「今はウイルスより人間のほうが怖い」岩田健太郎教授が緊急提言、選手に感染者が出てもJリーグとクラブが全力で守るべき理由
「世界一感染症に詳しいヴィッセル神戸のサポーター」こと岩田健太郎教授(神戸大学感染症内科)の著書『新型コロナウイルスとの戦い方はサッカーが教えてくれる』(エクスナレッジ)が6月3日に発売となりました。まさに2月に行ったタグマ!でのインタビューがきっかけとなって作られた本書はサッカーをたとえに感染症について解説するという画期的な一冊。そんな本の発売を記念して、岩田教授に日本の最新の感染状況と再開を決定したJリーグの方策について見解をうかがいました。新型コロナとの付き合い方はJリーグに学ぶべし、という内容でお送りします。
(取材・構成/阿波万次郎 写真/北村倫成)※岩田教授のお話は取材を行った5月27日時点の情報に基づいています。(一部追加質問)
■東京で毎日報告される10人前後の感染者の背後にはもっと感染者がいる
―今回は6月3日発売の著書『新型コロナウイルスとの戦い方はサッカーが教えてくれる』(エクスナレッジ)の発売記念ということでお話を聞かせていただければと思います。まず緊急事態宣言が解除されたわけですが、日本がなぜ欧米のような感染爆発を起こさないで済んだのか、国内外でミステリーとすら言われていますけど、先生の見解はいかがですか?
「わからない」というのがいま一番確実な答えですね。たったひとつの理由ではなく、いろんなことが重なり合って結果的にこういうことが起きたのではないかと思っています。
たとえば、西浦博先生が(接触機会)8割削減の話をしたとか、最悪の場合、死亡者が45万人にのぼるという話をしたのも一つのインパクトかもしれないし、志村けんさんのような有名な方がお亡くなりになったりしたのも一つのインパクトかもしれない。そういうふうにいろんなことが重なり合って、結果的にいまの状況が作られているという説明が一番理にかなっていると思います。
-要因はひとつではないということですね。
一番大きいのは、日本社会の同調圧力ではないかと思います。みんなが自粛というと自粛ムード一色になり、自粛しないという選択肢が存在しえなくなる。
-先日のBuzzFeeDでの岩永直子さんとのインタビューでは、「検察幹部が賭けマージャンしてるんですから、日本人は真面目じゃないですよ」ということで、日本人の行動変容をもたらしたのは真面目だからではなく、同調圧力、まさに「空気」なのだと指摘されていました。
そうですね。赤信号みんなで渡れば怖くない、じゃないですけど、逆にみんな自由にやればいいんだというエートス(倫理規範)が確立すると、今度はみんな自由にやると思いますので、決して人々の理解や公共性が高いからというような話ではないと思います。
―同調圧力は、良いほうにも悪いほうにも作用する可能性があるということですね。
そうです。まさに今回は良いほうに作用したのではないかと思いますね。
-緊急事態宣言の解除直前、湘南のビーチに来ていた女性がTVの取材に答えていて、「何となく来ていいのかなという雰囲気になったので来ました」と。やっぱり雰囲気が決め手かと思いました。
そう、雰囲気なので、今度は逆に過剰に自粛を強く要求して、自粛しない人は悪い人だみたいな方向にふれる可能性も出てくるので、やっぱりよし悪しですね。
-感染者の数が減少してきたなかでも、東京はちょっと心配的なツイートを何回か拝見したんですけど、どういった意味でしょうか?
結局のところ、この新型コロナウイルスが日本から消えてなくなったわけではないんですね。ウイルスが排除されたことが確定されてるわけではないし、排除認定の方法論についても、こうやればいいんだというのは世界中のどこでも確立していないんです。つまり「ウイルスを排除しました」と宣言できる国はどこにもないということです。
これはよくある誤解ですけど、ウイルスというのは増えるので、一度感染者が減ったから終わりというわけではなくて、また増加する可能性があるわけですね。これが俗に言う第二波ということになるわけです。
だからリスクそのものが消えてなくなったわけではないし、また同じことが起きる可能性は十分あると思っています。いま懸念しているのは北海道と東京、神奈川、それから北九州ですね。
-それでも5月末時点での東京は下火になってきていること自体は間違いなさそうですか?
毎日10人前後の感染者が見つかっているということは、その背後にはもっと感染者がいると考えるのが自然です。(その後、6月2日には34人の感染が発表された)
-そうなると、いまの東京の検査数は足りていますか?
足りているかどうかはわからないです。検査は「目的」ではないので……検査については説明すればするほど、みんなが混乱していくというか、疲れるだけなので、検査の話はしないようにしているんですけど(笑)、東京で感染者が毎日見つかっているということは毎日感染が起きているわけで、それは(感染から診断までのタイムラグを考えると)二週間ぐらい前に起きていることが現在の状況に反映されているわけです。ということは当然、感染者の数が増えるリスクは考えておかないといけません。
-決して油断はしてはいけない状況ということですね。
東京に限った話ではないですが、まったく油断はできないです。
―東京では昨日34人の感染者が出て東京アラートなるものが発令されました。少し収まったと思ったらまた増えて、どこまでゆるめていいのか、引き締めるのか、本当に難しいですね。我々はどのような気の持ちようでいるべきでしょうか?(※この質問は3日に追加で行いました)
先ほどお話したように、現在の感染状況は「微妙」です。日本のほとんどの地域でウイルスは消えてなくなった可能性が高いですが、一方で根絶されたわけではありません。ですので少しずつドアを開いていって、少し閉めたり、また開けたりと微調整しながら対策したり行動することが大事です。サッカーと同じで前にも後ろにも動けるよう準備するだけですね。
-要因がわからないなかで、また感染の大きな波がきたときに対策ができるのか疑問があるんですけど、医療体制そのものは整ってきてるんでしょうか?
いや、そんなことはないです。やらないといけないことは山ほどあると思います。
-いま収まってきているけど、やることはたくさんあると。
収まっているからこそ、いまのうちにしっかり準備しておくべきだと思いますね。
■試合開催について100%正しいというやり方は存在しない
-Jリーグの再開日程について、29日に発表されるようですが(取材は27日)、6月下旬から7月上旬が濃厚です。タイミングとしてはどうでしょうか?
いいタイミングだと思います。
-先生は本のなかで4月の段階では無観客での開催が一番リーズナブルだとおっしゃっていましたが、Jリーグは最速で7月11日から観客を入れての開催を模索しているという報道もあります。このタイミングついては?
これは状況次第なので、うまくいけばできると思います。結局このコロナ対策というのはトビラをちょっと開けてみたり、ちょっと閉めてみたり、といった微調整を繰り返す対策になっていくと思うので、たとえば観客を少し入れてみて、もし感染者が出たら無観客にするとか、観客を少し入れて問題なければ、もっと観客を増やしてみるとか、という感じになると思います。
結局、これが100パーセント正しいというやり方はひとつもないんです。感染をゼロにするならJリーグをやらないというのが確実なんですけど、それはナンセンスな結論ということになりますから、当然ゼロリスクは目指さず、理にかなったリスクテイキングをするということだと思います。
-JリーグはPCR検査センターを独自で設置して、全員に事前検査する方針のようですが、Jリーグの専門家会議のメンバーの方は抗原検査をして、ひっかかったらPCR検査をやるぐらいでいいのではないかという考えも示していました。
こういうのも落としどころをどうするかという話なので、これが正しい、間違っているというのはないですね。ドイツはかなり厳密にやっているみたいですけど、それはそれでマイナス面もあります。ただ、ドイツのほうがおそらく感染者は日本よりも多いんですね。感染者の数が増えれば増えるほど、対応は厳密にしなきゃいけないというのが一般論としてはあるので、リスクが低ければ低いほど、やることも少なくするというのは合理的だと思います。
-検査が再開するための通行手形になるということなんでしょうか。
これはもう科学というよりは態度の問題ですね。
-先生がこよなく愛するヴィッセル神戸も練習を再開しました。グループで時間を分けたり、洗濯は自分でやったり。ドイツではシャワーも自宅に帰ってから浴びているチームもあるようなのですが、むしろ風邪をひきそうですし、やり過ぎということはないですか?
そこまでやるか、ぐらいやっておいたほうがいいという考え方もあるとは思います。さきほども言ったように、絶対的な正しさや間違いというのはないので、これもクラブの態度の問題ですね。
とくにヴィッセル神戸は感染者を一度出しているので、二度と出したくないという思いは強いと思うんですね。そこは価値判断の問題だと思います。
-ヴィッセルは、感染者を出したあとの大変さをよくわかっているということですか?
それもそうですし、社会的な影響の大きさですよね。仮にヴィッセルのなかで感染者が1人出たとしても、誤差範囲というか偶然の可能性が高いんですけど、それでも風評被害が起こりえます。
たとえば、アウェイ遠征のときに、相手チームのサポーターから「来るな!」と言われたり、誹謗中傷が起きたりするかもしれません。感染者だけでなくチームそのものに対するレッテル貼りをされることも十分考えられるわけです。これは病院のスタッフなんかもそうなんです。
―病院関係者やその家族まで差別されることもあると聞きます。
本当に誹謗中傷って悪烈なんですけど、残念ながらそういう悪列な態度をとる人間というのは結構いて、そこはなかなか難しいところだと思います。
いまの日本はコロナウイルスよりも人のほうがずっと怖くて、風評被害とか誹謗中傷とかのリスクのほうがずっと高いので、ウイルス対策も大事ですが人対策も大変になっています。
-県外ナンバー狩りとかも起きているみたいなので、人間同士で厳しく監視し合うようになっていますね。
うん、いまの段階ではウイルスより人間のほうが怖いですね。
-長谷部誠選手(フランクフルト)がTV番組の取材で言っていたのですが、ドイツではブンデスリーガ再開にあたり賛否が半々で世論が割れている。そんななかでサッカーだけやっていいのか、非常に複雑な気持ちだと。
サッカーファンじゃない人には、いまサッカーなんかやってる場合かと思う人は当然いるでしょうね。それは芸術家なんかもそうですよね。音楽、演劇、落語…表現芸術がなくても困らないという人もいれば、人間の営みとして必要だという人もいるわけです。まさに価値判断の問題です。
そうした価値判断の問題を科学的に正しい、間違っているという問題に落とし込んではダメなんですね。
-なるほど、逆に何でもかんでも科学的に決めるということでもないと。
簡単に言うと「好き/嫌い」の話をしているのか、「正しい/間違っている」の話をしているのか、まったく異なるのにわりと多くの人が混同してしまっています。好悪の問題を正邪の問題に置き換えて論じてしまう。つまり、本当は「俺はこれは嫌いだ」と言っているのに、「あなたは間違っている」という言葉に置き換えてしまうわけです。
■感染が不安で試合に出たくない選手がいた場合にやってはいけないこと
-医療とか生活必需とされるものとは違い、興行モノはどうしても空気に左右されるというか、空気との戦いになってしまうのかなと思います。
そうです。
-主催者側はどういう姿勢で臨むべきなのか、どういう考えを持っておくべきなのか。
Jリーグの村井満チェアマンはきわめつけに素晴らしいですよね。一貫して、Jリーグをやるという前提で、どのようにしてやるか、という各論に落とし込んで手順を進めています。ビジョンが非常に明確でそのビジョンに突き進むために、どういうことをすべきか、というのを一歩一歩確実に実行して前進している。言い方はちょっと悪いですけど、日本のリーダーっぽくないですね。
日本のリーダーはどちらかというとビジョンなんてどうでもよくて、いきなり落としどころを探しにいきます。「みんなの納得」とかそういう空気を求めようとする。
-学校などでよくあるパターンですね。
学校はまさにその最たるもので、ビジョンは全然ないです。みんなに怒られないためにはどうしたらいいのか、というようなことをまず考える。
-こうやっておけば文句は出ないだろう、みたいな。
そう。Jリーグは、文句を言われないことを目指すのではなくて、ちゃんと自分たちがJリーグをやるにはどうしたらいいかというビジョンが先にあって、方法論は各論で考えて進めています。本当に日本では稀有なタイプだと思います。
-決断も早いし、スピード感もあるし。
あ、その「スピード感」という言葉、ぼく大嫌いで、スピード感って何なんだと思うわけですよ。スピードがあるというのはわかるんですけど、スピード感があるというのは意味不明ですよね。
-すみません、つい…。
漫画のキャラの後ろにたくさんの線が描いてあって(筆者注:集中線)、急いでる感が出るみたいな、そんな感じなんですかね?

集中線。確かにスピード感はある?
-仕事ではよく飛び交う言葉ではありますね。
昨日、高市さん(高市早苗総務相)がソーシャルメディアでの誹謗中傷に対してスピード感をもって対応します、と言っていて、何だスピード感って、急いでいるのか急いでいるふりをしたいのか、どっちなんだと思いましたけど(笑)。
-まさに先生がたびたびご指摘の「雰囲気」問題ですね。実際、急いでる感を出しておけば文句を言う人も少なくなる、ということはありそうです。
そう、日本の場合、雰囲気さえ出せばOKというパターンなんです、だいたい。雰囲気ではなくファクト(事実)に寄り添うというのが重要です。
-今後、サッカーでも野球でも選手や観客に感染者が出ることは十分あるわけで、そのときにどうするか。
これからも感染者は出ると思いますので、クラブとJリーグで心ない誹謗中傷から選手を全力で守ってあげることはすごく大事だと思います。
―6月2日に名古屋の金崎夢生選手の感染が発表されました。早速、再開はどうなる、暗雲がたれこめた、という報道が出ていて、確かにチームの活動は一時ストップしますが、1人や2人の感染なら粛々とリーグ運営を進めていくという「態度」でのぞむべきでしょうか?(※この質問は3日に追加で行いました)
はい、個別の事例は個別の事例です。
―ただ、政府から県をまたいでの移動は自粛するよう要請が出ていたなかで、5月14日、15日と緊急事態宣言中の神奈川の親類宅へ車で移動していたということで、軽率だったという批判もあるようです。専門家会議はJリーガーには模範なって欲しいという提言を出していましたが、選手は一般の人より行動に気を付けるべきでしょうか?(※この質問は3日に追加で行いました)
ここは難しいですね。チームでルールを作るのが一番良いと思います。ルールを作れば、自己責任じゃなくなりますから。いろんな意味で、リーグやチームで選手個々人は守るべきです。
-これも長谷部選手が言っていたのですが、選手のなかでも、サッカーをやりたい選手とやりたくない選手がいる。そして、それを思っていても口に出さない選手がいるのもわかって、なかなかまとまりの面でも難しいと感じでいると。日本でも同じ状況になるのかなと。
感染の不安が強い人とそうでもない人がいると思うので、サッカーをしたくないという選手も当然いるでしょうね。そういう選手の人権をいかにして守ってあげるか。それを同調圧力で個々の思いというのを無理やり押さえつけるということがないようにできたらいいなと思います。日本でもけっこう難しい問題だと思いますね。
-選手の気持ちを尊重できるような環境をどう作れるかですね。
一番大事なのは、今日この選手は試合に出ません、ということがあったときに、それを根拠を示さずに試合に出すとか出さないといった決定ができることだと思いますね。
特に今はみんなが警察官みたいな態度をとってくるので、第三者が寄ってたかって、「なんでお前は出ないんだ」みたいなことを言わないように、出場する・しないは個人の自由なんだよと確証してあげることがすごく大事だと思います。
―先生は、基本的に選手は健康体なので、感染してもリスクはそこまで高くないとおっしゃっていました。ただ家族がいると奥さんや子供にはうつしたくないという心配はあって、そこの個人差はありますよね。
おっしゃるとおりですね。ただ、選手のご家族でも、奥様が健康体な方であれば、リスクはそこまで高くない。Jリーガーの奥様だったら、たいてい高齢者ではないと思いますし、お子さんもそうですよね。感染リスクは低いし、重症化リスクも低い。典型的なJリーガーのご家庭であればそんなに感染リスクは高くないんですけど、個々の事情というのはあるので、おうちに病気の方とか高齢者の方がいらっしゃる家庭も当然あると思います。そこは過度の一般化はせず、個別の事情に配慮することが重要だと思います。
■練習をさぼってデートに行ける選手こそ大成する
-さきほど学校の話がありましたが、部活はもう始まっているところもあります。
部活こそもろに同調圧力が強いですね。もちろん、部活のすべてを知っているわけではないですけど。保護者までも「(ある感染対策について)なんで私たちがやってるのに、あなたたちはやらないの?」みたいなことを平気で言いますからね。
-軍隊的というか、全体主義的というか、みんなで一緒に同じようにやることが重んじられる。
人と違うことを許さないという傾向はすごく強いです。昨日たまたま移動中にYouTubeを聞いていたんですけど、ユーチューバーになった那須大亮さんているじゃないですか。
-はい、まさに元ヴィッセルの。
そう、ヴィッセルの西大伍選手と対談されていたんですけど、西選手が彼女とデートに行くために部活を休んだ話をしていて、すごくいい話だなと思ったんです。
-いい話なんですか?
まず彼女とデートするために練習を休むという選択肢をもっていたということと、そういうことをしててもちゃんとプロになれているということ。すごくいい話で、そういうのが大事だなと思うんですよ。
―どのへんが大事なんでしょう?(笑)
彼女とデートするのとサッカーの練習をするのと、どっちが大事なのか。これはまさに価値判断の問題です。つまり好悪の問題であって、正邪の問題じゃないですよね。それをすぐに正邪の問題にすり替えて、そんなことは不適切だと賢しらに言う人がたくさんいるわけですけど、それは自分で決めることであって、人が決めることではないんですよ。
-みんな真面目に練習してんのに、なんでお前はデートなんかしてんだ、となるのは違うと。
そうそう、他の人が真面目に練習をやるのは別に罰でやってるわけではなくて好きでやってるわけですから。なぜかサッカーの練習を罰であるかのように捉える人ってすごく多いんですよね。でも、練習というのは自分がうまくなるためにやってるわけで、俺が練習しているのに他の人が練習していないのはけしからん、というのは、まったくナンセンスな考えですよね。
人がやってないときに自分が練習したいというのはご自由にですけど、他人がどうするかは本来その人の自由のはずです。
-確かに。それにヘタに練習を頑張るよりはデートしたほうがパフォーマンスが上がるケースもありそうです。
もっと言えば、練習すればするほどいい、という概念が間違っています。結果的に良いプレーヤーになれればいいわけであって、たくさん練習するのが偉いという考えは、徹夜して素振りしたらホームランを打てるというような間違った論理ですね。
我々医者なんかでも、休まない医者が偉いという間違った幻想にとらわれている人が案外多いんです。学生教育もそうです。たくさん勉強するのが偉くて休むのが良くない、みたいな子が多い。適切な休養とか睡眠やリフレッシュというのはパフォーマンスを上げるためには重要なんです。
―全体主義のなかでは個人の利益より、集団の利益が優先されるので、デートも許されない。
個人個人が違っていることをなかなか許せない。コロナの問題は、自分が人と違っていることに耐えること、それから他人が自分と違うことを許すことが大事だとずっと言い続けているんですけど、それは日本人が苦手なものなんですね。
このコロナの数少ないポジティブな面を挙げるとすれば、(従来の形式的な)個人主義が本当の個人主義となって日本人が成熟できる、ひとつのチャンスになるのではないかと思っています。
―一人ひとりが自分の考えや判断をしっかり持ち、建前ではなく、本当の意味で個人の考えが尊重される社会になれるかどうかということですね。
今日は練習日だから彼女と会わないと決めつけちゃう人よりは、自分で考えて判断して今日は練習を休んで彼女とデートだと言える選手のほうが、おおむねサッカーはうまいですよ。
■飛行機、新幹線での感染リスクはそれほど高くない
―Jリーグは移動のリスクについてもしっかり考えていて、3ブロックに分けるなどして、比較的近隣のチーム同士での対戦から始めるという方針のようです。これについては?
まさに移動がリスクなのでめっちゃ賢いやり方だと思いますね。とくにいま北九州でクラスターが起きてますけど、クラスターが出てるところは避けて、第三の地域でやるというアイデアも持ち続ける必要もあると思います。
-流行の感染状況に応じて判断していく。
そうです。そこが重要なポイントだと思います。
-全然知らなかったのですが、移動手段のところで飛行機は3分で、新幹線は6~8分で空気が入れ換わるらしいですね。そうなると3密(密閉、密集、密接)にはならないので、リスクはそこまで高くないのかなと思ったのですが?
そのとおりです。昔から言われているんですけど、飛行機は案外感染リスクが低いんです。空気の入れ換えが非常に激しいですから。ただ、3密ではないというのは間違いですね。いくら空気が入れ換わっていても、隣に人がいて咳をすればあっという間に飛沫が飛んできますから。ここはゼロリスクにはならないです。
-新幹線も。
そうですね。空気は回転していますので。パチンコ屋さんとか映画館もそうらしいんですけどね。
ただ、密閉ではなくても密集、密接というのはありえますからね。これもよく勘違いされるんですけど、3密の3つの条件が揃ってなければいいということではなくて、どれか一つでも該当すれば十分条件を満たすことにはなります。
しかも、そもそも3密じゃなければいいという話でもないんですね。3密を必要条件ととらえるか、十分条件ととらえるか、そのへんがうまく伝わらないと、間違った使い方をされることがしばしばありますね。3密じゃなければいい、みたいな。
―確かに、屋外だからなのか至近距離で話している光景もよく目にします。先生は毎日ランニングされていると思いますが、東京では街中を走るランナーが増えています。暑いのもあるのか、バテバテで、ゼーハーゼーハーしながら至近距離を走りさっていく人がいます。飛沫が飛んでそうだなーと思ってしまうのですが、あれは大丈夫なのかなと。
はい、2メートルの距離を保つのがすごく大事です。周りに人がいないか確認しながら走ることですね。
-ただ、走りながらそれをやるのは結構大変そうです。
いや、僕はいつもやってますよ。周りに人がいないのを確認しながら走るのは、グラウンド上での間接視野を広げるトレーニングにもなっていいと思いますよ。もちろん、イニエスタみたいに周りの21人がどこにいるか全部わかっている、みたいな神業には遠く及ばないですけど、多少は視野が広がるんじゃないかと思います。
-マスクをして走っている人も逆に身体に悪いように思います。
それはその通りです。呼吸がつらいですから。一種の高地トレーニングみたいになるので、相当準備してる人じゃないとマスクしながら走るのはやめたほうがいいと思います。
-先生がランナーの方にアドバイスするなら。
山中伸弥先生みたいにめちゃめちゃ速いランナーとかだったらマスクしてもいいと思うんですけど、運動不足の人がマスクをして走るとかえって危ないので、気を付けたほうがいいと思いますね。
-人がいない時間帯に走るとかの工夫も。
そうです。人のいない時間帯、人のいない場所。ここでも人と違っている、ということが大事で、(コロナ禍では)みんなと同じ行動はとらないほうがいいんです。人と違う行動をとることはすごく大事ですよ。
―今回の本『新型コロナウイルスとの戦い方はサッカーが教えてくれる』は6月3日に出るんですが、個人的にお聞きしておきたいことがあって、最初にこのタグマ!でインタビューをさせていただいたのが2月末だったのですが、あのときに先生はメディア露出を控えていたなかで特別に出ていただけました。それがなぜなのか謎のままにしていたのですが、ひょっとしたら、いろいろ疲れていてサッカーのお話がしたかっただけなのか疑惑が私の中であるんですけど、いかがですか?
いやー、そんなことないですよ(笑)。この状況でサッカーに関してどうしたらいいかという質問に答えられる人があまりいないだろうなと思ったからですよ。お役に立てることはお役に立ちたいと思っているんですね。ほかの取材に関していうと僕じゃなくてもやられる方はたくさんいますし、ましてやテレビに出るなんてのは、僕が苦手にしていることなのでわざわざやることでもないなと。
-どんな人に読んで欲しいですか?
まぁ、読みたい人は読めばという感じです(笑)。要するにウイルス感染症については理解が難しいんです。どんなに説明してもなかなか理解していただくのは容易ではないので、あの手この手で理解を深めていくチャンスがあればどんどんやったほうがいいなと思っています。漫画で伝えるとか、今回の本のようにサッカーのたとえ話で伝えるとか、媒介はたくさんあったほうがいい。それぞれの人にフィットしたやり方があると思うので、そういうふうに伝わる人がいればそれでいいし、伝わらない人は自分には合っていなかったということで、本を閉じて本棚に戻していただければと思います。そんな感じです(笑)。
-宣伝になっているような、なっていないような(笑)。今日はありがとうざいました。
▼書籍情報
『新型コロナウイルスとの戦い方はサッカーが教えてくれる』
発行:エクスナレッジ 272ページ、1500円+税
感染症界のエースにして頭脳派ディフェンダーの岩田健太郎が、なぜか大好きなサッカーをたとえに説く、世界一わかりやすい新型コロナウイルスと感染症の話。世界共通言語といえるサッカーと感染症との相似点は意外に多く、素人には頭が痛くなりがちな専門的な話もわかりやすく伝えられる。戦局を読み、最強のウイルスとの戦いを制するために必要なことは何か。非常時だからこそ、少しだけ楽しみながら深く学びたい、今までになかった感染症サバイバルブック。
岩田健太郎選手からのメッセージ
「サッカーとコロナという無茶な組み合わせで、一見冗談のような企画ではありますが、感染対策については大真面目に書いています。分かりやすくてしっかりとした内容を目指していますのでぜひご一読ください」
■プロフィール
岩田健太郎(いわた・けんたろう)
1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。島根医科大学(現島根大学)卒業後、ニューヨークで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。帰国後の2004年より亀田総合病院(千葉県)に勤務。感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任する。2008年から現職。『予防接種は効くのか?』『1秒もムダに生きない』『「感染症パニック」を防げ!』(いずれも光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『絵でわかる感染症with もやしもん』(講談社/石川雅之氏との共著)『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』(ベスト新書)、『新・養生訓 健康本のテイスティング』(丸善出版/岩永直子氏との共著)など著書多数。新刊に『新型コロナウイルスの真実』(ベストセラーズ)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法 日本の空気、体質を変える』(光文社新書)、『新型コロナウイルスとの戦い方はサッカーが教えてくれる』(エクスナレッジ)。
心のクラブはマンチェスター・ユナイテッドとヴィッセル神戸。
Twitter:@georgebest1969