかった人にも『自分ゴト』として読める部分がある本だと思います。」
『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』は、本来ならば女性もプレーできるはずだったサッカーが社会の支配層から制限され、ずっとプレーできなかった歴史を知ることができる本です。この本を手に取ると「読者が女子サッカーの記事を『自分ゴト』として読めるのではないか」という漠然としたイメージを浮上させることができたというのです。
「『読者との接点を見つけていく』ということだと思います」という桜場さん。競技としてだけでなく「モード誌」だからこそ見えるカルチャーとしての面白さにも着目したいと考えました。企画が具体化し動き始めると、取材先は国内外広範囲に及びました。そして、前述の初代チェアの岡島喜久子さんの取材を執筆したエディターの綿貫あかねさんも企画にて複数のインタビューを担当。長年Jリーグを見続けてきたこその独自の視点で、それぞれの話を聞き出してくれました。
「『誰かが何かを面白いと語る情熱』が読者を『見てみようかな』という気持ちにさせると思います。企画の冒頭では、サッカー界から中村憲剛さん、西達彦さん、そして音楽などカルチャーに精通する三原勇希さんという異色の人選でおすすめポイントをうかがいいました。興味への入り口をいくつも創ることでS P U R読者と女子サッカーの接点がたくさん見つかると思ったのです。」
長谷川唯選手のポートレートはマンチェスターで撮影
今回の記事では「モード誌」らしい空気感で伝える長谷川唯選手の写真が特に注目されました。7ページの誌面に限りがあるため、掲載しきれなかったアザーカットがネットで公開され雑誌発売前に話題となったのです。
今、女子サッカーが面白いんです! #SPUR4月号 では、この競技の魅力を多角的な目線から深掘り。企画内では、マンチェスター・シティで活躍する #長谷川唯 さんのインタビューも! オンライン限定のアザーカットを特別にお届けします。#シュプール_4月号https://t.co/S8zkFqCmoj pic.twitter.com/4TPxEtUqeH
— SPUR / シュプール (@SPUR_magazine) February 20, 2023
「マンチェスターのスタジアムの前で撮影しました。「モード誌」はビジュアルが誌面の核となります。ファッション企画ではなくても、状況が許す限り、S P U Rオリジナルの撮り下ろしポートレートにこだわりたいと考えています。ロンドン在住で、いつもはファッションの撮影を手掛けるフォトグラファーに撮影をお願いしました。マンチェスターは陽が落ちるのが早く、トレーニング後のギリギリの時間帯で撮影しました。」
オリジナリティあふれる風合いの写真は、スポーツ・フォトジャーナリストがあまり採用しない方法で撮影されました。
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