WE Love 女子サッカーマガジン

大学生は、なぜWEリーグにソーシャル・スポンサーシップが大切だと考えたのか? スポーツ政策学生会議での発表から考える。

WEリーグは大学生の目にどのように映っているのでしょうか。筆者は、ある人から紹介を受け、WEリーグのことを真剣に研究し、議論し、発表しようとしている大学生がいることを知りました。

明治大学商学部 総合学際演習の澤井和彦ゼミナールで学生たちは「スポーツビジネス・スポーツマネジメント」を学んでいます。彼ら・彼女らはスポーツ政策学生会議(Sport Policy for Japan:S P J)での発表テーマにWEリーグを選択しました。今回は、大学生5人のお話を聞き、発表内容、発表に至る経緯、研究することで得られた発見等をご紹介します。そして、取材の中で前畑有那さんが漏らした一言が気になりました。

「私は川崎フロンターレが好きなので、他のクラブも川崎フロンターレと同じように地域貢献に力を入れているのではないかという前提で今回の調査に入ったのですが、調べてみると、WE ACTION DAYの具体的な内容も簡単には見つけることができませんでした。」

限られた時間を有効に使い、WEリーグのことを調べ理解しようとした彼ら・彼女らに、どのような苦闘があったのかについても当事者の声をご紹介します。

前畑有那さん 

大学生53チームが参加するコンペディション

スポーツ政策学生会議(Sport Policy for Japan:S P J)は、2011年に大学生による日本のスポーツ政策やスポーツ産業振興策についての研究成果を発表し議論する場として始まりました。学生同士でスポーツ政策やスポーツビジネスについて議論し、スポーツマネジメントやスポーツ政策などの研究者とスポーツに関わる実務家による評価・表彰を行っています。

2022年大会は53チーム(22大学・学生278名)が参加。最優秀賞は、「伝統的なさんさ踊りと D リーグの自在な身体表現を掛け合わせることで、踊る楽しさの共有、地域住民の繋がり、新たなコミュニティの創造を持続的に図り、岩手県民の心の復興を促進する案」を提示した、立教大学松尾ゼミの「震災復興×ダンス×ファントークン『岩手 MiraI さんさプロジェクト』」が受賞しました。 

WEリーグの魅力や手法を探す

明治大学商学部 総合学際演習の澤井和彦ゼミナールの発表はWEリーグの盛り上げを主な目的としました。取材のまとめ役を務めてくれた須山拓哉さんは、このように発表までを振り返ってくれました。

須山拓哉さん

「当初はWEリーグがJリーグと同じように地域貢献活動を積極的にすれば良いのではないかと考えて、この取り組みを始めました。Jリーグは地域貢献活動で成功しているからです。でも、調べていくと、WEリーグとJリーグでは歴史が違いますし、地域貢献活動で注目を集めるのは大変だと感じました。そして、Jリーグの場合は地域貢献活動に加えて競技力の魅力を強く打ち出すことができていました。そのようなこともあって、JリーグにはないWEリーグの魅力や手法を探すことを意識して進めました。」

では、まず、発表をご紹介します。発表時間は15分なので、研究背景から提言までをコンパクトにまとめなければなりません。

社会課題と女子プロスポーツの現実に着目

企業がジェンダー平等やSDGsに取り組む動きが広がっています。スポーツ界では女子選手の参加率は大幅に改善されているものの団体競技の女子プロスポーツは未成熟。WEリーグの観客数は目標に到達しませんでした。

特に興味深い視点はジェンダーギャップ指数とF I F Aランキングの相関です。強豪国のほとんどは、日本よりもジェンダーギャップ指数が上位であることがわかります。そのことから「WEリーグの成功が女性の活躍推進の後押しになるのではないか」と、WEリーグの社会的意義を考えたのです。

まずは、インタビュー調査を糸口に課題を把握しました。女子サッカーのポテンシャルは大きいと考えました。なぜなら、東京2020ではキャパシティの大きな日産スタジアム(約7万2千人収容)、国立競技場(約6万8千人収容)で開催された女子サッカーのチケットは完売(実際は無観客試合で開催)しているからです。

ただし、「高さ」「速さ」「強さ」といった近代スポーツの特徴を打ち出しにくく、競技力を男子と比較されると不利な面があるという点も重要な特徴と考えました。そのため、WEリーグは、スポーツエンターテイメントとしての強みをサッカーファン、スポーツファンに感じてもらいにくいという現状があるのです。

女子スポーツならではの付加価値を検討

そこで、競技力以外の女子スポーツならではの付加価値を検討することになりました。WEリーグではWE ACTION DAYを実施しています。

WEリーグは2021−22シーズン総括でWE ACTION DAYに「ジェンダーの要素を追加することを推進する。」と発表しています。1年目のシーズンは、実施内容にばらつきが大きく、リーグ全体での注目を集めきれていない現状を把握しました。

そのようなことから、まだまだ日本では十分な関心が高まっていないジェンダー平等に向け、WEリーグが先陣を切ることに意義があるのではないか……WEリーグの盛り上げ、そして、日本のジェンダーギャップ解消にも役立つ手段ではないかと考えました。

課題を整理した後、次のステップに進むために彼ら・彼女らがおこなったのは女子サッカー・クラブへのヒヤリング調査です。スフィーダ世田谷FCの役職者から情報を得ることで、具体的な提言策を見出す糸口を探りました。

WEリーグの強みは時間にあるのではないかという仮説

スフィーダ世田谷FCは地域貢献活動に熱心なクラブとして知られますが、アマチュアチームであるがゆえの時間的制約を受けることを把握しました。それならば逆に、WEリーグの選手たちは、アマチュア選手よりも地域貢献活動に時間を割くことができるのではないかという仮説が生まれました。ここに強みが生まれるかもしれません。

続いて、アメリカやスペインで実現できている地域密着の理由を把握しました、ここで大きく鍵を握っているのは数です、両国の場合はプレイヤー数や会員数が大きな役割を果たしています。それが、日本との大きな違いです。その違いを理解した上で、日本ならではの地域密着方法を探る必要があるのではないかというのが提言のテーマとなりました。

違いを埋める方法を探索する中で気がついたのが、地域の人々と多くの接点を有している地域のスポンサー企業の力です。スフィーダ世田谷FCの場合は食品スーパーマーケットとして店舗数100以上も展開するサミットストアの存在は地域との関わりを深めるための大きな資源となっています。このサミットストアのC S R(地域コミュニティとの共生等)でスフィーダ世田谷FCの存在を積極的に活用してもらっています。これがヒントになりました。スフィーダ世田谷FCは100店舗以上のサミットストアを通じて、地域とつながっているのです。

ここまでが初期の調査です。ここからメンバーの議論が始まりました。

議論の結果、理念やビジョンと課題を照らし合わせ「社会貢献や地域貢献の観点を重視してブランディングを図ることが長期的な視点で重要」という考えに至りました。そして、ソーシャル・スポンサーシップ(企業が費用を負担しスポーツ組織と二人三脚で企業や社会の課題を解決していく協賛方法)が、これに役立つのではないかという仮説に進みました。Jリーグでは、これを活用した「シャレン!Jリーグ社会連携」を活発に行なっています。では、WEリーグでも同様に行えるのでしょうか。

もう一つの検証はジェンダーギャップの解消

ジェンダーギャップの解消については、アメリカ女子プロサッカーN W S Lの例を研究しました。現在、N W S Lは、最もファン・サポーターから支持を集めている女子プロサッカーリーグです。コンスタントに大観衆を集めているのが特徴です。

ジェンダーギャップの解消が進んでいると思われているアメリカですが、近年まで「男女のサッカーの給与格差」が存在していたことを把握。そして2022年に代表チームで活動する選手の報酬を男女同一にする内容の新たな労働協約の締結に、男女それぞれの選手会と合意しました。このニュースは、アメリカ全体のジェンダーギャップの解消の動きを象徴する出来事となりました。これは重要なヒントになりました。

さらに、スウェーデンでは地域活動での積極的な働きかけにより、選手が地域のアイコン的存在となり子どもたちの憧れの的になっている例を把握しました。つまり、地域貢献活動は「選手の負担」となる活動ではなく「選手に役立つ」活動であると考えたのです。

時間を強みに「ホームタウンのクラブ愛」を醸成することで継続的なファンを獲得へ

そこで導かれた提言は地域貢献活動を繰り返し「ホームタウンのクラブ愛」を醸成することで継続的なファンを獲得することができるのではないかという考え方です。その結果、WEリーグが目指すジェンダーギャップの解消にも役立つという流れです。

それをどのように実現するかという課題については地域活動をさらに推進することが重要であると示しました。プロ化により選手は、こうした活動に、より時間を費やすことができるのではないかと考えたのです。それは負担ではなく自らのために大きく還元される活動であると。そして、アメリカやスペインではプレイヤー数や会員数が強みでしたが、WEリーグは地域活動に費やせる時間を強みにできると考えたのです。

「社会が抱える課題を見つけた企業がスポンサードして協賛の費用を負担し、スポーツクラブ等と一緒に解決する」活動がソーシャル・スポンサーシップです。

WEリーグ・クラブはソーシャル・スポンサーシップを推進することで、地域活動を企業活動と一体化し、その結果、スポーツメディア以外のメディアから取り上げられる機会が増えるのではないかとも考えました。

こうして地域での認知を向上することで地域のアイコンとなり憧れの的となる道が拓けていくというのです。当然、スポンサー企業の側にも大きなメリットがあります。

ソーシャル・スポンサーシップによる地域活動を行なっているチームは存在しますが、彼ら・彼女らの目には、もっと積極的に大きく展開できるのではないかと映りました。そして、こうした活動がチームの価値向上やファン獲得に役立つ点について、広く共通理解を進めてほしいと考えています。

予想以上の試行錯誤が必要だった調査と議論

提言に至るまでに、多くのアイデアが飛び出し、そして、捨てていったそうです。彼ら・彼女らは、どこで、この提言の結論を出したのでしょうか。須山さんに聞いてみました。

「最も参考にさせていただいたのはスフィーダ世田谷FCの副代表の張寿山さんのお話です。スフィーダ世田谷FCは女子サッカークラブが抱える経営課題をソーシャル・スポンサーシップの活用で解決したいと考えているということを理解できました。WEリーグのクラブは、なでしこリーグのクラブ以上に、こうした方法を採用しやすいのではないかと考えました。WEリーグだからこそできることだと思います。」

アマチュアクラブの環境で推進してきた方法をプロクラブならばさらに拡大できるのではないかという視点です。

「提言に至るまでの時間はかかりました。インタビュー調査で浮かび上がった課題解決の方法を調べ、アイデアを先生に提案しましたが何度もやり直しました。」

須山さんのコメントを受けて石橋瑛美さんにも聞いてみると、当初は単発的なアイデアが多かったと振り返ります。また、クラブにこれ以上の費用負担をできるのかという点もハードルになったようです。

「『イベントを増やす』というアイデアもありましたが、これ以上に増やすのはどうだろうか、『WEリーグの観客数の実態に合ったスタジアムを建設した方が良いのではないか』という話も出ましたが、実現可能性の面で見送りました。」

江頭亮太さん

江頭亮太さんは「WEリーグの強みを探していきましたが課題が多い印象を受けました。」と振り返ります。前畑さんは参考事例を探すのに苦労しました。

「女子サッカーに関する論文も探したのですが『これだ』という成功例を海外でも見つけ出すことができなかったので、参考にできるものが少なかったです。」

JリーグとWEリーグの情報発信に差を感じた

明治大学商学部 総合学際演習の澤井和彦ゼミナールでは、以前に川崎フロンターレをはじめとするJリーグクラブの地域貢献活動の調査をしています。今回は、その経験も活かしながら進めました。

「川崎は取り組みの数も多く地域密着型クラブの中で群を抜いています。WEリーグのクラブも、より積極的にできるのではないかと強く感じました。」と、江頭さん。

Jリーグの観戦経験が多いという佐子稜真さんは、活動の数だけではなく、JリーグとWEリーグの情報発信に差を感じたと言います。

「Jリーグ・クラブはしっかりと発信している印象が強いです。川崎フロンターレの地域貢献活動をネット検索すると、とてもたくさん表示されます。WEリーグ・クラブの場合はニュース記事で表示される数が少ないだけではなく、公式サイトでの掲載も検索結果に表示されることが少なかったです。公式サイトのトップページから、いくつもリンクを辿って探し続けないと具体的な取り組みが見つからないことも多かったです。」

佐子稜真さん

石橋瑛実さんは、取り組みの途中で意外なことに気がつきました。

「アメリカはジェンダーギャップの解消が進んでいる印象だったのですが、ついこの間まで問題があり男女代表チームの給与格差が解消されたのが2022年だということを知ることができました。また、地域貢献活動をすることで選手が憧れの的になるという事例を知ることもでき、わたしたちの提言の中に生かされました。」

石橋瑛実さん

WEリーグに関しては理念やビジョンの対象を女性に絞ている印象を受けました。だから、私たちも、対象を女性に絞った提言を議論しました。ただ、今、集客が思うように進んでいないことを考えると、中長期的な取り組みとは別に、短期の集客では、これまで女子サッカーを応援して下さった層にも力を入れても良いのかもしれないとも思います。」

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