サッカー番長 杉山茂樹が行く

ウインガーの有無。パリ五輪サッカーで日本の女子A代表より男子U-23の方が断然、魅力的に映る理由

写真:Shigeki SUGIYAMA
 パリ五輪。パラグアイに大勝した男子サッカーとスペインに逆転負けした女子サッカー。それぞれのサッカーは、同じ国の代表チームとは思えないほど、スタイルにおいて大きな隔たりがあった。
 
 首尾一貫、高い位置から行こうとする男子に対し、女子はスペインに同点弾を許し1-1で後半を迎えると5バックで後ろを固めた。さらに逆転されると、今度は最終ラインの枚数を5から4に減らし、反撃に出ようとする姿勢を見せた。
 
 男子の大岩剛監督がほぼ4-3-3で通すのに対し、女子の池田太監督は3-4-2-1(5バック)をメインに使う。この日はスペイン相手に4-4-2でスタートしたが、先述の通り試合の途中で5バックに回帰。リードされるや再び4バックに変更した。守備的サッカー7割。攻撃的サッカー(一般的サッカー)3割といった頃合いで、それぞれを使い分ける。池田監督は言うならば森保的だ。よく言えば臨機応変だが、大岩監督に比べるとはるかに守備的だ。両者は対照的な関係にある。
 
 優勝候補のスペインを向こうに回し、池田監督は5バックではなく4バックでスタートした。強気な姿勢で臨んだことになる。だが、テレビ解説を務めたなでしこジャパンOGに、実況アナ氏が開始直後「どうやら4バックのようですね」と水を向けても、布陣や戦い方にまつわる詳しい解説は返ってこなかった。その後の変化にも、特に反応することはなかった。試合を占う重要なポイントであるとの認識がない様子だった。
 
 3-4-2-1をメインに戦えば、ウイングバックは必要でもウインガーは不要だ。男子との布陣の違いは、つまり純然たるウインガーの有無とリンクする。特徴はサイド攻撃に現れる。パラグアイ戦の男子が1点目、2点目、3点目といずれも、最深部をえぐるマイナスの折り返しからゴールに繋げたのに対し、女子はマイナスの折り返しどころか、最深部までボールを運ぶ行為さえままならなかった。
 
 男子のサッカー界には光るウイングが数多くいる。代表格が三笘薫であることは言うまでもない。女子との違いは顕著である。3-4-2-1にサイドアタッカーはウイングバックただ1人。ポジションがなければ選手は選べないし、その結果、育たない。4-2-2-2、3-4-1-2をメインに戦ってきたジーコジャパンまでの日本を見れば、分かりやすい。中盤には優秀な選手がゴロゴロいた。中盤天国と呼ばれた時代には、よいウインガーはいなかった。
 

 彼らによって演出されるケースが大半を占める、最深部からのマイナスの折り返しはゴールを逆算した時、得点の一番の近道になる。サッカーで最もワクワクする瞬間だとは、ヨハン・クライフの言葉であり、この欄でも再三紹介してきたが、女子は4-4-2で戦っているときでさえも頓着しなかった。ウインガー不在、サイド攻撃が望みにくい4-4-2。大袈裟に言えば、蹴って走る粗野なサッカーになっていた。
 
 サイド攻撃はユーロ2024の教訓でもある。中盤サッカーに陥り、低迷していたスペインが3大会(12年)ぶり優勝した原因は、両ウイング(ニコ・ウイリアムズとラミン・ヤマル)の存在と深い関係がある。大岩ジャパンはその路線上にあるサッカーを男子の実践している。大きく言えばスペイン的であるのに対し、女子の池田監督のサッカーはそこから大きく逸脱する。両者の違いは明白。象徴的な事象であるにもかかわらず、テレビ解説者は言及しなかった。
 
 ユーロ2024では、ニコとヤマル以外にも多くの優秀なウインガーが活躍した。サカ(イングランド)、ガクポ(オランダ)、エムバペ、デンベレ、バルコラ(フランス)、ザネ(ドイツ)、ドク、ルケバキオ(ベルギー)アルダ・ギュレル、ケナン・ユルディス(トルコ)、ラファエル・レオン、フランシスコ・コンセイソン(ポルトガル)……と、枚挙にいとまがない。近年のサッカーの傾向を示す特徴である。
 
 その一方で、なでしこジャパンのように、ウイングのいない守備的な3バック(5バック)で戦うチームも目に付いた。そのシェア率は3割強に及んだ。多くは下位チームだったが、増加傾向にあることは確かで2極化しつつある印象である。
 
 守備的サッカー対攻撃的サッカー。近代サッカー史においてこの構図が最も鮮明に描かれた時期は1990年代後半で、以前にもこの欄で述べたが1997-98シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、レアル・マドリード対ユベントスはそれを象徴する一戦だった。前者が勝利を収めた結果、世の中は攻撃的サッカーに傾倒していったのだが、現在は当時に戻り掛けているようにさえ見える。
 
 大岩ジャパン対池田ジャパン。この両者が対戦することはないが、監督の哲学的にはライバル関係にある。このような話はあっていいのだろうか。その国の方向性を決める技術委員長は1人。今年の3月、反町康治氏に代わりその座に就いた影山雅永氏が、これまで日本の進むべき道について方向性を口にしたことはない。
 
 男子にはザクザクいるドリブル上手のウインガーが女子にはいない。サイド攻撃が上手く行かない理由はハッキリしている。また見ていて面白くない理由でもある。
 
 テレビではなく、スタジアムに実際に足を運び観客席からピッチを眺めたとき、最も目に止まる選手は誰か。サイドバックでありウイングだ。特にそのマイナスの折り返しが決定的なチャンスに繋がるウイングは、現場では実は一番の花形選手になる。花形選手と言えばトップ下付近で構える10番を想起するが、スタジアムではウイングにまず目は奪われる。そこで華麗なドリブル&フェイントを披露する三笘こそが、観客にとってのアイドルになる。
 
 女子にはそのアイドルがいない。池田ジャパンでまず持ち上げられるのは長谷川唯で、MFだ。三笘はいない。パラグアイ戦の2点目のシーンで、鮮やかなドリブル&フェイントを魅せた斉藤光毅もいない。女子は年代別ではない純然たるA代表出あるにもかかわらずだ。
 
 先述したユーロ2024で活躍したウイングの中で、筆者の心を最も捉えた選手はベルギーの左ウイング、ドクだった。なにより驚かされたのはプレー機会の多さだ。選手はドリブル&フェイント、さらには縦抜け&センタリングまで遂行すればエネルギーを使う。対峙するSBも慣れてくるので、決まる回数は1試合で5回あれば上々だ。
 
 しかしドクは、そのSBとの1対1を際限なく繰り返し行った。他の追随を許さぬ頻度でドリブル突破を図った。成功率も高ければ、縦抜けと内に切れ込む割合も縦6割、内4割といった感じでバランスにも富み、CFルカクとのコンビネーションにも優れていた。そのウイングプレーに目は釘付けになった。
 
 攻撃的サッカーの産物であることは言うまでもない。日本のサッカー界はどちらの方向に進むべきか。男子と女子とで全く異なるサッカーを展開する日本の五輪チームを見ていると、方向性について議論できない貧しさ、サッカー評論の貧しさを嘆かずにはいられない。
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