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なでしこジャパン(日本女子代表)への道を開いた期限付き移籍 田中桃子選手(東京NB)が語る大和シルフィードでの経験

Jリーグや海外サッカーではお馴染みの期限付き移籍(「レンタル移籍」「ローン」と呼ばれることもある)。かつての日本の女子サッカーでは、あまり多く活用されてきませんでした。しかし、2023年に入り積極的に活用する女子チームも出てきました。

例えば、来シーズンのWEリーグに参入するセレッソ大阪堺レディースの所属選手のうち、筒井梨香選手と小山史乃観選手がINAC神戸レオネッサに期限付き移籍することが発表されました。移籍期間は2023年2月1日から2023年6月30日までです。セレッソ大阪堺レディースは、春秋制のなでしこリーグをすでに退会済み。来シーズンは秋春制のWEリーグに戦いの舞台を移します。夏までは、桜色のユニフォームで戦える公式戦がないため、人の選手は期限付き移籍をしてWEリーグでプレー。経験を積んだ上で7月にセレッソ大阪堺レディースに復帰します。

2年間の期限付き移籍を経験した田中桃子

2023シービリーブスカップのブラジル女子代表戦でゴールマウスを守ったゴールキーパーの田中桃子選手は、少し変わった経歴の持ち主です。当時としては極めて珍しかった期限付き移籍を2019年シーズンと2020年シーズンの2年間も経験しているのです。期限付き移籍は、今の彼女の地位を確立する転機となりました。

田中選手が期限付き移籍でプレーした大和シルフィードでゴールキーパーコーチを務めていたのは小野寺志保さんです(今シーズンから大和シルフィードのクラブアドバイザーに就任)。現役時代は日テレ・ベレーザ(現・日テレ・東京ヴェルディベレーザ)でプレーしベストイレブンを6回受賞。なでしこジャパン(日本女子代表)のメンバーとしてオリンピックを2回、FIFA女子ワールドカップを3回も経験した名ゴールキーパーです。

田中選手は小野寺さんから多くのことを学びました。

「小野寺さんの存在は大きかったです。一番大きかったのはメンタルの部分です。どのように試合に向かっていくかを細やかに見てくれていました。自分が集中できていないと思われたときはしっかりと締めてくれました。本当によく見てくれていたと感じます。『チームを勝たせる存在にならなければいけない』と言い続けてくれました。自分の持っているものを発揮できるように声をかけてくれました。それは今につながっています。

TopのPhoto by Ke Twitter→@ke780kx5 instagram→@ke_photo410 全ての試合の写真は皇后杯 JFA 第44回全日本女子サッカー選手権大会の4回戦、カンセキスタジアムとちぎで撮影。

大きかった小野寺コーチ(大和シルフィード)の存在

小野寺さんは、当時の田中選手をこのように振り返ります。

「身体能力に恵まれ性格も素直。ベレーザという共通項があったので、私の感覚的な表現も汲み取って、理解してくれている感じが最初からありましたね。ゴールキーパーとしての課題はいくつかありましたが『プレーエリアが広がればフル代表も狙える』と思っていました。」

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小野寺さんは「ベレーザのスピリット」を伝授することにも努めたと言います。

「私自身がベレーザ時代に養ってもらった『勝負には必ず勝つ!』という魂を、桃にも受け継いでもらいたかったし、それは今後、世界の舞台で戦うためにも絶対に必要な気持ちだと思っています。ただ、その一方で、勝ちにこだわりすぎて失点を恐れれば、プレーの幅が小さくなる可能性があるので、そうならないように、端的まとめた標語のような言葉を桃に送っていました。それを今でも大切にしてくれていると聞いて、とてもうれしく感じています。」

大和市役所に設置されている小野寺志保さんのレリーフ。

そんな小野寺さんは、田中選手にとって恩師でありベレーザの先輩であり、目標とする存在でした。この2年間は大きな財産となりました。

「自分が理想とする安心感を持ったコーチです。怒っているところを見たことがありません。でも言うべきことをしっかりと伝えてくれる頼もしさ……ああいう存在になりたいと感じていました。」

アンダー年代でアジアを戦ってきた

田中選手は長野県駒ケ根市出身。幼少時に神奈川県厚木市へ転居しました。小学生のときは市内で活動する女子サッカークラブ・F C厚木ガールズに所属。小学4年生の途中からゴールキーパーとしてプレーするようになりました。小学校卒業後は、高い競争率を勝ち抜いて、日テレ・ベレーザ(当時)の下部組織・日テレ・メニーナに加入しています。

14歳となった2014年に日本サッカー協会のゴールキーパー育成施策「スーパー少女プロジェクト トレーニングキャンプ」に参加。全国から集まった有望株と共に腕を磨きました。ちなみに、そのときのメンバーには、のちにフォワードとしてFIFA女子ワールドカップ フランス2019に出場し、現在はディフェンダーとしてなでしこジャパン(日本女子代表)で活躍する宝田沙織選手(リンシェーピングF C)も含まれています。

それ以来、田中選手は年代別日本女子代表のゴールキーパーとして同年代のトップを走り続けてきました。A F C U-16女子選手権中国2015を準優勝、F I F A U-17女子ワールドカップヨルダン2016を準優勝……しかし、そんな田中選手の前に高い壁が現れます。

2018年1月22日に田中選手の日テレ・ベレーザ昇格が発表されました。でも、ゴールキーパーのポジションは一つ。しかも、レギュラーとしてピッチに立ちはだかっていたのは山下杏也加選手(現・I神戸)。田中選手は2018年シーズンの公式戦に1試合も出場することができませんでした。

メニーナ時代からチームメイトの植木理子選手と共に掴んだ皇后杯優勝。 Photo by Ke

ずっと試合に出られない日々を続けるわけにはいかない

「ベレーザの1年目は試合に絡めそうなところにすらいけなかったので、試合のための準備はできませんでした。1日の練習のことしか考えられませんでした。」

練習で想定するシチュエーションだけでは試合で起きることの多くをカバーすることができません。特にゴールキーパーはキャッチやキックといった個人技術を磨く練習の他に、ディフェンダーとの連携を深めていく経験が必要です。しかし、ディフェンダーの背後にボールが入ったときの対応やゴールキーパーから前線へのビルドアップのような味方との連携は、ピッチを大きく使い、また多くの選手が関わらなければ練習することができません。その練習に費やす時間やシチュエーションのバリエーションには限りがあります。そのため、どうしても試合での経験が必要となります。

所属がメニーナからベレーザに変わった田中選手には試合経験が圧倒的に不足していました。そんなとき、なでしこリーグ2部に初昇格が決まったばかりの大和シルフィードへの期限付き移籍の話が持ち上がったのです。

「FIFA U-20女子ワールドカップ2020に向けて(所属チームで)試合に出ないとどうにもしようがないと思っていました。そこへ『レンタル(期限付き移籍)で積む経験があっても良いのではないか』という話が(チームから)ありました。」

ずっと試合に出られない日々を続けるわけにはいかない……田中選手は決断しました。大和シルフィードのホームタウンの神奈川県大和市は、田中選手が育った厚木市と同じ県央地区にあり小田急線で25分ほどの距離にあります。

クロスボールには絶対の自信を持っている田中桃子選手。 Photo by Ke

なでしこリーグ2部残留の立役者に

2019プレナスなでしこリーグ2部は2019年3月21日(木/祝)に開幕しました。ウインク陸上競技場で行われた第1節・ASハリマアルビオン戦は1−3で幸先よく勝利。田中選手は1千910人のファン・サポーターの前でプレーしました。しかし、第2節のセレッソ大阪堺レディース戦を宝田選手の2得点を含む3失点で落とすと、ゴールマウスを守るスタメンは辻美穂選手に。田中選手がピッチに返り咲いたのは第5節の静岡産業大学磐田ボニータ(現・静岡SSUボニータ)戦でした。初昇格の大和シルフィードは苦戦が続き、ゴールキーパーのポジションは田中選手と辻選手が代わる代わるの起用となります。A F C U-19女子選手権タイ2019を見据えたU-19日本女子代表候補のトレーニングキャップの日程との兼ね合いもありました。A F C U-19女子選手権タイ2019は、上位3チームがF I F A U-20女子ワールドカップ2020の出場権を獲得できる重要な大会です。

田中選手が初めて無失点に押さえたのは第12節の静岡産業大学磐田ボニータ戦。次の第13節のスフィーダ世田谷FC戦も1−0と連続完封勝利をおさめました。ディフェンスラインとの連携が高まるとキャッチングも安定。次第に実力を発揮し、大和なでしこスタジアムのスタンドからは「アンダー年代の代表選手だよ。」「さすがだね。」という声が頻繁に聞かれるようになっていきました。大和シルフィードは3勝4分11敗の8位という成績で、なでしこリーグ2部残留を決めました。入替戦に回った9位の静岡産業大学磐田ボニータ戦とは同じ勝ち点。得失点差による残留でした。第12節、第13節の連続完封勝利はとてつもなく大きな勝ち点6をもたらしたのです。

田中選手は大和シルフィードでの2シーズンをこのように振り返ります。

「1年目はなかなか結果を出せず大量失点する試合もありました。その度にいろいろなことをチームで話し合うシーズンでした。苦しかったですけれど、自分の中で課題を見つけ、それを踏まえて戦えたのが2年目のシーズンになりました。課題にフォーカスしながら試合を積み重ねたのが大きかったです。」

試合で得られた経験が田中選手と大和シルフィードを飛躍させていきました。2019プレナスなでしこリーグ2部では28だった失点は2020プレナスなでしこリーグ2部では16に減少。順位も一つ上がり7位でフィニッシュしました。

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