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1920年にグディソン・パークで記録されたイングランド女子サッカー観客数記録は、なぜ92年間も塗り替えられなかったのか 『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』を編集者が語る

読者の皆さんは女子サッカーのルーツをいつだと記憶されているでしょうか。日本初の女子サッカーチームは神戸市灘区の福住女子サッカースポーツ少年団と西宮市の神戸女学院中等部のチームだといわれています。1966年のことです。1960年代末から1970年代前半はウーマンリブ運動(女性たちによる女性解放のための運動)がアメリカから世界に広がる時代です。日本でも女性が新しい挑戦を広げていきました。

では、世界の女子サッカーはどうだったのでしょう。イングランドでは1969年に女子サッカー競技を管理運営する協会・W F Aが設立されました。日本女子サッカー連盟が設立するのは1979年ですから、日本は10年遅れていたように見えます。しかし、意外なことにイングランドF Aと西ドイツサッカー連盟は1969年まで女子サッカーを禁止していました。そして、スペインでは1980年まで禁止していたのです。

ところが、驚くべきことに、それよりも遥か昔の1920年にグディソン・パーク(現・エヴァートンFCの本拠地)で開催されたディック・カー・レディースとセント・ヘレンズ・レディースの試合には5万3000人もの観客が集まっていました。イングランドの女子サッカーにおける、この最多観客数記録は、2012年にロンドンオリンピックのグループステージ、チームG B(英国4協会合同チーム)対ブラジル女子代表戦まで92年間も更新されることはありませんでした。それが、皮肉なことに、このグディソン・パークでのビッグマッチの大成功がきっかけとなり1年後の1921年にイングランドF Aは女子サッカーチームのグラウンド使用を禁止するのです。

女子サッカーは数奇な運命を辿ります。その歩みは「純粋なスポーツ史」にとどまりません。戦争の時代に翻弄され、女性解放と共に世界に広がりました。その歴史を、筆者はこの書籍で知りました。

女子サッカーがどのように発展し、これからどう成長していくのか

『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』は英高級紙『ガーディアン』紙の女子サッカー担当記者が、紆余曲折をたどった女子サッカーの、未来への飛躍を提言する歴史書です。英欧米の女子サッカーの歴史を中心に、社会における女性の権利獲得と解放に重ね合わせて描いています。数多の史料を駆使し、選手、監督、オーナー、研究者への取材も通じて、女子サッカーがエリートから草の根までどのように発展し、これからどう成長していくのかを、未来への希望を込めて論じています。日本では2022年末に白水社から刊行されました。

白水社は語学書や海外小説で有名な出版社ですが、過去20年間で数々の良質なサッカー本を世に送り出しています。その多くは翻訳本です。サイモン・クーパーさんの名作『サッカーの敵』、ティム・パークスさんの傑作『狂熱のシーズン ヴェローナFCを追いかけて』のようなサッカーにまつわる歴史と文化をテーマとし優れた書籍は、今も多くのサッカーファンに読まれています。また、女子サッカー関連ではキム・ホンビさんのエッセイ『女の答えはピッチにある 女子サッカーが私に教えてくれたこと』がサッカー本大賞2021を受賞しました。サッカー初心者の著者が地元の女子チームに入団し、男女の偏見を乗り越え、連帯する大切さを学んで成長していく、抱腹絶倒の体験記ですが、こちらには韓国社会の日常におけるサッカーとジェンダー問題がユーモラスに盛り込まれています。 

なぜ、白水社は多くのサッカー本を刊行してきたのでしょうか。白水社を訪問し藤波健さんに質問すると、即座に答えが返ってきました。

「サッカー好きは読書好きでビールが好きですね。」

前置きが長くなりましたが、今回は藤波さんの言葉を通して『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』の魅力をご紹介します。

酒とパンクとサッカーをこよなく愛す異色の編集者の言葉

「誰が、素晴らしいサッカー本を世に送り出しているのだろう?」その好奇心で白水社を訪ねました。階段を上がり、扉を開けると、独特の雰囲気をお持ちの人物が筆者を迎え入れてくれました。その方が藤波さんです。

白水社 藤波健さん

藤波さんは「酒とパンクとサッカーをこよなく愛す異色の編集者」として出版業界で知られています。2011年には藤波さんの編集によって出版された書籍を集めた「ある編集者が積み上げた1万ページの現代史」フェアが全国17書店で開催されました。長年、ヒトラーやスターリンといった独裁者の伝記、第二次世界大戦、冷戦の現代史に関する書籍の刊行を手掛けてきました。同時に清水出身の清水エスパルス・サポーターでもあり、常にサッカーに対してアツい思いをお持ちです。白水社のノウハウと藤波さんの経験から、世界中で刊行される優れたサッカー本が発掘されました。藤波さんが原書を読み込み、日本の読者の興味に合った書籍をセレクトし、翻訳、刊行してきたのです。

サッカーは各国の歴史、文化、経済、宗教、人種、生活を背景に、まさに人々の営為を反映したスポーツです。いわば、人生そのものだと思います。歓喜、奇跡、悲しみ、ドラマがあります。日本の女子スポーツ界のレジェンドである澤穂希さんが帯に推薦文を寄せています。

「一八八一年に世界初の公式試合が開催され、二〇世紀初頭から長きにわたって世界各国で禁止されていたにもかかわらず、今では世界中の人々を魅了している女子サッカー一四〇年の歴史を、時代背景や文化を考察しながらまとめた素晴らしい本です。」

売れる本が求められる出版社が女子サッカーの書籍を刊行するには勇気が必要だと思います。なぜ、藤波さんは、この本を刊行しようと考えたのでしょうか。「2020年にWEリーグが発足(2021年9月開幕)し、大きな注目を集めていますが、女子サッカーには、まだいくつもの課題があります」とした上で思いを教えてくれました。

「FIFA女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023カップも開催されるので、微力ながら女子サッカーを盛り上げていきたい。女子サッカーに役立つ提言をしていきたいという思いで、この本の刊行を決めました。」

女子サッカーはなぜ禁止され、なぜ再び人気となったのか

『女子サッカー140年史 闘いはピッチとその外にもあり』は英国で書かれ刊行された書籍です。英欧米の女子サッカー史を中心に書かれていますが、足りない日本の女子サッカー史を巻末に「日本女子サッカー小史 訳者あとがきにかえて」として書き加えてあることも、この本の特徴です。海外の女子サッカーの歴史を知ることで、日本の女子サッカー史や女性史と比較。日本の女子サッカーを相対化して理解することができます。

「この本から刺激を受けたり学んだりすることがあると思います。驚いたのは、サッカーの母国と言われている英国で、長年、女子サッカーが禁じられていたということです。禁止を解くために、ピッチ内外の多くの人々が懸命に取り組んで奮闘し続けてきたことがわかります。」

アメリカ女子代表のサポーター(FIFA女子ワールドカップ フランス2019)

1970年代に隆盛を極めたウーマンリブ運動、1972年にアメリカで制定された「連邦法教育法第9篇」タイトルIX(タイトル・ナイン)が女子サッカーの発展に大きな影響を与えたことは、多くの女子サッカー関係者の知識にインプットされています。ただ、そうしたフェミニズム運動だけが、女子サッカーの歩みに大きな影響を与えてきたわけではありません。

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