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演劇「フートボールの時間」を見て思う、元プロサッカー選手&現役スポーツカメラマンなあの人(えのきどいちろう)

タグマ!サッカーパック』の読者限定オリジナルコンテンツ。『アルビレックス散歩道』(新潟オフィシャルサイト)や『新潟レッツゴー!』(新潟日報)などを連載するえのきどいちろう(コラムニスト)と、東京ヴェルディの「いま」を伝えるWEBマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を運営する海江田哲朗(フリーライター)によるボールの蹴り合い、隔週コラムだ。
現在、Jリーグは北は北海道から南は沖縄まで58クラブに拡大し、広く見渡せば面白そうなことはあちこちに転がっている。サッカーに生きる人たちのエモーション、ドキドキわくわくを探しに出かけよう。
※アルキバンカーダはスタジアムの石段、観客席を意味するポルトガル語。

演劇「フートボールの時間」を見て思う、元プロサッカー選手&現役スポーツカメラマンなあの人(えのきどいちろう)えのきど・海江田の『踊るアルキバンカーダ!』百十六段目

 

 

■袴姿の女学生たちが校庭で「フートボール」

瀬戸山美咲 潤色・演出によるala Collectionシリーズvol.14演劇『フートボールの時間』の東京公演を見てきた。「ala Collectionシリーズ」は岐阜県可児市のユニークな試みで、第一線で活躍する俳優、スタッフをアーティスト・イン・レジデンスとして市に滞在させ、全国に発信する良質な演劇作品を制作させようというもの。アーティスト・イン・レジデンスの考え方は少しずつ全国に広まりはじめており、知り合いの作家が「北海道の小さな町に長期滞在して小説を一本仕上げるのを条件に住居等を提供してもらう」というのをやって、おお、それは面白いと詳細を聞かせてもらったことがある。『フートボールの時間』の場合は演出家の瀬戸山さんをはじめとするスタッフ、主演の堺小春さんらキャストが1か月、可児市に滞在して稽古を重ね、10月18日の可児公演(22日まで5回公演)からスタートしたのだった。

※以降、東京、丸亀、四日市、豊田、佐野、さいたまと巡回する予定。

では、そもそも『フートボールの時間』とは何か? これは2018年、全国高校総合文化祭(総文祭)で演劇部門の最優秀賞に輝いた「高校演劇の大ヒット作」だ。作者は「豊嶋了子と丸高演劇部」とクレジットされている。豊嶋了子(のりこ)さんは当時、香川県立丸亀高校の演劇部の顧問の先生だった(現在は別の高校に転任されている)。大正時代に撮影された同校の前身、丸亀高等女学校の一枚の写真を元に物語は構想された。袴姿の女学生たちが校庭で「フートボール」している写真だ。

100年前の女子サッカーである。そんなものが実在していたのかと驚く。FIFA公認の女子国際試合、フランスvsオランダが開催されたのは戦後の1971年、通説ではこれを皮切りに世界じゅうに女子サッカーが普及していったとされている。日本の女子サッカー史でも取り上げられるのはせいぜい戦後60年代、70年代のことだ。丸亀女学校の「フートボール」は完全にミッシングリンクだった。

『フートボールの時間』はミッシングリンクだからこそ想像の翼を広げ、大正年間のサッカー少女たちを活写した。新しいスポーツに自由を見出した女教員、ボールを蹴る爽快感に魅せられた女学生たち。「高校演劇の大ヒット作」は、総文祭のドキュメンタリーを撮影していた坂本春菜監督によって、オール香川ロケの映画『フートボールの時間』(2019年)として新しい命を吹き込まれる。これはさぬき映画祭やヨコハマ・フットボール映画祭で上映され評判を取った。

つまり、今回の瀬戸山美咲版、ala Collectionシリーズ『フートボールの時間』は人気作の再演である。僕は映像で見てストーリーは知っていたが、今回、東京公演(於・吉祥寺シアター)を見て、その物語の普遍性に感じ入った。これは永遠のスタンダードナンバーになり得る強度を有している。

演出家、瀬戸山美咲さんは公演パンフレットでこう述べている。

「この作品を潤色して演出するというお話をいただいたとき、なんて緊張する仕事なんだろうと思いました。最初に惹かれたのは、サッカーをしている大正時代の女学生の写真が現実に存在し、それが作品の出発点だということでした。それから、丸亀のみなさんにお話を伺い、街の空気に触れ、大人の物語を膨らませることを決めました。大正時代の女性を取り巻く状況についても少しずつ勉強していきました。しかし、執筆中一番思い浮かべたのは、今この瞬間も生きている女性たちのことでした。100年経って変わったこと、変わらないこと。希望はある、しかし、閉塞感もある2023年の今、この芝居で何を描けるか。どうしたら、寄り添うべき人に寄り添いながら、さまざまな年代や性別の方に届けられるか。俳優のみなさんとも稽古場でじっくり話し合いました」(『フートボールの時間』公演パンフ、前後はえのきどが略しました)

大正時代の青春物語ではなく、「100年後」の現在につながるアクチュアルな芝居にする。そのために「大人の物語を膨らませる」潤色を決意された。だからジェンダーギャップにまつわる要素が強く心に残るのだ。大正時代の女学生も「良妻賢母」教育でがんじがらめだったけど、100年経っても女性は不自由なままだなぁと。

ところで芝居を見ている間、一人のスポーツカメラマンのことがずっと僕の脳裏に浮かんでいた。

 

■元プロサッカー選手&現役スポーツカメラマン

『フートボールの時間』には丸亀の写真館の娘、青山梅子が登場する。梅子は物語上、唯一「ボールを蹴らない少女」だ。ケガで働けない父に代わって女学校行事の撮影を自分にやらせてほしいと校長に願い出る。当時、写真撮影は男の仕事だった。父に内緒で撮らせてほしいというのだ。

だから、『フートボールの時間』はサッカーをする女学生たちと、それを撮影する写真師志望の娘がストーリーの駆動力になる。僕はつい先日、個展『Here,We Are.』を見に行ったばかりのカメラマン、福村香奈絵さんのを思い浮かべていた。

 

 

福村さんは元アルビレックス新潟レディースのGKだ。今はスポーツの現場で写真を撮り続けている。僕はアジアリーグアイスホッケー、横浜グリッツのオフィシャルカメラマンを担当されている福村さんを偶然見かけ、リンクサイドで名刺交換した。10月20日から恵比寿で開催された個展はFIFA 女子ワールドカップ オーストラリア&ニュージーランド2023で撮影された作品がメインでだった。が、単なる写真展ではなく、「女子サッカーを愛する私たちの現在地とこれから」をコンセプトに交流スペースとして意図されたものだった。

 

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