サッカー番長 杉山茂樹が行く

「賢くしたたかに」(森保監督)の落とし穴。5バックから4バックには戻せない

写真:Shigeki SUGIYAMA

時に5バックで後ろを固める采配を「臨機応変で賢くしたたかな戦い方」と自賛する森保監督。普段、言質を取られたくないのか、サッカーの中身について詳細に語ろうとしないが、この件については大胆にも言い切っている。確信に満ちた口調で自信満々に語る。反論を浴びることを覚悟の上だとすれば、いい度胸しているという話になるが、実際はそうではないように見える。

 

「賢い」の対義語を辞書で引けば「愚か」だ。筆者は非森保的思考の持ち主なので賢くない、したたかではない、愚かであると言われたことになるが、ショックを覚えるというより、大胆な言い回しをする森保監督を心配したくなる。その思考法が必ずしも多数派には属さないという、自身の異端性に本人が気づいていないからだと踏む。

 

5バック(後ろで守る)と4バック(前から守る)を使い分ける采配である。移行しやすいのは4→5だ。「守ると言われてイメージするのは構える、引く、下がる。人間は後ろで守りたいという本性がある。プレッシングはその真逆を行く発想に基づいているので、習得には時間が掛かる」とは、以前にも述べた、プレッシングの提唱者であるアリゴ・サッキの言葉だ。プレッシング(4バック)から後ろで守る(5バック)への変更は、つまり人間にとって長年慣れ親しんだ常識への回帰になる。

 

しかし、それで実際に守り切ることができればいいが、そうしたにもかかわらず点を奪われてしまった場合は大きな問題になる。再び攻撃的に前からプレスを掛ける必要が生じる。できれば布陣は4に戻したい。だが5の水に馴染んでしまった感覚を、いきなり4の世界に戻すことは簡単ではない。

 

守り倒そうとしたにもかかわらず失点した。攻撃的に転じたいが、いまから前掛かりのサッカーに変更するのは難しい。さあどうしよう……。サッカーあるあるのひとつだと筆者は見る。

 

先のチャンピオンズリーグ(CL)準決勝。レアル・マドリード対バイエルンがそうだった。初戦を2-2で折り返したこの一戦も、その典型的な一戦だった。第2戦、バイエルンは後半23分、アルフォンソ・デービスが先制点をマーク。合計スコアを3-2とした。

 

するとトーマス・トゥッヘル監督は動く。右ウイングのレロイ・ザネを下げ、DFキム・ミンジェを投入。後方に人を多く割く作戦に出た。守り倒そうとしたわけだ。ところがそれが仇となりバイエルンは後半43分に同点弾を、ロスタイムに入った後半46分には逆転弾を許す。作戦は大失敗に終わったかに見えた。だが、ロスタイムはなんと14分30秒もあった。

 

バイエルンが反撃に転じる時間はたっぷり用意されていた。しかし、1度後方に下げた重心を前にセットし直すことは難しい。試合の中で守備的サッカーから攻撃的サッカーに変更することの難しさを改めて痛感させられた瞬間だった。バイエルンは当初とすっかり別のチームになっていた。

 

森保監督には大きな舞台で、このような失敗を演じた過去がないのだろう。リードしたら後方に下がる作戦変更を、賢くしたたかと言い切る理由に他ならない。

 

だが、この手の采配ミスは傷が深い。スタイルを180度方向転換したことが敗因と言われても仕方がないからだ。これ以上、明確な采配ミスは他にない。監督が選手に頭を下げる必要が出てくる。それをせずに、次に進もうとすると選手の気持ちは監督から離れていく。

 

さらに、次の練習で監督がプレスだ!と再び叫んでも説得力は生まれない。選手が監督のこだわりのなさに気付いてしまえば指導に対して半信半疑になる。カリスマ性は失われ、なによりプレスの練習に実が入らなくなる。前方向へのベクトルはおのずと鈍る。こだわり続けているチームと中途半端なチームとの差は次第に広がっていく。失敗のリスクが大きいのだ。それでも賢くしたたかな作戦であるのか。

 

かつてドイツはイタリアとともに守備的サッカー陣営にいた。1997-98シーズンのCL決勝、レアル・マドリード対ユベントス戦で、前評判を覆し攻撃的サッカー陣営の旗手である前者が優勝を飾ったあたりから、守備的サッカー陣営は徐々に勢いを失っていく。

 

極めつきは2000-01シーズンの準決勝だった。バイエルン対レアル・マドリードの一戦は異様な展開となった。マドリードホームで行われた第1戦を1-0で先勝したバイエルンは第2戦でひたすら守った。守り倒そうとしながらも、相手が必死に攻めてくるその裏を突き、カウンターから2ゴールを決め第2戦も2-1で勝利。決勝進出を決めた。

 

しかし試合のエンタメ性はゼロだった。レアル・マドリードの左サイドバック、ロベルト・カルロスは試合後、「バイエルンはサッカーを壊した。あれほど守備的な作戦を立ててまで勝ちたいのか」と不満をぶちまけた。筆者もその現場で観戦していたが、第3者にとって鑑賞に堪えがたいサッカーであることは事実だった。その声は欧州全土に広がり、守備的サッカーのイメージはより悪化することになった。

 

当時、ドイツはイタリアとともに守備的サッカー陣営を牽引していた。バイエルンはその旗手的な存在だった。しかしそんなドイツも時代の波に押されるように次第次第に攻撃的に変化していく。バイエルンも2002-03シーズンには5バックサッカーから脱していた。代表チームはルディ・フェラーからユルゲン・クリンスマンに監督が交代した2004年以降、攻撃的サッカーに転じていく。それをヨアヒム・レーヴ監督が受け継ぎ、バイエルンの監督に2013-14シーズン、ジュゼップ・グアルディオラが就任すると、ドイツ国内の攻撃的サッカーモードは全開になった。

 

ユーロ2008準優勝、2010年南アフリカW杯3位、2012年ユーロ4位と代表チームはコンスタントに上位をキープ。それが2014年ブラジルW杯優勝へと繋がった。攻撃的サッカーと好成績が高次元で融合したわかりやすい例になる。

 

だが2016-17シーズン、グアルディオラがバイエルンを去った頃から、徐々に勢いは失われていく。ドイツ代表、バイエルンとも成績は下降線を辿る。バイエルンの現監督トゥッヘルは、よくも悪くも5バックと4バックを臨機応変に使い分けるまさに森保監督的采配をする。

 

欧州の近代史(1974年以降)を振り返れば、守備的サッカーが一時代を築いた過去はない。あえて言うなら1995-96、1996-97、1997-98の3シーズンに連続で決勝に進出したユベントスか。欧州サッカーはプレッシングをベースにした攻撃的サッカーとともに進化していることを忘れてはならない。

 

森保監督の言う「賢い」の定義はどこから来るのか。使い分けと言えば賢そうに聞こえるが、少なくともサンプル豊富なサッカー史に照らすと、簡単に納得することはできないのである。

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