Jリーグファン必読のロードノベル『旅する練習』(海江田哲朗)
『タグマ!サッカーパック』の読者限定オリジナルコンテンツ。『アルビレックス散歩道』(新潟オフィシャルサイト)や『新潟レッツゴー!』(新潟日報)などを連載するえのきどいちろう(コラムニスト)と、東京ヴェルディの「いま」を伝えるWEBマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を運営する海江田哲朗(フリーライター)によるボールの蹴り合い、隔週コラムだ。
現在、Jリーグは北は北海道から南は沖縄まで58クラブに拡大し、広く見渡せば面白そうなことはあちこちに転がっている。サッカーに生きる人たちのエモーション、ドキドキわくわくを探しに出かけよう。
※アルキバンカーダはスタジアムの石段、観客席を意味するポルトガル語。
読んで損なし! 乗代雄介の『旅する練習』(講談社)
Jリーグファン必読のロードノベル『旅する練習』(海江田哲朗)[えのきど・海江田の『踊るアルキバンカーダ!』]五十三段目
立川から多摩モノレールに乗り、終点の多摩センターまで。そこから町田GIONスタジアムまではシャトルバスが出ている。3月14日、J2第3節のFC町田ゼルビア vs 東京ヴェルディ。2021シーズンのアウェー遠征は、近場から始まった。
今回の短い旅のおともは、乗代雄介の『旅する練習』(講談社)だ。この機会を待ち、満を持してリュックに放り込んだ。
1月20日に発表された、第164回芥川賞・直木賞(2020年下半期)。毎度、僕はラジオ日本の特別番組『大森望×豊崎由美 文学賞メッタ斬り!スペシャル』の予想編と結果編を聴き、選考の行方を楽しむ。この度、芥川賞を受賞したのは、宇佐見りんの『推し、燃ゆ』(河出書房新社)。ノミネート作品のなかでは、ロックバンド・クリープハイプのフロントマンである尾崎世界観の『母影』(新潮社)が注目を集めたが、『旅する練習』と同じく選から漏れている。
推しのアイドルが炎上騒ぎになる『推し、燃ゆ』、歌詞に遊び心を散りばめた尾崎の書く『母影』も興味深く、いずれ手に取ることになるだろう。Jリーグの新たなシーズンがスタートしたばかりのここは『旅する練習』の一択である。
新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた昨春、小説家の叔父はサッカー少女の姪っこ亜美との旅を発案する。地元の千葉県我孫子市から、鹿島アントラーズが本拠地を置く茨城県鹿嶋市まで数日かけて踏破する計画だ。
「利根川の堤防道をドリブルで歩く。ほとんど誰もいないし、好きな時に河川敷に下りればボールも蹴れる。不要不急の外出でも、この辺で街をうろつくよりはよっぽど感染対策になるかもしれない」
大きく息を吸い込みながら見開かれていく目。
「練習しながら、宿題の日記を書きつつ、鹿島を目指す」
「行く!」挙手して叫んだ。
語り手である叔父と、ベンチコートの裾をひらひらさせながらボールを蹴る亜美。ふたりの距離感、会話のテンポが心地よい。弱小チームのエースはもっと上達したいと欲し、叔父の日記の末尾にはその日のリフティング最高記録が記される。
小説家は道すがらの風景や動植物を描写し、利根川流域に縁のある作家、柳田国男や田山花袋、小島信夫、瀧井孝作などの足跡を振り返り、彼らの営みに思いを馳せた。
柳田が断じている感動は、努力して土地を手懐けた百姓のもので、訪れては帰るだけの気楽な旅人ならまだしも、よそ者が感じやすいものではない。小島信夫の不敵な気楽さはその感動を容易に引き起こすが、同時にそれへ甘んじることを戒めるような忍耐に対する不思議さも書き込まれている。
そして、本当に永らく自分を救い続けるのは、このような、迂闊な感動を内から律するような忍耐だと私は知りつつある。
本書における鹿島アントラーズは単なる舞台装置ではなく、物語を駆動させる重要なポジションを占める。
旅の途中、ふたりはリュックにアントラーズのキーホルダーを付ける女子大生、みどりさんと出会った。やさしさのぶんだけ繊細で、自分に自信を持てない女性である。そして、カシマサッカースタジアムのジーコ像の前。
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