本田圭佑さんの夢、 千頭佐和子さんの想い、サッカーの魅力・・・3つをつなげた意外なキャリアと 指導者ライセンス
「バンコクは大都会で高層ビルばかりです。どんどん大きくなって、まるで東京みたいです。」バンコクの印象を、そう話してくださったのは千頭佐和子(ちかみさわこ)さん。バンコクで子どもたちにサッカーを教えています。5歳〜12歳の子どもを対象に生徒数100名以上。バンコクにあるサッカースクール・SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL THAILAND(ソルティーロ)が千頭佐和子さんの活躍の舞台です。ソルティーロ・・・聞いたことがあるかも・・・そう、2012年に本田圭佑さんプロデュースにより設立したことで話題になったサッカースクールです。タイ、カンボジア、中国・・・国内外69校に約5,000名のスクール生が在籍しています。SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL THAILANDは2017年に設立されました。
サッカースクールで指導している千頭佐和子さんは子どもの頃から強い想いを抱いています。サッカースクールをプロデュースしている本田圭佑さんは、幼い頃から夢を追いかけ続けています。そしてサッカーには、国境を感じさせない魅力があります。この3つが何を生み出し、バンコクで何が動き出しているのかをお聞きしました。
—バンコクの街のどういう場所にスクールはあるのですか?
千頭–日本人が多く住むエリアです。バンコクのほとんどの日本人は、こちらのエリアに住んでいます。駐在員の方が多い印象です。都心なので家賃は高く、高層マンションが並んでいます。スクール生のうち日本人が55%、その他が45%です。タイ人、中国人、カンボジア人・・・国籍は様々です。日系のサッカースクールがバンコクにはかなりあるのですが、ソルティーロくらいタイ人の割合が高いスクールは他にはないのではないでしょうか。日本人の子どもとタイ人の子どもが、言葉は通じないはずなのだけれど、楽しく笑って一緒になってサッカーを楽しんでいます。
—以前に「サッカーは世界の言葉」と盛んに言われていた時代がありましたが、それを思い出しました。
千頭–子供たちは、国籍とか言葉とかに関係なくコミュニケーションをとれています。子どものうちに、このような経験をすると、これからどこへ行っても、偏見を持たず様々なことにチャレンジしやすい心持ちになれると思います。
千頭佐和子さんの、ちょっと意外なキャリア、ミーハーな理由で始まったサッカーとの接点
千頭–サッカーは大学に入ってフットサルから始めました。高校生まではバレーボールをやっていました。大学に、当時、鹿島アントラーズのジーコ監督が子どもサッカー教室で来ることになりました。教室のお手伝いをできるのはサッカー部とフットサル部だと知って、私はフットサル部に入りました。ミーハーな理由です(笑)。その後、大学を卒業してから高知県の建設機械会社に就職しました。就職してからは女子サッカーチームでサッカーをしていました。チームが女子サッカースクールをやっていたので、コーチとして子どもたちにサッカーを教えることもしていました。
「不平等を無くしたい」・・・JFA公認指導者ライセンスC級取得が人生の転機に
千頭–私は、子どものときから「生まれた場所が違うだけで、その後の人生が変わってくる」という不平等に納得できない「難しい子」でした。以前から国際協力に興味があったのですが(私が行きたくても)貢献できる能力は何も持っていませんでした。ところがある日、青年海外協力隊でアフリカのスーダンで青少年にスポーツ振興を行うという募集を見つけました。青年海外協力隊の募集職種には、青少年への支援を行う「青少年活動」という募集があるんですよ。サッカー専門の隊員は高いスキルが要求されますが、この青少年活動の募集には「スポーツの指導経験がありライセンスがあれば尚良い」というものでした。私は、この募集を見つける1年くらい前にJFA公認指導者ライセンスC級を取得していました。
—海外へ行くためにライセンスを取得されたのですか?
千頭–私はサッカーを始めたのが遅かったので、サッカーの知識を頭に入れるために勉強したいという理由で指導者ライセンスを取得しました。それに、スクールでの指導にも生かせる。取得したときは、海外に行くためとは思っていなかったのですが「いつの間にか海外にいくツールを持っていた」という感じです。あれ?私、(青年海外協力隊に)行ける!?みたいな感じで(笑)。それが海外に出ることになったきっかけです。
—スーダンに行ってみてどうでしたか?
千頭–すごく良い国です。スーダンサッカー協会、ユースセンター(公民館のような施設)、学校で活動させてもらいました。サッカー協会のアカデミーでは男の子にコーチさせてもらいました。女子チーム巡回プログラムのコーチもやっていました。ユースセンターと学校では女の子を対象にバレーボールなどをしていました。学校の女の子は、全然サッカーをやりたがらなくて・・・。スーダンでは、元もと学校に体育の授業がないので、まず、体育の授業時間を学校にお願いして作ってもらいました。子どもたちは、体を動かす機会がなかったから楽しさを知らずに育って、運動をできない。そして肥満が多いという状態でした。だから、機会を作ってあげることが大事だったと思っています。
最初は高校生でも、ボールを投げるのも受けるのもできない子ばかりでした。道具がそもそも十分になかったのです。女の子は外に出ないという古い考えの人が(親世代に)いたので、休みの日も室内にいることが多く、私が行くまでは、ボールで遊ぶ女の子がほとんどいなかったです。「運動なんてしんどいし、いやいや」って感じでした。でも、そういう中にも、ちょっとだけできる子がいるじゃないですか、好奇心のある・・・。そういう子が最初にやって、ちょっとずつ、真似してやる子が増えていって、楽しいものだということは伝わっていったと思います。ちょっとずつできるようになると「あれやりたい」「これやりたい」と希望が出てきました。やっぱりできるようになることが楽しいのだなって思いました。
—今、バンコクでは、どのようなお仕事をされているのですか?
千頭–ソルティーロタイのゼネラルマネージャーとして運営全般を行なっています。青年海外協力隊の活動期間が終わった後に、ソルティーロの人材募集に応募しました。
—バンコクでは女子サッカーに人気がありますか?
千頭–タイ女子代表は、東南アジアでは強い方だと思うのですがあまり人気がないです。女子サッカーリーグはあるのですが、(街で)プレーする人はほとんどいない。どちらかというとバレーボール、バトミントン、卓球に人気があります。残念ながらスクールにはまだ、タイ人の女の子はいないです。サッカーは男の子だけではなく、だれでも楽しむことができる素晴らしいスポーツです。私が女性ということもありますので、勇気を持って飛び込んできてほしいと思います!
—指導はどのようにされているのですか?
千頭–「自分で考えて、判断すること」を学んでほしいと考えているので、考える能力をしっかりと育てる練習、そして判断することを大事にしています。(ソルティーロの)日本国内のスクールは毎月のカリキュラムを決めているのですが、こちらは駐在の関係で、2〜3年で日本に帰る子どももいるので(個々に)レベル差があり、そこが難しいところだと感じています。あとは何度失敗しても最後まで諦めず、チャレンジする姿勢。子供は「やったことがないからやりたくない」とすぐに言うことがあるのですが「できることは練習していないから」「できないからやっているんだよ」と言って一緒にやっています。できるために何をしたか?どうしなければならないのか?と考える訓練を手助けしながらやっています。例えば、どちらにボールを止めたら次が蹴りやすい、相手に取られにくいとか。対戦相手がいるスポーツでボールも動くので、一瞬一瞬で判断していかなければならないです。子供たちは考えながらやっています。
—タイ人の親御さんから好評ですか?
千頭–レッスン内容が面白いという声をいただいています。あとは、子どもたちを通わせる理由が本田圭佑というよりも、挨拶をちゃんとするとか、片付けをきちんとするとか、日本式の礼儀作法を習わせたいから通わせるという親御さんもいます。
「全ての子どもたちにDREAM(夢)を」新しい取り組み「DREAMプロジェクト」に挑戦
千頭–5歳~18歳までの女の子のみ約300名が生活する「Rajvithi Home for Girls」という施設(タイ初の孤児院がルーツ)と提携し2020年8月から「DREAMプロジェクト」をスタートしました。「DREAMプロジェクト」は、機会の不平等に直面する子どもと、私たちのサッカースクールに通う子ども、両者の自立を促し、彼ら自身が夢を追いかけるきっかけを提供するプロジェクトです。サッカー教室などを通して、様々な機会を提供することで、子供たちには「自分は何をできるか」を考えてほしいです。「やりたくてもできない」「お金がないから何もできない」をなくしたいです。これからは、サポーター企業を募って、社会見学とかもやっていきたいと思っています。参加した子たちがいろんな世界を見ることで夢ができて「この世界でやっていきたい」と考えてくれればと思います。やる気のある子ども、才能が認められた子どもには、職業訓練校へ支援を。サッカーについては、アカデミーに移動できるようにサポートできるようにしたいと考えています。「サッカーを通じて、夢を持つことの大切さを伝えたい」というのがソルティーロ発足に込められた想いです。絶対に成功させたいです。
—フットサル、サッカーを始めたこと、ライセンスを取得したこと、アフリカに行ったこと、全てがバンコクでのお仕事につながってきていますね。
千頭–サッカーがあってよかったです。サッカーがなかったら、私、今頃、どんな仕事をしていたのか・・・?特に、何をやりたいからライセンスを取得して、何をやりたいからバンコクに来てということはなかったのですが、結局、サッカーを始めたことで、青年海外協力隊に行くときに抱いた「不平等を無くしたい」という想いにつながる仕事を、こうしてバンコクでできているのだと思います。
大学生の当時、Jリーグをよく見ていたからジーコ監督に会いたかったというミーハーな理由からボールを蹴りはじめ、サッカーを覚えたいという理由で取得した指導者ライセンスが、千頭佐和子さんをスーダン経由でバンコクに導いてくれました。挑戦、夢・・・千頭佐和子さんはインタビューの中で、この単語を多用しました。そして、経験の大切さも伝えてくれました。
「バンコクの日本人学校に通う子どもたちの多くは、日本人の友達だけに住み分けされ、タイの子どもたちと関わりがないまま帰国しています。それは、せっかくの機会を生かせていなくてもったいないことです。海外で異なる文化や宗教、生活習慣を知ることで、私は、いろいろな考えを持つことができたと思います。子どものときから、それを体験できれば、この先、生きていくのに、かなりプラスになると思います。」
これから「DREAMプロジェクト」が発展していき、機会の不平等に直面する子どもと、サッカースクールに通う子どもの交流が活発になったとき、千頭佐和子さんの夢はさらに実現に近づくと思います。きっと世界各国のどこかで、千頭佐和子さんと同じように、サッカーを通して夢を追いかけている、仲間がたくさんいるのだと思います。そして、サッカーは、性別、国籍、人種、年齢を問うことなく、夢の実現や世界への扉を開いてくれると思います。
(インタビュー:2020年8月27日 石井和裕)