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池田誠剛氏にフィジカルコーチの舞台裏を訊いた【無料】

「千両役者だけでは芝居はできない。舞台裏で働く人がいてこそ芝居ができる、という見方が仕事にも大切である」
経営の神様と言われる松下幸之助氏の言葉だが、サッカーにも当てはまると思っている。

代表メンバー発表会見でも。テレビの解説者たちのコメントでも。試合後の各メディアの批評でも出てくる「コンディション」。
コンディションは体の状態をさし、コンディショニングは体を100の状態まで持っていくこと(最悪の状態は怪我)。その「コンディション」をすべての試合で高めるために舞台裏で一年中働く人たちがいる。
千両役者となる選手たちを輝かせるための仕事とはどのようなものなのか?池田誠剛氏に訊いた。

※関連記事:池田誠剛氏に森保ジャパンのコンディショニングはどのように映った?

 

■サッカー選手の走り方の悪さ

―今年からフィジカルコーチになった蔚山現代FCが首位を快走中ですね。どのようにコンディションを仕上げたのでしょうか?

僕はビザの関係で一月中旬の合流になったのですが、合流前から蔚山現代FCのスタッフとは連絡をとって、「とにかく焦らず体をつくってから」という話はしました。
KリーグはJリーグと違って、12チームの3回総当たり、その後で上位と下位のそれぞれ6チームによる順位決定リーグでシーズンを終えるトータル38試合のリーグです。
リーグ一周目でコロナ感染者が出てバタバタはしたのですが、開幕前に作ったベースがあるので、『ゲーム体力』を気にしなくて良かったのは大きいですね。
洪明甫(ホン・ミョンボ)監督のチームフィロソフィーである「全員で闘う」というテーマもプラスに働いたと思います。コンディションの良い選手から使うことで、チーム全体の意識が上がります。もちろん、固定メンバーにも良い面はありますが、コロナ禍という状況では、固定メンバーを基本とするのは難しい。結果として我々のチームでは、試合に出場していないメンバーは一人もいません。
僕のテーマとしては、我々チームのシーズンスタート時の登録人数は24人(Kリーグクラブは30人以上と多くの選手登録している)と少ないので、怪我人を出さないことも考えていました。

―いま、誠剛さんがおっしゃられた「開幕前に作ったベース」「怪我人を出さない」ですが、我々メディアもチームスタッフの役割を整理出来ていない部分があると思っています。フィジカルコーチ、フィジカルトレーナー、トレーナーの役割とは何なのでしょうか?

トレーナーと名がつく方々は、怪我の予防や怪我を回復させて復帰させるなど身体全体のケアに重きを置いていると思います。なので、世界的にも長く同じチームに在籍することが多く、既往歴など蓄積された選手の情報も持っています。
フィジカルコーチは、サッカーの専門家としての知識を活かし、コンディショニングを作っていく。また、コーチという名がついていますから、結果に対して責任をとらないといけないポジションです。
サッカーは、手とは違って不器用な足を使ってボールをコントロールするスポーツです。さらに、ボールをコントロールしている逆の足は、必ず地面に付いていないといけない。
プレーの結果は問題なくても、身体のバランスや機能を考えると良くない動きも出てきます。
たとえば、ボールの蹴り方は千差万別ですが、身体に沈みが出るような蹴り方もあります。我々フィジカルコーチは、「その蹴り方でボールを〇〇したいのは分かるけど、〇〇を痛めるよ」といったアドバイスもします。
さらに監督の求める役割や要求も選手に落とし込みます。たとえば、サイドバック。攻撃を求めるのならば上下の運動量が必要になります。もしくは、守備重視でセンターバックのようなパワーを求めるのか。それによってトレーニングも変わります。
監督と共に、監督の目指すシステムやポジションに必要な運動量や質を把握し、トレーニングを行います。その中で、選手の動きや身体の使い方も見ながら、コンディションを管理する。その見極めを一日でも早く行うこと、指導はピンポイントに行うこともポイントですね。

 

 

―フィジカルコーチはチームが変わることが多いとなると、開幕前に就任して、いきなり選手のデータは分からないですよね?前任者からの引継ぎがあるのでしょうか?

シビアな話ですが、監督もフィジカルコーチも結果のみを見られます。自分が退任した後に、チームの成績が上向きになると、メディア含め「前任者に足りなかった部分が良くなった」と関連付けて報道されますよね?なので、前任者からデータを貰えたことはほとんどないです。ただ、僕はなるべく残したいので、トレーナーの方に情報をお渡しします。
そういった情報がない中で、頼りになるのはトレーナーさんです。トレーナーはクラブに長く在籍しているので、情報を持っています。我々フィジカルコーチは、トレーナーのサポートがなかったら絶対いい仕事できないと断言できます。選手を良いコンディションで試合に送り出すためには、トレーナーの方々とフィジカルコーチが良い連携をとれなければいけません。

―トレーナーと連携しながら、どのようにシーズンに臨まれるのでしょうか?

コンディショニングのため、シーズンがスタートする時に僕が行うのは、疲労回復能力を上げることです。疲労回復能力が備わっていないと、いくら良いトレーニングを行っても、疲労がたまり、最悪のコンディションである怪我に繋がってしまう。トレーニングして、疲労はする、でも疲労回復能力で回復して、右肩上がりでコンディションが上がっていく流れを作りたい。
そのために、有酸素能力のベースを上げるトレーニングを行います。有酸素能力は疲労回復能力に繋がります。僕の中のキーワードは疲労回復能力を最低限のところまで引き上げる。それが一番シーズンスタートして重点を置くところですね。

―その『疲労回復能力』の上げ方ですが、言葉で説明するのは難しいと思うのですが、どのようなトレーニングが有効なのでしょうか?

皆さんに分かりやすく言えば、長い距離の素走りから、徐々に距離を短くしますが、その代わりスピードは上げていく。あとは回数・本数も増やしますが、選手の体力測定の結果やプレーの特徴を考慮して選手毎に変えます。しかし、このタイミングが難しい。
たとえば、テレビを見ていても分かると思うのですが、フィールドにいる22人の選手、皆走り方が違うじゃないですか?
その中に、体を機能的に上手に使えず、怪我しやすい走り方の選手がいたとします。指導しても、走り方が体に刷り込まれてしまっていると、そう簡単には変えられません。さらに言えば、走り方を変えることだけに時間も避けられないじゃないですか。
そうなると、スプリントの本数を減らしたり、スピードをコントロールして、怪我をしないようにするしかありません。
「これ以上の負荷はかけられない。理想の100までは無理だけど、80まではコンディショ
ンをもっていける」
という判断ですね。理想は全員を100に持っていきたいが、なかなか難しい。どこかで妥協の判断も必要で、それを出来るようになってからは逆にチーム全体を良い方向に持っていけるようになりました。

→後編:
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