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マラドーナの「見る力」にドキーーーー! 南米に渡り同じチームでプレーした亘崇詞監督(岡山湯郷Belle)が至近距離で感じた凄さ

「マラドーナさんってこの守備戦術にはこれが効くってことを一番解っていた選手ですよ」と力を込めて語っていただいたのは、岡山湯郷Belleで監督とGMを兼任される亘崇詞(わたり たかし)さんです。亘崇詞さんといえばJ SPORTSの人気番組「Foot!」で、南米で学んだ技術や知識を数多く視聴者に紹介されてきたことでも知られています。そして、亘崇詞さんはマラドーナと最後にプレーした日本人。しかも同じチームでプレーされています。日本国内で知られたプレーヤーだったわけではない亘さんがアルゼンチンに渡り、どのようにマラドーナとの接点を増やしていったのでしょうか?そして、ドリブルだけではない、マラドーナの本当の凄さとは?

映画「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔」より ヨコハマ・フットボール映画祭で一足早く2021年1月に上映されます。

「神の手」「5人抜き」等、数々の伝説を残し、アルゼンチンに栄光の日々をもたらしたディエゴ・マラドーナが、20201125日(現地時間)に逝去。数多くのメディアが追悼記事を掲載する中、 #女子サカマガ は亘崇詞さんに緊急インタビューを行いました。

亘崇詞さんはマラドーナの功績を語るにあたってFIFAワールドカップ1986メキシコ大会(優勝チーム:アルゼンチン代表)とFIFA女子ワールドカップ2011ドイツ大会(優勝チーム:なでしこジャパン)を重ね合わせて説明します。なぜなのでしょう。このインタビュー記事は、読めば読むほど深い沼にハマるマラドーナ論となっています。そして #女子サカマガ のインタビュー記事ですから、もちろん女子サッカー指導者としての視点が盛り込まれています。予定時間を超過して盛り上がったインタビュー取材の雰囲気もお楽しみください。

亘崇詞さん

 地元から女子サッカーの監督のお話があるなんて思ってもみなかった

亘–岡山のために何かしたいと思って、今は岡山湯郷Belleの監督をやっています。岡山湯郷Belleは、今は3部に相当するプレナスチャレンジリーグで戦っています。岡山県には、岡山湯郷Belleと吉備国際大学Charme岡山高梁があります。一時は、どちらもプレナスなでしこリーグ1部で戦っていましたが、僕の子供の頃の岡山県はサッカーが盛んな場所じゃなかったです。岡山湯郷Belleのホームスタジアムも岡山県美作ラグビー・サッカー場といって名前の前に「ラグビー」がついています。僕の出身校はラグビーが強い学校でした。今でもラグビースクールを見ると、女の子も男の子も芝の上でラグビーをプレーしています。岡山県では野球とラグビーは、アルゼンチンのサッカーのように普及の土壌ができています。今後は女子サッカーもそういうものにしていきたいと思っています。岡山湯郷Belleは天然芝2面と人工芝が2面の、とても良い環境でトレーニングをしています。

岡山県美作ラグビー・サッカー場

亘–僕は中国の広東省の広州女足で監督をやらせてもらいました。そこも練習グラウンドが天然芝5面くらいある。広東省のサッカーには、男子の広州広大とか「金満」のイメージがあるのですが、実は、昔から良い選手を作る地域です。当時の広州女足は2部リーグだったのですが、そのときに育ってくれた選手が3人、中国女子代表に選ばれ、キンチョウスタジアムで行われたリオ五輪アジア最終予選予選でなでしこジャパンと対戦する試合に出場することになったんです。試合の前に選手が僕のところに挨拶に来てくれて、僕としては「日本に勝つなんて10年早いと思え」と思って送り出したつもりが、中国女子代表がなでしこジャパンに勝っちゃって、なでしこジャパンは出場権を失って、その子たちがリオ五輪に行くことになっちゃったということがありました。それが、僕も日本に帰ってこようかなと思ったきっかけの一つになりました。中国が本気を出したら日本の女子サッカーも再び厳しい時代が来るんじゃないかって、偉そうだけれども僕に危機感があって。そんなとても良いタイミングで岡山湯郷Belleからオファーがあって、今に至っています。日本の女子サッカーは男子よりも結果を出せるポジションにいると思うので、それを絶やしちゃいけないと思っています。

リオ五輪アジア最終予選予選(キンチョウスタジアム)2016年2月29日~3月9日

 —WEリーグの誕生について、亘さんは、どのように思っていますか?

亘–女子がサッカーで働ける場所、目標が出来ることが大きいと思います。女子サッカー選手には、何回かの節目がやってくるんです。男子と一緒に楽しんできたけれど中学生になったときに「このスポーツを続けようか?」と考える、高校を卒業するとき「辞めようかな?」、大学卒業で就職するときや結婚を考えるとき「辞めようかな?」……そこにプロリーグという目標があると、少しでも辞める人が減るというのはWEリーグの大きな役割だと思います。

アルヘンティノス・ジュニアーズのように選手を育成できるクラブに

亘–ウチのクラブ(岡山湯郷Belle)は3部リーグです。でも、毎年、選手が海外に移籍したり1部リーグ、2部リーグに移籍したりしています。環境が良いから、選手が育ってくれるクラブです。木龍七瀬選手が韓国からプロに誘われたり、豪州やブラジルなどの海外、なでしこリーグ1部などにステップアップした選手も多くいます。育てた選手が強いクラブに移籍していくのは強い国では当たり前のことですよ。でも、今までは育てたけれど「獲られ損」みたいなところもありました。WEリーグが出来ることによって、男子のような移籍金やトレニーングフィーのようなものが入ってくることがあれば、さらにクラブにはプラスになるし、親御さんも「ここで頑張れば上に行けるんじゃないか」って期待していただくことが出来る。クラブにとっても選手にとっても、親御さんにとってもプラスになると思います。マラドーナさんが最初にプロになったアルヘンティノス・ジュニアーズというクラブが、まさにそれで、沢山の選手を輩出しています。アルヘンティノス・ジュニアーズは2部落ちしたり、大変ですが育成に関しては自信を持っているクラブです。「いくら獲られても俺たちは(良い選手を)作りますよ」って自信を持っているクラブです。同じようなクラブを女子でも作れればと思います。そういう循環ができると明るい兆しが出てくると思います。それと若い選手だけではなく、木龍七瀬選手のように日テレ・東京ヴェルディベレーザでは出場機会に恵まれなかった選手に機会を提供してプレーを再生したり、前所属チームでは、それほどコンスタントに出場できなかったけれど出場機会を増やす選手がいたり、池尻茉由選手は当時は(3部だった)吉備国際大学Charme岡山高梁で十分に力を発揮していたのですが2部(当時)でプレーしたいという気持ちで岡山湯郷Belleを選んでいただいて、その後、なでしこジャパンに呼ばれたり、岡山湯郷Belleは選手の刺激になっています。女子の育成というのはユース年代だけが対象ではないんです。

映画「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔」より ヨコハマ・フットボール映画祭で一足早く2021年1月に上映されます。

マラドーナを知りたくて隠れてアルバイト

亘–マラドーナさんとの接点はFIFAワールドカップ1986メキシコ大会の生中継をテレビで見たことからです。それ以前から岡山で先輩から「マラドーナが凄い」って言われてFIFAワールドカップ82スペイン大会のビデオを見せてもらったりして、凄い人だと思っていました。小さな選手が、プレーの強弱だったりタイミングの外し方、身体の使い方一つでボールを誰よりも遠くに蹴れたり強く蹴れる、身体の当て方で大きな選手を吹っ飛ばしてしまう……。まさに、今、日本の女子サッカーが上手く活用すればいいのにと思うことをやれる人であることに衝撃を受けました。ビデオを見ているうちに好きになって、マラドーナさんが目標になっていったんです。田舎の岡山に生まれた僕が何を狂ったか、どうしても「マラドーナのような選手がどういう土壌で育ったのか?」をアルゼンチンに行って見たくて、高校時代に隠れてアルバイトをさせてもらったのが、この湯郷のあたりのゴルフ場です。そのご恩があるので岡山湯郷Belleで働かせていただいているというのもあるんです(笑)。

アルゼンチンに行ってボカ・ジュニアーズ入り

亘–アルゼンチンに渡って、まず、マラドーナさんを小学校時代に指導した指導者にお会いしました。マラドーナさんが所属していたアルヘンティノス・ジュニアーズやボカ・ジュニアーズなどのトライアウトを受けて、たまたま受かったのがボカ・ジュニアーズでした。当時のボカ・ジュニアーズはアルヘンティノス・ジュニアーズやニューウェルズ・オールドボーイズと比べるとユース年代の育成に力を入れていなかったのでチャンスだったのと、ビザ取得のサポートをしてくれたのでボカ・ジュニアーズに入ることを決めました。入って知ったのですが、寮が、以前にマラドーナさんたちがトップチームで使っていた合宿所の建物で「この部屋にマラドーナさんがいたんだなー」と、マラドーナさんに近づく出来事が起きてアルゼンチンにのめり込んでいきました。

トライアウトよりも、マラドーナゆかりの人に会いに行くことが先なのですか?

亘–そうそう、今でいう「ヲタク」というかファンの一人です。アルゼンチンでは、古本屋に行って当時の本やビデオを集めるだけでも楽しくてしょうがなかったです。なんとなく目標に向かっていると助けてくれる人が出てきて、自分の願いの実現に近づいていきます。オフシーズンにナポリからマラドーナさんが帰ってきて練習場に来ることがあったのですが、人だかりでなかなか見られなかったです。その後、僕が、これからプロになっていく頃、ボカ・ジュニアーズでは、メンタルトレーナーに「僕はなぜアルゼンチンに来たのか」とか、いつも話をしていたんです。そうしたら、セビージャでプレーしていたマラドーナさんが帰ってきたときに、メンタルトレーナーが僕をマラドーナさんに会わせてくれたんです。1993年頃から、僕はマラドーナさんと何回か会えて、今度は僕がペルーでプレーしていたときに、たまたまマラドーナさんが親善試合にやって来てサッカーを一緒にして、さらに近くでマラドーナさんを見られた! 最初は遠くで囲んで見ているところから徐々に近くで見られるようになって、最後は一番近い景色で見られて、控室も一緒でお話を出来ました。色々な場面でマラドーナさんに会えたのは僕の財産です。夢を持って、意思を持って生きていると実現に近づくんだなって思いましたね。

提供:亘崇詞さん

岡山湯郷Belleで女子選手に伝えたマラドーナのこと

亘–岡山湯郷Belleの監督に就任した当時はマラドーナさんの動画を選手によく見せていました。ボールの持ち方を見てもらったり「この選手がこれだけの仕事をすることで地域の人や国に勇気を与えたんだよ」という話をしました。マラドーナさんが60年の短い人生を終えて、今、アルゼンチン国内では「ありがとう」という声が上がっています。「アルゼンチンのために、これだけ蹴られながらも立ち上がって前に進んでいった姿」これが、それまでのアルゼンチンのヒーローと違うところです。マラドーナさんが現れるまでは、日本人が抱いているアルゼンチンのイメージは、タンゴかアルゼンチンバックブリーカーっていうプロレスの技(アントニオ・ロッカの得意技)くらいですよね(笑)。FIFAワールドカップ1978アルゼンチン大会でアルゼンチン代表は初優勝しますが、ケンペス(大会MVPで得点王)やパサレラ(主将)よりも、マラドーナが成したことは大きいんです。マラドーナはアルゼンチンという国を世界に広めたヒーローですよ。どんな人よりも国のために貢献している。

FIFAワールドカップ1982スペイン大会では何人が守備に来ても抜いちゃえ! みたいな感じでした。戦争(フォークランド紛争 1982年)でアルゼンチンが苦しんで、どんなに叩かれても前へ進んでいくんだって見せたんでしょうね。結局、マラドーナさんは、この大会では結果を出せなくて、相手のお腹にもの凄いキックをして退場して去っていくわけですけれど「負けてねーぞ」って姿でピッチを出ていく感じでした。FIFAワールドカップ1986メキシコ大会では、イングランド代表戦を、手で得点してズルさで戦って「嘘ついてまで得点して」と文句を言いそうなイングランド代表に対して、次はセンターサークル付近からドリブルを始めて5人を抜いて得点して「じゃあこれでいいでしょ、これなら文句ないでしょ!!」って決めて黙らせちゃう。フォークランド紛争後のあの凄いプレシャーの後で、フォークランド紛争の相手国のイングランド代表に対して、身体が小さくても、あんなプレーをしてしまう。凄いことです。


ヨコハマ・フットボール映画祭で一足早く2021年1月に上映される映画「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔」予告編

亘–(日本人も身体は大きくないですが)日本の女子サッカーは世界で一番を狙って良いスポーツだと思います。澤穂希さんや宮間あやさんのような人が、WEリーグに再び現れて「日本って、やっぱり女子サッカーは強いよねー」って世界から言われるようになってくれればなーと思います。なでしこジャパンは東日本大震災の直後の、あのタイミングで、日本のみんなを鼓舞するような優勝をした。スポーツの良いところって、そこだと思います。澤穂希さんは、現役最後の試合の皇后杯の決勝戦でもコーナーキックからヘディングで得点して優勝した。変な話、ずっと5連覇しても、あまりみんなの心に届かない。でもああいうタイミングで何かを成し得ることが凄いなって思いますね。

マラドーナの判断力を女子の選手に

亘–キープでも、例えば、自分の頭を使って後に背負った相手の顔の前に自分の後頭部を出せば相手にはボールは見えないんです。体が小さくても自分が持っているものを全部使えば出来ることはまだまだある。マラドーナさんの良さは「しなやかに体を使う」ところです。マラドーナさんの脚の使い方は無駄がないです。あとは足を入れる角度だけで、ボールに変化を加えられる。その工夫で、女子サッカー選手は2526歳になっても、まだまだ伸びるんです。身長が小さくてもやり方次第でバティストゥータ(1990年代に活躍したアルゼンチン代表の大型ストライカー)になれる。「小さいから」で終わったらダメだと思います。

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