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空気に支配されてはいけない。「日本一感染症に詳しいヴィッセル神戸のサポーター」岩田健太郎教授に聞くJリーグ再開の方策

前回のインタビューで、「日本一感染症に詳しいヴィッセル神戸のサポーター」としてサッカークラスタ界隈にその名を轟かせた神戸大学感染症内科の岩田健太郎教授。再開日程が白紙となり、開催の見通せないJリーグについてどのように考えているのか。7都府県に緊急事態宣言が発令され、シリアスな状況が続くなか、再開のための道筋はあるのか、じっくり話を聞きました。
(企画・取材・構成/阿波万次郎)

※岩田教授のお話は取材を行った4月2日時点の情報に基づいています。

 

 

■観客を入れて試合をするのは、今年に関しては現実的なシナリオではない

―Jリーグは4月末から段階的に再開となっていましたが、今朝(取材時4月2日午前)の報道では選手に感染が相次いだことで実行委員会では3度目の延期を検討すべきとの意見が出ました(その後、夕方に再開日程は白紙と発表される)。再開時期について、岩田さんの考えを聞かせてください。

J3から3段階の開催というのは慎重なやり方で、良いアイデアだったと思います。
ただ、なかなか難しいのは、もし選手に感染者が出たという理由が再開を延期する判断のひとつとなると、今後も同じ根拠でどんどん延期が続いていくことになります。ここで悪い前例を作ってしまわないかちょっと心配ですね。
Jリーグを延期することの最大の根拠は、Jリーグを開催することによって感染が広がることであるべきです。つまり、観客の間で感染が広がらないことがポイントです。
選手に感染者が出ることと、Jリーグをやることで感染が広がることは同義ではなく、まったく違うと言ってもいい。
そもそも、Jリーグをやっていないときに選手に感染者が出たからJリーグをやらないというのは論理的に正しくないんです。極論すると、単に雰囲気的に問題だというだけの話です。選手間とかスタッフの感染対策はしっかりやりましょうとか、感染がわかった選手については試合に出さないというのは当然のことですが、感染者がチーム、もしくは選手に出るからJリーグができないというのは論理的には間違っています。

―ただ、これだけ感染が蔓延しているということで、雰囲気的にはどうしてもそうなってしまう。

まず、雰囲気でモノを決めるのは良くない。大事なのは科学的な判断です。それから論理的に整合性がとれていることも大事です。非合理なモノの決め方というのは良くありません。

―ある記事によると「選手から感染者が出てしまった以上、再開前に全員がPCR検査を受ける必要がある」のではないかというクラブ関係者の声もあると……。

陰性確認のための検査は科学的には全くの間違いなのでやってはならないです。PCRはしばしば間違えます(編注/ざっくりいうと陽性なのに陰性と出たり、陰性なのに陽性と出たりする可能性がある)。PCRを根拠にして感染していないという証明にはなりません。むしろ、もしやるのであれば抗体検査をやって、過去に感染していたかどうかを確認するという手もありますが、それもそんなに生産的ではありませんし、個人的にはおススメしません。
ほとんどの人は、いまの段階では感染していないと思います。だから、どちらにしてもそうした目的で検査をやる必要はありません。

―ザスパクサツ群馬のケースでは1人の選手が感染して、他の選手や関係者にも濃厚接触者が多いので選手は全員自宅待機になりました。そうするとチーム運営自体も難しいのではないかと思います。

そうです。感染者が出ると、そのチームが崩壊する、あるいはチーム運営の規模を縮小する、もしくはトップチームが試合に出られないというようなことがあり得ます。

―たとえば試合の前日にチームから感染者が出た場合に翌日の試合を中止にするのか?

そういう判断の基準を決めておく必要がありますね。試合が中止になった場合の勝ち点の数え方とか、そういうものまで全部考えておかないといけないかもしれないです。

―その辺の判断は難しそうです。

おそらくは、練習中に感染する可能性は低いと思っています。

―知り合いと食事をしていたのが原因とされる選手もいるようです。

それも報道なのでわかりませんが、一般論では“3つの密(密閉・密集・密接)”を避けるということを言います。屋外のフィールドでサッカーをして感染するリスクはゼロとは言わないまでも非常に低いです。ですので、感染者が出たら練習中止というのは理にかなっていますが、感染者を出さないために練習をしないというのは合理的ではありません。

―開催にあたって、Jリーグはいろいろと対策を発表していました。

観客の間隔を広げる、ということですが、それは感染の程度によります。アウェイの人を規制するのは良いアイデアだと思いましたが、東京とか大阪だと感染者がすごく増えているので、無観客試合の可能性を考えておく必要があると思います。
現代のように映像の技術が発達しているときの無観客試合というのは、昔と違って毒の少ないやり方だと思います。DAZNからたくさんお金をもらっていて、興行的に失うモノは相対的には少なくなっているからです。
それでも失うモノがたくさんあるのは理解していますが、観客から感染者が多発して、もっと失うモノが増えることを考えると必要な痛みなのかもしれません。無観客試合にすべきと主張しているわけではありませんが、「無観客試合はこういうときに行う」という条件を作っておくべきだと思いますね。

―科学的知見に基づいて、そういう条件をしっかり作っていく。

常に科学的にやるというのはすごく大事です。非科学的なモノの決め方は絶対に良くないです。
ムードや空気でモノを決めるというのは、日本あるあるです。空気とか雰囲気でサッカーの戦術を立てるのは、きっとロクなチームではありませんよね。大事なのは論理や計算で、空気に支配されるサッカーチームは絶対に弱いはずです。
ワールドカップのドイツ大会(2006年)とブラジル大会(2014年)で、ちょっと点を取られるとボコボコにやられてしまうとか、ああいうのは空気が支配するチームの典型像だと思います。
そうではなくて、たとえ1点を失っても、それは0-1という数字にすぎない。だから、ちゃんと立て直していこうというような、事実に忠実なチームというのは、多少の逆境になっても取り戻すことができます。逆に空気が支配するチームは1点を失うと、萎縮してしまって一気に崩れてしまう。かつての日本代表のあるあるパターンですよね。

―混乱した場合に収拾がつかなくなる。

もうパニックになってしまう。前回も言いましたが、要するに非理性的、非論理的なモノの考え方、あるいは落ち着きを失うというのは大体が失敗に直結するパターンです。これはすべての領域においていえることです。
酒井高徳選手が感染したとか、あるいは他のチームで感染が出たからとパニックに陥るというのは、サッカー協会も、Jリーグも絶対にやってはいけないことです。必ず冷徹に数字を見て、何百何千といるJリーガーとその関係者の中から数人しか出ていないわけです。いまはそれが現実です。ちゃんと現実を見ることが大事です。
そして、未来を見据えることも大事ですね。日本は前例がないことをやるのが苦手で、それゆえか前例を作ってしまうと、それを延々とやり続ける傾向にあります。繰り返しますが、ここで良くない前例を作ってしまうと、未来もずっとグタグタになってしまうので、何を基準にするのかというのはしっかりと決めておく必要があります。

―試合開催にあたって、Jリーグが発表した対策以外にこれをやると良いというのはありますか?

現状を考えると無観客試合が良いと思っています。なぜかというと、スタジアムの中もそうですが、スタジアムに行くまでの移動が結構人混みになります。

―それは感染拡大が懸念されている地域でという話ですよね?

もちろん。感染者が出ていない地域ならば良いのですが、Jリーグには感染者が多い関東や関西のチームも少なくない。だから基本的には無観客試合が一番リーズナブルだと思っています。
前回お話したときは、そこまで感染が広がっていなかったので、観客を入れるという選択肢もあったと思いますが、いまの段階では、もう患者さんがどんどん増えていますので、観客を入れてJリーグの試合をするのは、今年に関しては、あまり現実的なシナリオではないと思います。

―無観客であれば、いまのJリーグの再開日程でも問題がないですか?

問題がないかはわかりませんが、それが一番現実的だと思います。

―K1の問題がありました。自治体が自粛要請をする一方で、補償もないので開催に踏み切る主催者。そういうケースは、これから続いていくと思います。

こういう状況なので、誰も損をしないというのは難しい。バルセロナだって給料が70パーセントカットですよね。みんなで痛みを分かち合っている。
だからといって、何も補償はしないけれど「やめてくれ」というのは辛いので、行政は自粛と補償をセットで発信するべきですね。
確かFIFAは補償すると言っていましたね(各国連盟やクラブの財政難を支援するために緊急救済基金の設置を検討中)。

 

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