彗星の如く現れたポルトガル女子1部リーグ昇格の立役者 和田奈央子選手(ランクFC)
欧州の冬の移籍は難しいといわれます。秋春制のシーズン途中での加入。チームに馴染んで、残りの半年で結果を出さなければならないからです。そんな欧州・ポルトガルで見事に結果を出した選手がいます。和田奈央子選手(ランクFC)です。冬の移籍から5ヶ月間のプレー……実際は2ヶ月間しかプレーしていません。しかし、攻撃の要として活躍し、チームを来シーズンのポルトガル女子1部リーグ昇格へ導きました。

ブラガの教会 提供:和田奈央子選手
ランクFCのホームタウンは北部の街ブラガ。古代ローマ時代からの歴史があり、街には数多くの教会があります。「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、そしてブラガは祈りの町である」という有名な言葉がポルトガルでは知られています。和田奈央子選手によると「朝8時から時間の数だけ鐘が鳴る」街。キリスト教が生活に密着しているポルトガルで「信じるものがあることの重要さ」を感じたそうです。

海抜400mの丘の上に建つボン・ジェズス教会 提供:和田奈央子選手
ヤングなでしこ(FIFAU-20女子ワールドカップ日本2012)、浦和レッドダイヤモンズレディース、ノジマステラ神奈川相模原でのプレーから、左サイドバックの印象が強い和田奈央子選手は、ポルトガルで、どのようなプレーをされたのでしょうか。
強みを生かしてトップ下でプレー
和田—ポルトガルではトップ下をやっていました。スペースを見ながらパス交換、ディフェンスラインの裏へのスルーパス、サイドチェンジの特徴は出せました。スペースを見つけられる私の強みが生かせました。
ただゴール前については自分でこだわりを持てていなくて得点を取れなかったです。意識を変えていかないといけないと考えています。前めのポジションは数字が大事だと感じます。
—ここでいうスペースはディフェンスラインの裏のことですか?選手と選手の中間のスペースのことですか?
和田—どちらもです。相手が食いついてきたら裏のスペース。食いついていなかったら、パスをフォワードの足元につけて、一度、自分が受け直してからフォワードにターンさせることを狙ったりします。そういうプレーの選択で、自分の特徴を出せたと思います。ポルトガル・サッカーのディフェンスは、とてもよく食いつくので、ディフェンスラインが高かったりします。裏をとるのは面白かったです。
それと、ディフェンダーの足がよく出てきますね。日本人のディフェンスだと、相手に前だけは向かせないやり方をしますが、ポルトガルはボールを刈りに来る印象が強いです。カバーリングよりも一対一で守ろうとします。カバーに来ない分、スペースが空きまくりのこともありました。日本とポルトガルの違いは面白かったです。
—何を評価されてトップ下起用になったのでしょうか?
和田—チームには、足元が上手い選手が、あまりいませんでした。展開力に課題はあるけれど、ゴリゴリ突破出来るチームでした。真ん中でゲームを作る選手が必要だったのだと思います。加入するときから「前めの中盤で」と言われていました。事前に動画を見て、自分のプレーの特徴を理解してくれていたのだと思います。
実際にやってみると、トップ下はめちゃめちゃ楽しかったです。真ん中でプレーすると、ゴールにより近いし色々な選択肢があります。
ポルトガルリーグ2部??Lank FC Vilaverdenseと契約しました⚽️
ポルトガルリーグへの日本人女子選手の挑戦は初めてなので少し緊張もありますが、とてもワクワクしています☺️https://t.co/jFYXuvXGPB pic.twitter.com/9pEaEH6Xbw— Naoko Wada / 和田奈央子 (@pi_pi_pi_123) February 3, 2021
—1部リーグ昇格を争うクラブに、シーズンの途中で加入された、いわば「助っ人」となるわけです。トップ下で見事に活躍されて1部リーグ昇格を決めた。これは凄いことですね。
和田—ありがとうございます。チームメイトは感極まっていました。喜び方は凄いですよ!騒いで踊って歌ってみたいな感じです。「ナオも踊ってよ」と言われるのですが、リズム感が違うじゃないですか。まあ、なんとなく踊りました(笑)。酔っ払っていて、あまり覚えていないです(笑)。街では新聞の一面に昇格が掲載されたりして、大きく報じられました。
—浦和レッドダイヤモンズレディース、ノジマステラ神奈川相模原でプレーした後に、海外に出られたのには驚きました。なぜ、海外でプレーしようと思われたのですか?
和田—JFAアカデミー福島では、毎年、海外に遠征を行います。それを経験して、その頃から、海外でプレーしてみたい気持ちがありました。プレーするだけではなく、外国人とコミュニケーションを取るのが楽しいと思っていました。言語が違う、色々な価値観がある……。大学を卒業したら海外へ行こうと思っていた時期もありました。
26歳まで国内でプレーして「このまま海外に行かないままで引退するのかなー」と思いはじめました。国外に一歩を踏み出さずに終わるのが嫌だと思っていました。
そこで、2020年にオーストラリア・NPLニューサウスウェールズ女子のマンリー・ユナイテッドFCに移籍しました。代理人にお願いせず、自分で移籍交渉をしました。自分で動画を作って、Wordで履歴書を書いて……。ただ移籍後3ヶ月でロックダウンして試合が中断してしまったので帰国してしまいました。
その後、なかなかオーストラリアの国境が開かないので、次はイングランドに行きました。英語の勉強をしたかったし、国内で待っていても仕方ないからです。3部のチームに登録して練習と試合をできる環境を得ました。ロンドンには日本のサッカースクールがあります。そこでコーチもやりました。4ヶ月間で色々な経験をしましたね。
2020年の12月に帰国して「来年はどうしよう?」と思っていました。焦りはありましたね。まず「サッカーどうしよう?」と思いました。引退するかどうか……でも運よく、2021年に入ってからポルトガルのランクFCに決まりました。このときは、親に、ちょっとだけ反対されました。今まで、何をしても反対されたことはありませんでした。でも、今回はCOVID―19(新型コロナウイルス感染症)が理由。健康に関わるので、初めて反対されましたね、ちょうど、欧州で感染が拡大していた時期でした。
事前に抱いたイメージとノリが違ったポルトガル
和田—ポルトガルは、空港に着いたときから日本とは大違いでした。困って立っていたら、すぐに話しかけてくれる人がいました。色々と助けてくれました。外に出ると、また話しかけられました。「どこから来たの?」「サッカーしに来たんだよ。」「おお!まじ!?」みたいな会話になって……日本では、こんなことないですよね。
ポルトガルはラテン系だからウェイウェイ来るのかと思っていたのですが、そうではなくて、静かで優しくて真面目な人が多いです。人の距離感も良い感じです。事前のイメージとは違いましたね。
—ポルトガルでは濃厚な5ヶ月間でしたが、振り返ってみてご苦労はいかがですか?
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