WE Love 女子サッカーマガジン

日米大学スポーツ最前線「地域の人が地域の大学の試合を見に行く、応援する」は当たり前 オクラホマ大学10番 黒崎優香さんに聞く(前篇)

今回は米国の大学女子サッカーと「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」について、現地で経験されている黒崎優香さんに、お話をうかがいます。黒崎優香さんはニューウェーブ北九州レディースでプレーした後に、静岡県の藤枝順心高校に進学し全日本高等学校女子サッカー選手権大会を優勝。20172018シーズンはケンタッキー大学でプレーし、20192020シーズンはオクラホマ大学で10番を背負ってプレーしています。将来の目標は米国女子プロサッカーリーグNWSLNational Women’s Soccer Leagueでのプレーと公言されていた黒崎優香さんは、今、何を考えているのか、「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」に米国大統領選挙の影響はあったのか、そして、アクションはチーム内でどのように決まったのか、日本の大学サッカーと何が違うのかをお聞きしています。この前篇では、黒崎優香さんに米国の大学女子サッカーのお話をうかがい、米国の大学スポーツと日本の大学スポーツを比較して紹介します。

記事の後半で、日本の大学スポーツについて、お話してくださったのは静岡産業大学スポーツ振興部副部長の三浦哲治さんです。静岡県磐田市にある静岡産業大学にはスポーツ振興部という部署があります。米国の大学のような巨大なスタジアムを保有しているわけではありませんが、天然芝のグラウンド2.5面等の施設を使ってカレッジスポーツを通じた地域貢献や地域活性化等を行っています。

静岡産業大学磐田キャンパス・第2グラウンド 提供:静岡産業大学

岡島チェア「女子サッカーによって、娘さんの未来が開ける可能性が出てくる」

10月1日に掲載した「WEリーグ 岡島喜久子チェアインタビュー前篇『女子がどこまでできるか』」で、このような発言がありました。

岡島—米国ではサッカーが、バスケットボールと同じように「男の子も女の子もプレーするスポーツだ」と認識されています。(このような環境になった)大きな理由の一つは大学にサッカーチームがたくさんあることです。これには1972年に成立されたタイトルIX(タイトル・ナイン:公的高等教育機関における男女の機会均等を定めた連邦法の修正法。教育改正法第9編)の影響がとても大きいです。タイトルIX(タイトル・ナイン)の恩恵を大きく受けたのは、団体競技で選手の数が多い女子のサッカーと女子のラクロスだといわれています。例えば、男女に関わらず「サッカーが上手だと奨学金をもらって大学に入りやすい」ということが起きました。米国の大学は学費等がとても高いです。度々「学生ローン危機」が社会問題になっているほどです。「あの大学は女子サッカーで奨学金が出るらしいよ」「スカウトが来たらしいよ」・・・だから、ご両親にとっては女子サッカーによって、娘さんの未来が開ける可能性が出てくるわけですね。

黒崎優香さん

「金銭面の負担を少なくして希望することを学びたい」黒崎優香さんの進学

黒崎優香さんのインタビュー取材は、米国の大学へ進学することになった経緯や理由から始まりました。これを聞いて筆者は思いました、黒崎優香さんの進学は、まさに、岡島チェアが挙げた例に該当するのではないか。

黒崎–親からは「サッカーをしたいならば、プレナスなでしこリーグに行ったら?」と言われました。自分の中でなでしこリーグで働きながらプレーする将来像が想像できなく、そして今の自分がプロ契約を出来るとも思えなかったので進学しようと思いました。選択肢は多く、女子サッカーの強豪大学へ進学することはできたのですが、奨学金を借りて、後で返さなければならないのは大変です。男性は就職してから給与で返せると思うのですが・・・。そう考えたときに、大学に行くなら「金銭面の負担を少なくして自分の希望することを学びたい」と考えて米国留学に興味を持ちました。家族にサポートしてもらい、エージェントにお願いして留学することができました。

ケンタッキー大学から米国での大学生活を始めた黒崎優香さんは3年生からオクラホマ大学でプレーしています。移籍(転向!?)・・・米国では日本と同じようにスポーツが大学の宣伝媒体として機能すると同時に、テレビの放映権料等の商業化が進んでいます。ですから、有力な選手には「オファー」があります。オクラハマ大学はスポーツに力を入れており、特にアメリカンフットボールが有名です。大学の敷地内に8万人以上を収容する専用スタジアムを有しています。ライバルのテキサス大学戦は、いわゆるダービーマッチのような位置づけで、オクラハマ州全体が盛り上がります。ちなみに、日本で活躍したプロ野球のランディ・バース選手、プロレスのスティーブ・ウィリアムス選手はオクラハマ大学のOBです。

米国の大学にはトランスファー(Transfer)・・・移籍がある

黒崎–日本だと大学の転校(編入)は稀だと思うのですが、米国だと「進学したけれど出場機会がありませんでした」「コーチと合いませんでした」という場合にトランスファー(Transfer)といって違う大学に編入することが出来ます。自分はケンタッキー大学に入学したのですが2年目に自分を評価してくれていたコーチが辞めて新しいコーチになりました。環境は良い大学だったのですが、コーチが変わり、チームのレベルも、もっと高いところで挑戦したかったのでオクラハマ大学にトランスファー(Transfer)しました。10月の末にシーズンが終わります。学校の年度が終わるのは12月の半ばです。11月から12月半ばまでに次のチームを決めなければならず、自分には1ヶ月半くらいしか時間がなかったです。自分の授業を受けながら、次に行く大学も決めなければならない。大学からオファーがきたら、相手の大学のコーチとやり取りするのですが、そのときはクラスを多めにとっていて授業が忙しかったです。トランスファー(Transfer)したいときはオフィシャルヴィジット(Official Visit)という大学見学の制度がありますが、時間がなくて何校も行く時間がなかったです。入学のときはエージェントにお手伝いをお願いしたのですが、トランスファー(Transfer)は全て自分でやりました。

—勉強の方も変わるわけですよね?

黒崎–日本でいう単位をトランスファー(Transfer)先の大学に移行させることができるのですが、クラスによっては移行できない単位もあって、自分はかなり単位を失いました。なので、今は、5月の卒業に間に合わせるために授業を多くとっています、普通はサッカーのシーズン中は、あまり授業をとらないのですが・・・今は、勉強の方は大変ですね。最初はスポーツマネジメントを学びたかったのですが、トランスファー(Transfer)で単位を失ったので、そのままスポーツマネジメントを勉強すると、あと3年間大学にいないと卒業できないと言われました。自分は卒業後にプロサッカー選手になりたいという考えがありましたので、4年間で卒業できることがベストだと思い、今はリーダーシップを学んでいます。

—日本の大学サッカーとの違いはありますか?

黒崎—まず、シーズンが3ヶ月しかないことですかね。例年は20試合くらいあります。週に2試合です。飛行機で移動するアウエイゲームもあります。近場はバスで移動する場合もあります。今シーズンはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響で9試合しかないです。米国のシーズンは短いです。日本では、ほぼ1年間を通してシーズンですね。だからオフが短い、アルバイトが大変・・・。自分たちは奨学金をもらっているのでアルバイトはしない。特にシーズンオフは勉強を優先する。これは米国に来てから分かったことです。

米国女子プロサッカーリーグNWSLNational Women’s Soccer Leagueもシーズンが短いですね。

※日本のシーズンが長いことの弊害は、「女子リーグ連携は『パイが小さいならば大きくすればいいじゃない』Woman Athletes Project(女性アスリートプロジェクト)は難しい時代だからこその挑戦 田口禎則さん」で紹介しています。

提供:黒崎優香さん

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かつては大学が日本のスポーツをリードしてきた

米国の大学は、その地域のコミュニティの中核です。一方、日本は地方が衰退し、地域コミュニティが機能しない社会問題が表面化しています。例えば、地方の中小規模の大学は定員割れにより、半数近くが赤字経営に追い込まれています。ここからは日本の大学スポーツのお話をしていきます。

今でこそ、日本と米国では大学スポーツのあり方が違い、信じられないような大きな差が現れていますが、日本の大学スポーツは、日本社会でスポーツを楽しむ環境づくりに大きく貢献してきました。例えば、早稲田スポーツミュージアムには、早稲田大学が草創期より体育・スポーツ活動を積極的に奨励し、体育各部がそれぞれ輝かしい実績を挙げて日本スポーツ界を牽引した歴史が展示されています。その中には1933年の早慶戦「リンゴ事件」も紹介されています。選手がリンゴを客席に投げたと主張するファン6千人がピッチに乱入したというのです。それくらい、当時はスタンドに大観衆が詰めかけ、熱狂していたことを示したエピソードです。

リンゴ事件(早稲田スポーツミュージアムの展示より)

早稲田スポーツミュージアム

新たな役割を担う大学スポーツ

その後、戦後の高度成長期を経て、日本社会は東京への一極集中が進みました。地域の誇りは薄らぎ、地方の生活が衰退していきました。そんな中で高校野球は、地域コミュニティづくりに大きな役割を担っています。甲子園の試合展開に地域が一喜一憂するニュースは、今も昔も変わりません。しかし、それは例外かもしれません。人口減少、指導者不足・・・今や、地方でスポーツをするのは都会よりも難しいとすらいわれています。

そのような時代に、大学が総合型地域スポーツクラブの役割を担う動きが出てきています。札幌大学スポーツ・文化総合型クラブ「めぇ~ず」、東海学園大学「三好ともいきスポーツクラブ」、京都教育大学地域スポーツクラブ「KYO2クラブ」、「神戸学院大学 総合型地域スポーツ・文化クラブ」等、全国に広がりつつあり、地域コミュニティをスポーツの力で蘇らせようとしています。

いわた総合スポーツクラブは女子サッカーを軸にした学園型地域総合スポーツクラブの先駆者

実は、こうした総合型地域スポーツクラブの中で、女子サッカーを軸に事業を展開してきた学園型地域総合スポーツクラブがあります。その一つが、2018年12月に発足したいわた総合スポーツクラブです。どのようなスポーツクラブでしょうか。静岡産業大学スポーツ振興部副部長の三浦哲治さんに、お話をうかがいました。三浦哲治さんは静岡産業大学磐田ボニータの設立に尽力し初代監督。現在は、静岡産業大学磐田ボニータをルーツに持つ静岡SSUアスレジーナ(プレナスチャレンジリーグ)のCEOも務めます。

静岡産業大学磐田キャンパス・第1グラウンド 提供:静岡産業大学

静岡県磐田市にある静岡産業大学にはスポーツ振興部という部署があります。カレッジスポーツを通じた地域貢献や地域活性化、学生アスリートのキャリアサポートなど、安心してスポーツに取り組める環境を具現化する役割を担っています。「東海地方版NCAA(全米大学体育協会:アメリカの大学におけるスポーツ関連分野を統括する組織)」作りを目指し、指導者不足に悩む学校に学生を派遣する等を行っています。静岡産業大学が設立したいわた総合スポーツクラブはスポーツ振興部と連携しています。

静岡産業大学磐田キャンパス・第2グラウンド 提供:静岡産業大学

 三浦–いわた総合スポーツクラブは静岡産業大学の中にあり、練習環境を静岡産業大学が提供しています。静岡産業大学は天然芝のグラウンド2.5面を持っていて、地域の子ども達が芝生でサッカーを出来る環境を整えています。大学施設を提供してアスリートを地元で育てていきたいと考えました。種目は体操、トランポリン、柔道、バレーボールに広がっています。中でもトランポリン競技、タンブリング競技は、どちらも日本トップクラスの選手が多く、日本代表として世界で活躍する選手もいます。

三浦哲治さん

—モデルとしている大学やスポーツクラブはありますか?

三浦米国の大学を何度も見に行っています。日本の大学運営では米国と同じことは難しいと思っています。米国は卒業生が大学に多額の寄付をする習慣があって、チームにも多大な寄付金が入ります。実は、日本の大学の方が、米国の大学よりスポーツ部活動にお金(いわゆる自己資金)をつぎ込んでいます。米国の大学は、大学が保有しているスタジアムに多くの観客を入れて儲けを出すことで、学費として集めたお金には手をつけずにカレッジスポーツを行うやり方です。大学に、野球場があり、ソフトボール場があり、サッカー場があり・・・米国ではサッカー場に女子がたくさんいて、週末になると子どもがうじゃうじゃやって来る。米国はサッカーが女子のメジャースポーツで、娘がサッカーをしているとステータスなのでお母さんは自分が「サッカー・ママ(Soccer mom)」であることを自慢しているのです。

大学の施設を使用する方法は米国のやり方を真似できます。でも、お金の集め方は真似できないので、静岡産業大学の女子サッカーは、地元の金融機関をはじめとするスポンサーを募って、プレナスなでしこリーグに昇格を目指してきました(会計を別にする必要があるので一般社団法人 静岡スポーツユナイテッドを設立して別法人で静岡SSUアスレジーナを運営しています)。ただ、私は、米国のカレッジスポーツよりもドイツの総合型スポーツクラブが好みです。「ビジネス」というより「一般社団法人」で「スポーツはみんなのもの」という感じです。そちらの方が日本には合っているのかなと思います。例えば、フランクフルトは、スポーツ・スクールに通う地域の人たちからたくさんのお金を集めて何かをするのではなく、ブンデスリーガの大きなスタジアムに何万人ものお客さんを入れて、得た収益で柔道場を作ったりして施設の投資をしています。その収益のおかげで、地域の人たちは、かなり安価な利用料でスポーツを楽しむことができます。

スタジアムの周囲に芝生のグラウンドが広がるフランクフルト

いわた総合スポーツクラブとは別に、静岡SSUアスレジーナを中心にしたアスレジーナグループがあります。これは、どのような活動をされているのでしょうか。

三浦–アスレジーナグループは、いわた総合スポーツクラブ、静岡産業大学とは別に、静岡県内で活動している様々な種目のクラブを連携して一つのアスレジーナという名前で活動しています。アスレジーナの「アス:AS」は「All Shizuoka」です。いわた総合スポーツクラブは主に、お子さんから中高生までをスポーツで育て、高校や大学を卒業した後の生涯スポーツをアスレジーナグループとして受け持っています。

アスレジーナグループ

 三浦–生涯スポーツを受け持つアスレジーナグループの中で、静岡SSUアスレジーナは強くなったので「ここまできたら、お金を集めてWEリーグを目指そう」ということで活動しています。だからアスレジーナグループにとって、静岡SSUアスレジーナのWEリーグ入りは手段です。地域のお子さんたちがスポーツをする上での夢となる存在を創り出そうとしています。でも、アスレジーナグループの中には地域リーグでプレーする女子サッカーチームもあります。ご出産後に、またサッカーを始めた女性も含め、様々な方がプレーしています。

日本のスポーツも少しずつ変わりつつある

さて、皆さん、ここまで読んで思い出したことがありませんか?・・・。プレナスなでしこリーグでは、日本体育大学女子サッカー部を母体に誕生した日体大FIELDS横浜が活躍しています。WEリーグに参入する大宮アルディージャはFC十文字VENTUSを母体として発足させると報じられました。一般社団法人十文字スポーツクラブも既に学園型総合型地域スポーツクラブとして活動しています。「WEリーグ以降」に、日本全国各地の大学や高校が、地域の中の女子のスポーツクラブとして新しい役割を担っていくかもしれません。女子サッカーを、もっと楽しめる環境が、大学から広がる可能性もあります。米国と比較すると規模は小さいですが、日本のスポーツも大学を起点に変化しつつあるのです・・・とはいえ、その差は大きいですね。違いのベースになっているのは地域コミュニティのあり方のようです。

プロに近い環境が提供される米国の大学スポーツ

黒崎–米国の大学のトレーニング環境はプロに近いと思います。日本だとトレーナーさんがいないとか学生トレーナーという学校もあると思います。自分たちのチームには専属トレーナーがいます。フィジカルトレーナー、コンディショニングトレーナー、メンタルトレーナー、栄養士のような方もいます。米国の大学の環境は、プレナスなでしこリーグ以上かもしれません。自分たちのフィールド、アイスバス、ホットタブ、ウェイトルームもあります。試合はライブでTV中継されます。観客数は多く、大学生の選手がファンを集めるための(プロモーション)活動をします。病院を回ったり、ボランティア活動もします。SNSの使い方も試合結果を配信するだけではなく、日本と違いますね。

日本と違うのは「地域の人が地域の大学の試合を見に行く、応援する」は当たり前だということです。大学生が見に来ることが、まず多いですが、小さい子供たちが多いですね。サッカーをしている子です。ディビジョン1の大学でプレーすることを目指している子が多いので、憧れの存在になります。サインをもらいにきますね。

オクラハマ州はテキサス州と隣接しているので、テキサス州出身の人が多いです。ほとんどのテキサス州出身の人はテキサス州出身ということを誇りに思っている感じがします。自分たちは福岡県出身を誇りに思っているかというと、あまり気にしないと思うのですが、米国だと出身地のスポーツチームを応援することが習慣として根付いている。地域コミュニティの力を感じますね。

提供:黒崎優香さん

今回の前篇は、ここまでです。次回の後篇では米国人とスポーツとの関わり方について、より突っ込んだお話をご紹介します。「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」抗議行動の決定権は誰にあったのか、チーム内のミーティングはどのように行われたのか、米国大統領選挙の影響は・・・現地で経験された黒崎優香さんのお考えをお聞きしています。

(インタビュー:20201012日 石井和裕)

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