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そろそろサッカーにおける「天才」を定義しよう。久保建英、宇佐美貴史、柿谷曜一朗…乱用されるJの「天才」問題を考える

日本で「天才」と騒がれながらも、欧州で思ったように活躍できないケースは少なくありません。その理由はどこにあるのか? そもそも天才とは何なのか? 西部謙司氏がグローバルとローカルの視点を交差させて俯瞰的な視野で論じます。
前半は海外と日本における「天才」の定義を明確にしつつ、メッシですら才能だけで活躍できなくなっている天才受難の時代の「天才の生きる道」について、後半は久保建英、宇佐美貴史、家長昭博、香川真司、中村俊輔、中田英寿、小野伸二、中島翔哉といった日本で「天才」と呼ばれた選手の評価をしながら、なぜ日本の環境で天才は生まれづらいのか深層にメスを入れていきます。
(文・西部謙司)

 

■日本と世界で異なる「天才」の基準

天才とは、字義どおりなら「天性の才能を持った者」であり、「努力ではそこに至らないレベルにある者」ということになる。芸術分野の天才は知性より狂気に近いと言われる。いわゆる「天才と狂人は紙一重」だが、スポーツの天才は単純に技能が特別に秀でている選手を指す。

礒貝洋光は初めてボールに触れた日に難なくボールリフティングができた。ボールとの親和性という天性の才能を持っていたのだろう。礒貝は天性の才能を生かしてJリーガーにはなったが、プロの世界で天才と呼ぶほどではなかったと思う。天才は凡人とはスタートラインが違うので、努力の量が同じならはるかに先へ行けるはずなのだが、そうはならないケースは少なくない。

フランス国立養成所の一期生、ニコラ・アネルカはいまだに最初で最大の才能といわれている。十代でアーセナルへ移籍して優勝に貢献し、レアル・マドリーでもCLを獲った。だが、それでも期待外れの元・天才というのが大方の評価だろう。同じ一期生のティエリ・アンリはアネルカに比べれば凡人だったが、プロとしての実績と評価は比較にならない。スタートラインより重要なのはゴールだ。

子供時代の「天才」というのは、実はいくらでもいる。どの分野にもいる神童のすべてが大成しないのと同じように、サッカーの神童も長じていくに従って平凡になっていく。川を転がる石のように、いつしか角がとれて丸くなるのだ。子供時分はメッシかマラドーナのようだったのに、プロになった時点で似ても似つかない選手になっている。

プロになるような選手は、だいたい子供時代は「天才」なのだ。そうでない選手も大勢いるが、プロチームなら少なくとも1人か2人は元・天才がいるものだ。元・天才少年の集まりのプロの世界で、さらに「天才」と呼ばれる選手がいて、その中には世界のトップレベルでも天才と呼ぶに値する者がいる。つまり、それぞれのカテゴリーで「天才」はいる。
宇佐美貴史、家長昭博、柿谷曜一朗、大久保嘉人などは、Jリーグでは天才選手だが、ヨーロッパでそんな評価は得られていない。日本の選手で天才に近い評価を得たのは香川真司だけで、近い将来に久保建英がそうなるかもしれないが、国内と世界で天才の基準が違うということだ。

リオネル・メッシの6歳時分の映像を見ると、やっていることは現在とあまり変わらない。プロの激流の中でも角は一切削られず、巨大な岩のまま転がり続けた。ペレ、ディエゴ・マラドーナ、ヨハン・クライフも同様。子供のときのまま、地球上で最後まで天才で居続けた本物の天才である。

 

■日本の「天才アタッカー」が海外で通用しないことが多い理由

それが天から与えられたものであれ、自らの努力で得たものであれ、才能はその選手がどこまで行けるかの指標になる。

森で鳥を獲って遊んでいたガリンシャは、プロテストでブラジル代表のニウトン・サントスをきりきり舞いさせ、「こいつとはやりたくないから契約してくれ」というNサントスの懇願でプロ契約を勝ち取った。その時点で、ガリンシャはサッカーにそれほど興味がなかったという。ガリンシャは天賦の才で世界のトップへ駆け上ったが、現代サッカーで第二のガリンシャは現れないだろう。

才能以外の仕事を求められているからだ。ガリンシャの才能があれば、世界のトップまで行ける「可能性」はある。だが、ガリンシャのように守らず、戦術を理解せず、規律も守れないのでは、現代のサッカー界でプロとしてプレーし続けるのは難しい。ボールのある2分間は息をのむような天才でも、88分間いないも同然では試合に負けるからだ。

どこまで行けるかは才能が決めるが、実際にどのカテゴリーでプレーできるかは才能以外の部分にかかっている。アタッカーなら、守備能力がプレーするカテゴリーの平均レベルにはないと出場機会を与えられない。

バイエルン・ミュンヘンが宇佐美を獲得したのは、才能に関してはブンデスリーガで十分通用すると思ったからに違いない。ただ、サイドハーフとしての守備力に弱点があり、ブンデスリーガの水準には至らなかった。あるいは、宇佐美のために特別なポジションを用意する余裕がクラブ側になかったのだろう。

 

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