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クラブのビジョン、バリュー(価値)に共感し、それをピッチ上でどのように表現していくかを考えるのが監督の仕事 選手たちには「もっと自分を信じなさい」と言っています 神川明彦監督(スフィーダ世田谷FC)

スフィーダ世田谷FCが2022プレナスなでしこリーグ1部を優勝しました。スフィーダ世田谷FCは、トップチームからアカデミー(ブラインドサッカーを含む)まで約200名がプレーする日本最大規模の女子サッカークラブ。そのトップチームを率いたのは就任2年目の神川明彦監督です。今回は神川監督にシーズンを振り返っていただき、スフィーダ世田谷FCの強さと「フットボールの魅力」について考えます。

長友佑都選手を育てた大学サッカー界の名伯楽

神川監督は1994年から2004年まで明治大学体育会サッカー部コーチ、2005年から2014年まで監督を務め43年ぶりの関東大学サッカーリーグ戦優勝、51年ぶりの全日本大学サッカー選手権大会優勝、Jクラブ2つを撃破した天皇杯全日本サッカー選手権大会ベスト16進出等の実績を残した大学サッカー界の名伯楽。長友佑都選手を育てたことでも知られています。

初めて女子サッカーチームの監督に就任。2020プレナスなでしこリーグ2部を優勝して勇退した川邊健一監督(現・G M/アカデミー総監督)の跡を昨シーズンに継ぎました。第5節までを2勝3敗と負け越しスタート。前半戦は苦闘が続きましたが後半戦は負けなしが続き12勝5分5敗の2位で終えました。

今シーズンはシステムを4−3−3から4−1−3―2に移行。ボールを奪うために相手ボールを誘導する場所も変更し、川邊さんの作ったサッカーを少しずつアレンジして勝ち点を積み重ねていきました。16勝2分4敗の見事な戦績です。強度が高く縦に速いサッカーに新たな選択肢も加え「強くて上手い」スフィーダ世田谷FCのサッカーを磨き続けました。

最優秀選手賞を受賞した大竹麻友選手は、今シーズンの自分のプレーをこのように振り返りました。

「ボールを受ける回数を意識しています。今シーズンはチームとしてつなぐことを意識して取り組みました。」

最優秀選手賞を受賞した大竹麻友選手

2022プレナスなでしこリーグ表彰式で、川邊さんへの感謝のスピーチをされたことが強く印象に残りました。

神川川邊さんは2001年にクラブを作り、ジュニアユースからスタートして、最後にトップチームを作りました。スフィーダ世田谷FCは(育成年代を軸にした)日本のサッカークラブにはなかなかない正真正銘のフットボールクラブだと思っています。一度も降格せずになでしこリーグ1部に引き上げたのはすごいことです。川邊さんは偉人です。

女子サッカーへの先入観や前情報に惑わされた就任1年目

神川監督の就任当初はピッチ上のサッカーがスムーズではなかった印象があります。いかがですか?

神川すごく考えちゃいましたね。就任に際しては、女子サッカー界への先入観や前情報がたくさんあり、それを拭えず、なかなか自分らしくやれなかったですね。夏にリーグ戦の中断があり、中断明けの7試合で開き直れたことから自分の色を出せるようになりました。8月上旬に大宮アルディージャVENTUSと練習試合をして手応えを掴みました。勝たないと監督は信頼してもらえないので、やっぱり選手を勝たせないといけません。

先入観や前情報とはどのようなものなのでしょうか?

神川女子サッカーの選手は「こうじゃなきゃダメ」と指導されることが多いようですね。いろいろな人から「女子は『こうしろ!』と言わないと上手くいかない」と言われました。でも「フットボールって、そもそもそうじゃないよな」と僕は思っています。根源的な話ですが、フットボールはプレーする自分が楽しいからやるスポーツです。世界中に普及している理由は、試合が始まれば誰からも指図を受けずにプレーできるところにあります。選手が状況を瞬時に判断してプレー選択していくことで喜びと面白みが生まれます。それを奪う権利を僕は持っていないと思っています。例えば、僕は長いボールを使った攻撃を否定しないし、下からつなぐだけの攻撃が良いとも思っていません。選手が選択できる攻撃のバリエーションを増やしていきました。

高い位置にディフェンスラインを敷いて奪い切る守備が優勝の原動力になったと思います。どのように守備を整備していったのでしょうか?

神川守備は川嶋珠生コーチが、昨シーズンにユースの指導で磨き上げてきた指導力によるものです。1月のU−18(JFA第25回全日本U-18女子サッカー選手権大会)でベスト4に進出しました。最終ラインがハイラインで統率されていてJリーグ下部のチームが苦しんでいたので「これだ!」と思いました。最終ラインは彼女に任せて整備しました。

川嶋珠生コーチ

今シーズンの前線の選手では大竹麻友選手が最優秀選手賞を受賞されました。昨シーズンよりもスムーズにボールが動いてように感じました。連携についてはいかがでしたか?

神川大竹は動きたい選手なので2トップの方が良いですね。2トップを組む堀江美月が全試合に出場して、さらに交代で活躍を計算できる樫本芹菜と村上真生もいるので、常に一定の回答は出してくれました。特に伊賀FCくノ一三重戦(第20節)の大竹の2得点は見事でした。トレーニングでやってきた形だったので嬉しかったです。

神川ウチは練習時間を長く取れないので、僕はミーティングをあまりやらないし、練習でもたくさんの説明をしません。練習内容、ルール、ポイントをP D Fファイルにして、事前に選手たちに送っています。大竹は練習内容を読み込んでから当日の練習に参加する選手の一人です。

練習が始まれば、僕からは修正をあまり入れずに選手が考えてやっています。僕は「自主性」と「自立」を選手に要求しています。

Photo by Ke Twitter→@ke780kx5 instagram→@ke_photo410

選手の成長につながったWEリーグのチームと練習試合5連戦

神川中断期間にWEリーグのチームとテストマッチを重ねる中で、一つ一つ課題を解決していきました。その結果、クライマックスの4連勝をすることができました。意図的な形で崩して得点できるようになりました。

練習試合で対戦した日テレ・東京ヴェルディベレーザの若い選手たちはボールを奪われようものなら反則スレスレで奪い返しにきます。実は、そういう試合を経て、マインドセットが変わらなかったときがあって、たった一度だけ「WEリーグのチームと試合をやって、何も感じなかったの?」と話したことはありました。「ボールを持たずに試合をすると面白くないでしょ」とも言いましたね。WEリーグのチームとの5連戦は勉強になりました。そのあたりからボールを大事にして試合をできるようになって、ボールを簡単に失わなくなりました。選手は自信をつけていきました。奪われたら奪い返すことを当たり前のように本気でやれるようになったと思います。

後半戦はコンパクトなサッカーをできたと思います。中断期間の前は、首位の伊賀FCくノ一三重と勝ち点差が4つ開いていました。でも、最終的には勝ち点4の差をつけて優勝しました。8ポイントの逆転をしたことになります。

いつもはWEリーグを見る人でも「スフィーダ世田谷FCは強い」と印象を受けたのは、陣形のコンパクトさからだったかもしれませんね。シーズンを通して監督の計画通りにチームづくりは進んでいきましたか?

神川夏の中断期間を巧みに利用することは、明治大学の監督時代から得意です。「後期の明治」と呼ばれていました。長友佑都がデビューした年の前期は8位でしたが、後期は10勝1分けで3位まで追い上げました。今の明治大学は、僕が監督だったときとは違って春から強いチームですけどね(笑)。

僕は課題を解決して改善していくのが得意です。選手に考えさせるサッカーだから時間を要するのかもしれません。最初から「このサッカー」をと、あまり決め込まないからかもしれません。リーグ戦は開幕直後の成績が良くても、終わり方が悪いと印象が悪いですからね(笑)。最初に苦しんでも、後半に伸びて連勝して終わると印象が良いし、選手が成長して終われると思います。

クラブと一緒にサッカーを共創していくのが理想的な監督

明治大学の監督時代のインタビュー記事を拝見すると「校訓および教育方針に沿った活動」という発言がありました。スフィーダ世田谷FCはクラブチームです。大学チームとの違いで意識されたことはありましたか?

神川スフィーダ世田谷FCはM V V(ミッション、ビジョン、バリュー:使命、理念、行動指針)を刷新しました。「『スフィーダ(挑戦)』を通じて、世田谷をもっと楽しくする。」これがビジョン(夢)。監督は、それに則ったチームづくりをするのが大前提です。監督は、クラブのビジョン、バリューに共感し、それをピッチ上でどのように実現していくかを考えて、日々のトレーニング・メニューに落とし込んでいきます。そして、選手が週末に表現できるように22試合を繰り返していきます。クラブと一緒にサッカーを共創していくのが理想的な監督の仕事です。

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